第24話 先を見る者と目先を見る者

『――――Gissyさん』

「…………ぐー」

『――Gissyさん!』


「!! はい、えー……αでリリィのサーチ後にダリアのスタンとペチュニアのフラッシュが同時に入って――そこから更に洞窟と脇道にアネモネのモロトフも入った所で箱上に焚かれたモクの上に高速移動でエントリーする……です!」


『別に今そんな話してないんですけど』

「え?」


『後そのエントリー時は必ず手前の張り付きをケアして下さい、怠って後続が落とされたら最悪でしかないので』


「……はい、すいませんでした」


 時刻は朝10時過ぎ。


 24時間配信も残す所3時間となっていたが、あまりの眠さに俺は早朝から何度も気を失っては刄田いつきに叩き起こされてを繰り返していた。


 ヒデオンさんに言われた際は虚勢を張ってたものの、やはり座学をひたすら続けるだけの時間というのは中々しんどい……。


 せめてフルパでカスタムが出来ればよかったが、不運にもチームメンバーは朝から用事があって不在らしく、中々それも厳しい。


 ならば他の配信者をと言いたいが――やはり夜行性の配信者を叩き起こす真似は出来ない、無論視聴者カスタムは言わずもがな。


 となれば、必然的に集中力も欠けていく。

 カフェインは何度も摂取したが、もう効き目はなかった。


▼ぎっしー頑張れ~

▼まーじでよく頑張った、あと少しだ

▼初日と比べたら信じられないぐらい上手くなったな

▼正直ダイヤ適正はあるんじゃないか

▼Gissyさん冗談抜きでセンスあります


▼そのままDM杯寝過ごしたら伝説になれるぞw

▼今起きたけどまるで成長してなくて草

▼これが0勝7敗の成れの果てか

▼別に上手くなってないし、俺には売名企画にしか見えないわw


 深夜帯は300人を切っていた配信は、休日ということもあっていつの間にか4000人にまで増えている。


 それに伴って潜んでいたアンチが再び顔を出しつつあったが――スタペに本気で向き合っていた俺は特に何も感じなかった。


 寧ろ感じたのは、応援してくれたリスナーへの感謝。


「……ホントに、大して面白くもねえ奴を応援してくれた視聴者には感謝してる。お前らがいなかったら今頃どうなっていたか」


▼えへへ

▼頑張ってるから応援してる、それだけなんだよね

▼優勝して『Gissyは俺が育てた』って言わせてくれよな

▼フラグ立てるな、24時間は配信は通過点だぞ


『――……Gissyさんには無茶な要求しまくりでしたけど、ホントによく付いてきてくれました。あたしからも感謝を言わせて下さい』


▼実際いっちゃん大分スパルタではあった

▼でも短期間でここまで成熟させられるのはいっちゃんしかいない

▼やっぱりいっちゃんは最強なんよ


「チームの為に勝ちたいし優勝したいからな……原動力はそれだけだよ」


 何なら俺の方こそ刄田いつきがしてきてくれたこと全てを並べ立て、感謝を述べたいぐらいだったが、配信中の為そうもいかない。


 それにリスナーの言う通り、変にエモい雰囲気になるのは優勝を逃すフラグに見えて良いものではない、だから俺は真意だけを口にした。


『ふふっ』


 だがどうやら見透かされたのか、刄田いつきは小さくと笑うとこう言うのだった。


『確かに、これだけやって予選落ちしたら笑えないし、雑談もこれぐらいにしてそろそろラストスパートに入りますか』


「ああそうだな――……ん?」


『おいーす、二人共お疲れさんやで~』

『ぎしーさん、いっちゃんおはようございます』

『流石にもう限界そうだね』


 すると、急にヘッドホンからほぼ同時に3人の声が聞こえてくる。


「え? 何で3人共揃って――」


『Gissy君は単純やなぁ、本番前に皆揃って用事なんてあるかいな。大体あんな遅くに寝て早朝から用事やったらおじさんの身体保たんて』


『ぎしーさん、最後は皆で走ってゴール、ですよ』

『ということで、サプライズで現役プロとのフルパスタペするよー』


「成程そういう……っておい待て、現役だと……?」


『因みに提案したのはあたしじゃないですよ、ヒデオンさんがどうせボコボコされたなら最後までボコボコになろうと声をかけてくれたんです』


『伝説お見せするならとことん凹ました方がおもろいおもてな』


 そりゃまあ……現役プロのフルパなどどう足掻いても勝てる訳がない。


 つまりヒデオンさんは変に自信を持たぬよう、徹底的に自我をへし折り、無敵モードで大会に臨めと言いたいのだろうが――


(まさか24時間配信の〆がこんな公開処刑とは……)


 だがまあ、それも一興と言えなくもないか。

 なら。


「――分かりました。そういうことなら一丁タコられるとしますか!」


       ◯


『あの、プッシュが早過ぎて無理なんですけど』

『大丈夫や、俺も半分も対応出来てへん』

AWSR・スナイパーライフルが上手過ぎて分かってても抜かれます……ああぁ……』

『今からでも相手ハンドガン縛りとかにしない……?』

『ヒデオンさん……これ自我じゃなくてメンタルが折れます』


「――チッ、おい……何だコレはよ……」


 Crudeはそうひとりごつと、爪を噛みながら片手をキーボードに伸ばした。


▼流石にプロは強過ぎだわwwww

▼即席でも現役は違い過ぎるな、話になんねえw

▼でも普通に楽しそうで草


▼abc334445:ざっこ、プロ相手でも1ラウンド取れよ終わってんな


▼おお! 1ラウンド取ったぞwwwwwwww

▼Gissyさんうめえええ、視点移動綺麗過ぎだろ

▼セットアップ綺麗に刺さったな、練度上がってるぞこれ

▼マジでワンチャン優勝狙えるかも


「ッ! オイ!! 叩けよ屑共がよ!!! 楽しんでんじゃねえぞボケが!」


 だがいくら彼が扇動しようとしても、今まであれだけ刄田いつきを、Gissyを叩いていた連中が徐々に掌を返していく。


 Crudeにとってそれは不愉快極まりない話であり、堪らず机を叩いた。


(クッソ……ざけんな……何でこんな炎上したようなゴミが……)


