第21話 仮詩くんという子、娘?

 ふと時計に目をやると、時刻は20時を過ぎていた。


 つまるところそれは24時間配信を開始して7時間が経ったことを意味しており、プラスあと1時間でスクリムが始まることも意味する。


 早いような遅いような、そんな時間の経過。


 だが3時間しか寝てないせいで既に眠気があった俺は、頬を強く叩くとエナジードリンクを飲み干し今一度気合を入れ直した。


『わ、ビックリした、どうしたの?』

「すまん、睡魔に負けそうになったから自分をしばいた」

『相当強く叩いた気がするけど……少し休憩する?』

「いや大丈夫だ。スクリムを寝過ごす訳にもいかないしな」


 因みに今俺の練習相手をしてくれているのは仮詩ことウタくんである。


 チームメンバーが入ってくれたのは今回が始めてだが、それまではずっと刄田いつきの後輩4人とプレイしていた。


 VGである彼女達はDM杯に出ないとはいえ、当然出場に相当する実力があり、皆当たり前のようにプラチナ以上のランクを経験している。


 おまけに感度に慣れないというのもあったせいで、それはもう変な癖が目覚めかける程度にはボコボコにされたものだった。


(何ならあり得んぐらい煽られたし)


 ただお陰である程度まで感度の調整には成功し、最後の方には若干撃ち合いにも勝てるようになった所で交代、今に至っている。


 余談だがウタくんとは既にデスマを1戦しており、その際に敬語はナシでという取り決めをしたのであしからず。


『でもGissyさんもよくやるよね、大会前日に24時間配信なんて』

「睡眠を削ってチームに貢献出来るなら、やれることは何でもやりますよ」


『けどDM杯ってチームバランスを考慮して招待してるからさ、確かに全敗のせいで悪く考えるのは分かるけど、実際はそこまで差はないと思うよ』


「ならここで成長出来たら優勝にぐっと近づくとも言えるな」

『それはまあ、そうだけど……』


 ウタくんはただ気を遣ってくれただけだと思うが、変にハイになっていた俺は無意識でそんな返しをしてしまう。


「まあそれに、配信外だと知らずしらずの内にサボる可能性もあるし、それなら縛りがあった方が身も引き締まるってもんだ」


『うーん……まあマゾなら別にいいんだけど』

「引き気味な感じで言わんでくれんか」


 というか、何で俺はマゾみたいな扱いになってきとる。


「そうは言っても、俺からしたらウタくんの方がよくやってると思うけどな」

『え? なんで?』


「そりゃ、レコーディングと大会が被ってるんだろ? アーティスト活動もしながらDM杯も平行するなんて大変じゃないか」


『まー大変じゃないって言えば嘘になるけど、これが初めてって訳でもないから割と何とかなってるよ、それに――』


 と、ウタくんは一つ咳払いをするのだったが、その音が妙に艶かしく聞こえた俺は慌てて雑念を振り払う。


 おいおい、眠気のせいで色々と制御が……。


『やっぱりゲームは楽しいからさ、良い息抜きになるんだよね』

「それは……因みにウタくんは昔からゲームが好きなのか?」


『PCでゲームをやり始めたのはここ5年くらいかな、最初はMMO系で、それからAOBでFPSに嵌って、今はスタペ含め色んなジャンルに触れてる感じ』


「結構やってるな」

『でも総プレイ時間は短いよ、やっぱり本業でやる事が多いからね』


 そう。実はウタくんは作詞を全て自分で行い、時には作曲もこなす程の才覚の持ち主。当然ながら仕事量は多いのである。


 実際配信時間も他のストリーマーと比べると圧倒的に少ない……その上もし噂通りの学生だとしたら、最早ブラック勤めの俺の比でない忙しさ。


 しかしそんな何処のチート主人公やねん、と言いたくなる子に練習相手になって貰っていること考えると、少し申し訳なくなってくる。


「いやホント、時間もないのに付き合ってくれて悪いな」


