第30話 優しいイカれ方

「……丸12時間寝たのか」


 俺は布団から身体を起こし時計を見ると、時刻は12時を過ぎていた。


 つまり昨夜の菅沼まりんの宣戦布告から、俺は一度も目を覚ますことなく爆睡していたということになる。


 正直全く自覚はなかったが、身体というのは正直らしい。


「というか、普通に集合時間過ぎてるな……」


 一応集合時間の1時間前に目覚ましをかけたつもりだったのだが、記憶がない所をみるとどうやら寝ながら切っていたようである。


 それに流石の水咲も気を遣って起こさなかったようだ、しかし。


「ふぁ~……お陰で大分スッキリしたな」


 やっぱり寝るって大事なんだなと改めて認識しながら、俺は流れるようにまずはパソコンを立ち上げる。


「ではまずBOT撃ちを――と言いたい所だが、その前に謝罪だな」


 いくら疲れていようと遅刻の言い訳にはならない。なので俺はWaveを起動して大会用のグループチャットへ入ったのだったが――


 案の定、そこには刄田いつきの姿しかなかった。


「まあ、そうだとは思ったけども」

『は? まずはごめんなさいじゃないんですか?』

「申し訳ありません、5分遅刻しました」

『よろしい』


 だが何言っとんねんコラと言わんばかりに、一人待ちぼうけしていた刄田いつきにしっかり怒られ謝罪する俺。


 あれ? 配信者は遅刻常習犯ばかりだから遅刻に寛容なのに何故……と言いたい所だが、これはあくまで戯れという奴なので悪しからず。


 しかし遅刻が定時でいいなんて、社会人的には本当に羨ましいものだ。


「とはいえ、まさか俺が二番目とは思わなかったな」


『まー、何だかんだチーム全員が24時間配信に付き合ってくれた状態で大会に臨んだので、まだ寝てても仕方ないとは思いますよ』


「ああそうか――そう思うと全員満身創痍だったんだな……」

『因みにGissyさんは良く寝れましたか?』

「12時間一回も起きずに爆睡だった、そっちは?」

『少し作業してから寝ましたが、それでも8時間ぐらいは』


 となると予選が終わった後も試合のフィードバックをして、決勝トーナメントに向けての準備をしていたということになるのか。


(本気で優勝する為に、出来ることは全てやる)


 刄田いつきに掛かっている負担は相当な筈なのに、全く以て頭が下がる思いだ。


『――あ、そういえばSNSのトレンド見ました?』

「ん? いや……特に見てはいないが」

『Gissyさん凄い話題になってますよ』

「へ? ああ……そうなのか」


 すると刄田いつきは若干嬉しそうな声でそう言ってくるが、トレンドといえば炎上しか経験していない俺はそのワードに嫌な予感がする。


 戯れとはいえ、自分からディスられているのを見に行くのはいくら慣れててもな……と思いながら俺はおっかなびっくりSNSを開くと。


 そこには無敵WINと伝説WINに続いて、3位にGissyの文字があった。


「……この一週間で何回トレンド入りするんだ俺は」


『いやいや、今回は下馬評を覆す活躍に皆さん肯定的な書き込みをしていますから。というかアンチの書き込みを見せようと思って言う訳ないでしょ』


「そりゃそうか――だがそれならいつきさんこそ評価されるべきでは?」


『一応あたしも載ってます。ただ攻撃の要であるストライカーが目立つのは当然の話なので、注目度に差が出るのは仕方ないことかと』


「ふうむ、だとしてもって感じではあるんだが――……あ」


 評価されているのだとしても、実感すると今度はそれが妙に心地悪い。


 自分でも随分な天邪鬼だと思ったが、それでもどうにか話題を逸らそうとしていると、トレンド5位に【菅沼まりん】の文字を見つけてしまう。


(5位……か、こりゃまた彼女の燃える闘志に油を注ぎそうだな)