 だが、そうではない。


 彼が本当に苛立ちを覚えているのは、全敗しても気落ちせず、寧ろ結束しているチームに対してだった。


 どれだけ叩かれようと負けようと挫けない、諦めない、そんな姿勢でいる彼らをCrudeは許せなかったのである。


 だがそう思うのは彼にその精神がないから。

 もっと言えばそれを自覚すらしていないから。


 ネガティブでいないことは、配信者として必須だというのに――


『これ次バイラウンドやしLMG機関銃出してみるか?』

『うーん……あんまり練習してないですし、プロに相手に通用するか……』

『まあどうせ勝てる見込みは無いし、やってみるのもアリ――』


「――ふん、まあいい。どうせ複垢だ、BANされるまで叩いて……あん?」


 そう思いながら彼は尚書き込みを続けようとしていると、ふとWaveの個人チャットに誰かが入室する。


 名は【Ragna】彼がよく知る人物だった。


「……久しぶりだなおい、何の用だよ」


Ragna:全く相変わらずツれない態度だな、君の人生変えてあげた恩人がわざわざ来てやったというのに。


「あ? 変えてもらった覚えなんてねえよ、恩の押し売りか?」


 Crudeはその者に対し苛立ちを見せるが、実際Ragnaは恩人ではあった。


 そもそも彼に配信者としての素養は無い。元プロでなければゲームも普通に毛が生えた程度の実力であり、リスナーを楽しませるセンスも皆無。


 それでもLIBERTAに所属出来たのは父の会社がその昔LIBERTAのスポンサーだったからであり、それ以上も以下でもなかった。


 故に解雇されてからは同接も10人いない程度。そんな日々に彼はただ不平不満を述べることしか出来なかったのだが――


【スタペ部門の◯◯コーチ、事務所の××って配信者と3年も不倫してるって知ってたか? いや全く最低のクズだよな】


 自棄っぱちで又聞きしたLIBERTA内のスキャンダルを暴露したことが、彼の平均同接を1000人まで押し上げた。


【おお……やっぱり視聴者ってのはこういうのが好きなのか】


 しかも自分の一声でとんでもない人数がLIBERTAのコーチと配信者を叩きに行き、活動自粛まで追い込んだのは一種の全能感となり欲求が満たされる。


【これは最高だ……もっと、もっと、何かないのかよ】


 だがCrudeはマスコミではない故、これ以上は何もネタがない。


 だからといって嘘をでっちあげて炎上させようものなら、狩られるのは己になってしまうことぐらいは彼でも分かる。


【クソが……俺が注目されている内に、何とか新しいネタを――】


 そう思った矢先に刄田いつきのブースティング事件の真相を提供したのが、この正体不明のRagnaだった。


「――大体アレ以来碌なネタもくれねえじゃねえか、リスナーのガセっぽいネタじゃそろそろ限界なんだ。恩を売りてえなら何かくれよ」


Ragna:おいおい、君の本業はゲーム配信だろ。それならDM杯に呼ばれた千載一遇のチャンスを掴む方が大事じゃないのか?


「ッチ……うるせえな、お前が俺に母親面すんな」


 Ragnaに言われなくとも、そんなことは彼が一番よく分かっている。

 だがスクリムを配信してもCrudeの同接は全く伸びなかった。


 雑談なら3000人もいる配信が、スクリムの瞬間100人を切る。


 つまり、誰も彼のゲーム配信には興味を持っていない。

 無論それは自分で選んだ道なのだから当然でしかないが――


「大体スクリムは4勝3敗で勝ち越してんだ。4位までが決勝トーナメントに出れるなら余裕じゃねえか、必要以上に頑張ってどうする」


Ragna:ふうん、そうかい。


「それよりGissyのネタをくれ。どうせDM杯は関係者に捩じ込んで貰ったんだろ? 何なら今の同接も水増しして貰ってんじゃないのか?」


Ragna:さあな、私も詳しいことは知らない。ただ噂によればどうやら刄田いつきが関係しているらしいが。


「あのマンブーが……? ――そうか、あいつがGissyを推薦したのか。随分お似合いじゃねえか、もっと話を聞かせろよ」


Ragna:詳しいことは知らんと言っただろう。だがそうだな……君がDM杯で優勝したら真相を突き止めてやらんでもない。


「何?」


Ragna:何でもかんでも無償提供は出来ないという話だ。だがもし君が優勝した上でGissyを捲れば、間違いなくトップストリーマーになれるぞ?


「ハッ! 言うじゃねえか、文字でしか会話の出来ないビビリの癖に」

Ragna:私も君に捲られるのは怖いのさ、じゃあ失礼するよ。


 Ragnaはそこまで言うと、黒装束のアバターをドロンと消失させる。


「……チッ、馬鹿にしやがって」


 何処までも人を見透かしたかのような喋り口に、Crudeは不快感を覚える。

 だが、奴の言い分も強ち間違っていないとは思っていた。


 実際そうなってしまえば、俺の人生は勝ちも同然である、と。




「いいじゃねえか……やってやるよ。最悪アレを使えば優勝なんざ余裕だ」

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