『いや、正直僕もスクリム以外まともに練習出来てないから助かってるよ、メンバーの中だと自分も上手い部類とは言えないし』


「そんなことは……だが、何でまたそんな状況でDM杯に出ようと?」


『うん? あー実は僕、DM所属なのに事務所主催の大会に出たことが無くてさ、だから前から出たいとはずっと思ってて』


「成程……一応ウタくんってストリーマー部門所属だよな?」


『そうだね、当たり前だけどプロゲーミングチームにアーティスト部門はないから』


 そう、だから俺は少し疑問ではあった。


 ウタくんは本来ドームを満員にするほどの才能の持ち主――普通なら大手音楽レーベルに所属しているのが当然な筈。


 だというのに、ウタくんが選んだのは畑が全く違うDeep Maverick。


 いくらゲームが好きでも、メリットが全く――と思っていると、俺の疑問に気づいたのかウタくんはこう言うのだった。


『つのださんは僕を勧誘する際、やりたい音楽をやっていいと言ったんだ。その上で音楽レーベルと遜色ないサポートをするとも』


「え? ……それはまた凄い話だな」

『普通では考えられない話さ、流石に断る理由がないよ』


 メジャーデビューすると段々売れ線になって、やりたいことが出来なくなるなんて話は素人でもよく聞くことだ。


 だがその問題を解決させ、結果大ヒットまで導くとは……。

 天才とは、つのださんのことを指しているとしか言いようがない。


「全く恐ろしい人だ……」

『同感だね。まあ加入理由はそれだけじゃないけど――』


 とウタくんが何か言おうとした所で、丁度マッチングが終わりデスマが始まる。


『あ、じゃあ2戦目といこうか』


「ん、ああ――大分エイムも温まってきたことだし、そろそろ1位を取って勢いを付けたい所ではあるんだがなぁ」


『んー……ならさ、ここは一つ賭けでもしない?』

「ん? 賭け?」

『そう。Gissyさんがスクリムまでに1位を取れるかどうか』


「ほう、それはいいな。実際リスクがあった方がより真剣になれるだろうし、じゃあ無事に達成したら――」


 と言いかけて、はたと口を閉じる。


 いや待てよ、この感じだと達成した場合、俺がウタくんに何かをして貰うということになるが、それは大分不味くないか……?


 ただでさえ可燃性の高い俺が、ウタくんが渋るような罰ゲームを要求をしようものなら、燃え上がるのは必至。


 しかも熱狂的な仮詩ファンは、数万では効かない人数いると聞く。

 ウタくんガチ勢の逆鱗に触れようものなら、最悪DM杯強制退場も――


(ううむ……かと言って温すぎる提案をするのも……)


 流石にこれは刄田いつきに助けを求め、無難な褒美と罰ゲームを提案して貰うべきかと、俺はキーボードに手をかけたのだったが――


 それを遮るかのように、ウタくんがこう言うのだった。


『じゃあ達成したら僕とTalkingトークアプリでフレンドになるのはどうかな?』

「……ん? Waveじゃなくてか?」


『Waveは基本配信用だからね。でもTalkingは完全プライベートでしか使わないから、実は配信友達でも知ってる人は殆どいないレアな連絡先なんだよ』


「ほ、ほう……確かにそれは悪くないな」


 一瞬ヒヤりとしてコメント欄をチラ見するが、あくまで俺が提案した訳ではないので▼羨ましい▼ずるい、といった反応が並ぶ程度。


 まあいくらレアといえ、友達になるだけだしな……と、俺は心の中で安堵の溜息をつくと、さあ1位を取るぞと気合を入れ直したのだったが――


『でも達成出来なかったら僕とデートだから』


「ははは、そりゃまた何とも厳し――――なんやて?」


 ウタくん提案のトンデモ罰ゲームに、俺の思考回路が一撃で吹き飛ぶ。




 え……なに? 実は俺のこと嫌いで燃やそうとしてます?

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