 全勝している筈なのに、話題性では俺よりも下。


 まあ流石に自意識過剰じゃないかという気もするが、昨夜の彼女のパワーを目の当たりにすれば嫌でも危惧したくなる。


 あー……週明けに会社で顔合わせるの、何か気まずいな……。


「…………」

『あの……もしかしてGissyさん萎えてません?』

「えっ? い、いや萎えてるというか……」


 すると俺の様子を訝しんだのか刄田いつきにそう突っ込まれるが、菅沼まりんがどれだけプライベートを仲間に話しているか分からない為、返事に困ってしまう。


 やはり同じVGのメンバーでも距離感に違いはある。つまり昨夜の出来事を俺から話すというのはあまりいいとは言えない。


「いや何というか――別に注目された所で、って話ではあるよな」


『ええっ!?』

「んんっ!?」


 故に俺は自分と菅沼まりんを天秤にかけ、自分が注目されている件について率直な意見を述べる方に舵を切ったのだが。


 何故かやけに驚いた声を上げられてしまっていた。


「え、何かおかしかったか?」

『いやその……Gissyさんって配信者ではありますよね?』


「一応そうではあるけども……【俺は絶対人気配信者になるんだ!】みたいなモチベで始めた訳ではないからな」


『まあそのモチベで配信を始める人の方が少ないけど……でもこう、ゲームが生業になればみたいな気持ちは当然あって――』


「――それは」


 そう言われて、俺はふいに過去のことを思い出す。

 語るに値しない、つまらない過去のことを。


「――……昔はあった、でも真剣に考える間もなく諦めた」

『え? 何でまた』


「全く現実的じゃないから、かな。勿論ゲームは好きだが、俺は何をやっても人並み以上に上手くなるってことが殆どなかった」


 友人と集まって対戦をしても、いつもボコボコにされる。

 悔しくてコソ練してから挑んでも、やっぱり勝ち越すことは出来ない。

 結果友人から小馬鹿にされ、笑って誤魔化すだけだったあの頃。


 努力が足りないと言われればそれまでだが、しかし俺が不器用であることは事実で、それではプロなどなろうという気も起こる筈がない。


(だからと言って、スポーツや勉学が優れてる訳でもないのが俺という人間)


 そういう人生の積み重ねが己を無能と凡庸の間をひた歩く人間だと自覚させ、いつの間にか現実的な物の見方をさせる。


「だから配信を始めたのも妹に言われたからだし、多分刄田いつきと会ってなかったら早々に配信を止めていた可能性もあった」


『そう……だったんですか。あーそっか……』


 するとそんな俺の返答に対し、気まずそうな声を上げる彼女。


 まあこういう話はしたことが無かったし、そりゃ当然の反応ではあるが……と思っていると、彼女は少し意を決したような声でこう言い出した。


『――じゃあ、今はどうなんですか?』

「ん、今?」


『はい。少なくともFPSにおいてGissyさんはセンスがありますし、正しく努力をすればちゃんと強くなると証明もした筈です、だから――』


「……そうだな」


 センスがあるかは別として、こんな俺でも変わってきてはいる。


 実際AOBのアジア1位も運と決めつけていたが、不器用でも練習を続けることに意味はあるのだと、少しは思うようにもなった。


 そうやっていく中で、色んな人達と話す機会も増え――


 その結果見えた景色は、俺にとって酷くつまらないものだろうか。


 否。


「……決して楽じゃないが、配信って楽しいもんだなとは、思い始めてる」

『――そうですか。なら安心しました』

「安心?」


『はい。その――良かれと思ってDM杯に誘ったせいで沢山の迷惑を掛けてしまったので、本当はウンザリしていたら申し訳ないなと』


「ああ……」


 成程、つまり刄田いつきもずっとそのこと気にしていたのか。


 まあそれに関しては水咲にも言った通り気にするな一言でしかないが――刄田いつきの性格上中々それも難しいだろう。


 なら一応話してはおくかと、俺は一呼吸置いてこう口を開いた。

 

「いや、流石にウンザリしていたら義務なって今頃本番も全敗してるから、それは絶対無いと思っていい――それに、元々俺がDM杯に参加しようと思った理由はいつきさんを優勝させたいだからな、そこがブレることはまずない」


『え? ――……あたしの為、ですか?』

「ああ。ほら、掘り返すのも悪いが、謝罪配信をやっただろ?」

『もう1週間ぐらい前ですか……やりましたね』

「実はあの配信を見たことが、俺の中で一番大きくてな」

『へ? あ――』


 そこで彼女は水咲のコメントから俺達が生で配信を見ていたのを思い出したのか、小さく声を上げる。


「恥ずかしながら俺はその配信でいつきさんの真摯さに感動してな。だから自分どうこうじゃなく、自分に出来ることをしてあげたいと思った」


 まあ今となってはただの杞憂なんだけども、と俺は付け加える。


『そんなことは――……でも、普通に嬉しいです、凄く』


 するとそう言ってくれた彼女は、顔が見えないのに何故か嬉しそうに笑ったような気がして俺は余計に気恥ずかしくなってしまう。


 いかんな……慣れないことはするもんじゃない。


『――――でも、だとしたら何か変な話ですね』

「変?」


『はい。DM杯をここまで自分の為じゃなく、誰かの為に戦おうとするチームなんて、多分いないんじゃないかと思って』


「あー……言われてみるとそうだな」


『何なら自分の為というより、【勝ちたい】という純粋なゲーマー的理由の人の方が多いんじゃないでしょうか』


「確かに……だがそう考えると俺達は相当イカれてることになるが」

『イカれてるからこそ、ここまで来れたとも言えますけどね』

「ふむ、じゃあなんの問題もないか」


『はい。あたし達は互いが互いを想って、最後まで戦えばいいと思います』


 寧ろあたしはその理由の方が好きまであるかと。


「……俺もそうかもしれんな」


 ふと思い返すと、無才で何者にもなれないと思っていた自分が、誰かの為なら努力を積むことも、時には無鉄砲にもなれている。


 まあその思考は随分と危険だし、配信者に向いているのかと言われると大分疑問符が付きそうではあるが――思ったより悪い気はしない。


 なら、今はこのまま突き進むのが正解だろう。


『Gissyさん』

「ん?」


 そう思っていると、何やらコツンと当たった音がヘッドホンから聞こえる。

 するとそれに合わせ刄田いつきは少し語気を強めると、こう言うのだった。


『絶対に、優勝しましょう』

「――――ああ、勿論だ」


 それに対し俺は拳でマイクをコツンと叩き返すと、静かにそう言った。

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