第39話 EX4 とある妹のある日のこと

「ねえねえ、DM杯見た?」

「見た見た、受験勉強そっちのけで熱中しちゃった」

「Keyさんホント上手いし格好いいわ~」


「お兄――Gissyさんも凄かったですよね!」


 崎山義臣の妹こと水咲は、学校にて友人と昼食を取りながら雑談をしていた。


 彼女自身がそうであるように、友人にはストリーマーやVtuberが好きな子が多く、受験勉強の休息時間に見るものと言えばやはり配信となる。


 故に必然的に話題となっていたのは昨日行われたDM杯であった。


「あーGissyさんねー、確かにあのガチ解除は凄かった」

「まあ上手かったけど、でもそれでKeyさん優勝出来なかったしなぁ……」


「Keyさんは何回も優勝してるからまだいいじゃん。かふくんなんてあんなに上手いのに第一回から優勝出来てないんだよ」


「…………」


 しかし、友人はどちらかと言えばゲーム以上に配信者が好きな子の集まりであり、スタペの知識はそこまで深い訳ではない。


 無論それが駄目という話ではなく、そうなってしまうと自分の兄が活躍した件についてはあまり触れられない為、水咲はもどかしい思いをするのだった。


(うう……お兄様の大車輪の活躍は、もっと讃えられて然るべきですのに)


「やっほー、皆何の話してるのー?」


 すると。


 ふいにおっとりとした声が響いてきたかと思うと、水咲達が囲んで昼食を取っている席に、一人の女子生徒が現れる。


「あ、いこちゃんだ」

「いこちゃん久しぶり、体調は大丈夫なの?」

「うんー、全然元気極まりないよー」

「ぷっ、なにそれ――まあそれはいいけど、誰か探しに来たの?」

「んー、そうだけど、何か気になる話をしてたからさー」


 いこちゃんこと水卜衣子香みうらいこかは、同じ学年で隣のクラスに在籍している、ミドルヘアに緩いパーマがかかった女子生徒である。


 おっとりとした雰囲気と喋り方をする為一見すると天然キャラに思われがちだが、その実コミュニケーション力が高く男女問わず人気を集めている。


 その存在感には水咲も一目置いている程――しかし一方で水卜は病弱で学校を休みがちでもあり、そんな彼女を関係性は薄いものの水咲は心配するのであった。


「あ、えーと、その、実はDM杯っていうゲームの大会の話を」

「おーやっぱり、わたしも見てたんだよねー」

「え? 水卜さんが、ですか?」


 ストリーマーやVtuberは数年前と比べ市民権を得てはいるが、国民的かと言われれば流石にまだそこまでは至っていない。


 だからこそ学園のマドンナとも言える彼女がDM杯を見ていたのは、水咲だけでなく全員が意外な声を上げてしまう。


 だが彼女は意に介さない様子でこう続けた。


「そうだよー? 面白い大会だったのに周りに見た人が全然いなくてさー、だから良かったらわたしも話に混ぜてくれないー?」


「それはモチロン。いこちゃんはどのチームを応援してたの?」

「んーわたしは何処というより、公式配信で試合を見てたって感じかなー」

「なるほどね、じゃあいこちゃんは結構スタペをやってるんだ」

「そうだよー、今で1年ちょっとくらいかなー」

「ランクはどれくらいなんですか?」


「今はマーシナリー2だけど、ブレイバー1は何回か踏んだかなー」


「えっ、ホントに!? いこちゃん滅茶苦茶上手いじゃん!」


「最近みーちゃん水咲がプラチナ1で凄いって話してたのに、まさかこんな身近にとんでもない化物がいたなんて……」


「いこちゃんプロになれるんじゃないの?」


「いやー流石にそれは無理だよー。プロになれる人は毎シーズンエンペラーなのが当たり前で、そこでようやくスタートだからねー」


 それにはわたしは時間があるからブレ1に行けただけで、本当に上手い人は学校に通いながらでもエンペラーになってるよー、と水卜は謙遜するが、彼女達の中で一番スタペの知識を持つ水咲ですら驚嘆してしまっていた。


(す、凄いです……1年ちょっとでブレ1を何回も踏むなんて……)


 水咲はゲームセンスがある方だが、それでもスタペに限って言えばブレイバーを踏むは1年じゃ到底無理だと考えていた。


 それ程までにスタペは他のFPSと比べても難しい。にも関わらず易々と最高ランクを踏んでいる事実に、水咲は思わずこう訊ねてしまっていた。


「あ、あの! 水卜さんがDM杯で一番良かったと思う人は誰ですか?」

「んー? まあ沢山いるけど、目を見張ったのはやっぱりGissyさんかなー」

「! そ、そうですよね! 実は私もそう思ってて――」

「おー、みーちゃんもそうなんだー」


「はい! そりゃMVPだし当然って話ではあるんですが、でもあの圧倒的なエイム力、そして何より人読みの強さは出場者の中で一番だと――」


「うんうん分かる分かる。相手の2手先を読むようなピークの使い分けは、始めて数ヶ月とは思えないセンスがあったよねー」


 彼女であれば兄のことを分かってくれると思い切ってした発言に対し、水卜は自然と話に乗ってくれた為水咲は嬉しさを覚える。


(わぁ……! リアルでお兄様の凄さを話せる日が来るなんて……!)


 いくら愛すべき、尊敬する兄であれ、そのことを胸張って公言出来る程学校という世界は広くないことを彼女は理解している。


 だからこそ、それを気にせず話せる状況に水咲はどんどんと饒舌になっていく。


「例えば10ラウンド目であったセットアップで――」

「確かにあの状況での引く判断は――」

「カバーやクロスの意識も本当に高くて――」

「ラーク警戒も一番しっかりしてたよねー――」

「あそこでLMGを使おうという度胸も――」

「あの状況であのリスクは中々負えないよねー――」


「え、えーと……」

「つ、付いて行けない……」


 挙げ句には友人が置いてけぼりになっていることも忘れて、水咲は夢中になって水卜との話を続けてしまうほど。


 それは彼女の性格上、仕方のないことではあったが――


 しかしそんな時間も、背後からやってきた水卜の友人が声を掛けたことで、唐突に終わりを迎えることとなってしまう。


『あれ? いこか何してんの?』


「お? あ、そうだ、――に用事があったんだった。じゃあわたしはそろそろこれで、みーちゃん楽しかったよ、またお話しようねー」


「あ――はい。こ、こちらこそ」


 楽しい時というのは、いつも呆気なく終わるもの。


 ただ――それでこの良き出会いまで終わらせてしまうのはあまりに寂しいと思った水咲は、思わず水卜にこう言うのだった。


「あ、あの! もし良かったらなんですが――今度一緒にスタペしませんか?」


「ん? ――あーそれはいいね、じゃあ連絡先交換しとこっかー」

「――! はい! ありがとうございます!」


 そんな風にして。


 無事水卜との連絡先を交換することに成功した水咲は、彼女に別れを告げると多幸感に包まれながらこう思うのだった。


(ああ――やはりゲームは素晴らしい出会いを運んでくれるんですね)


       ◯


「さて……と――――お? 運営から連絡来てるねー」


 水卜は学校から帰宅しPCを立ち上げWaveを開くと、DLQ鯖の全体チャットにイベントに関する案内が来ていることに気づく。


「ふむふむー、まあルールは大体こんな感じであると――お、もうメンバーも決まってるんだ、どれどれー?」


 そして今回行われる予定のイベント概要にざっと目を通し、まだ公式には発表されていないメンバーにも目をやっていると。


「――おや」


 とある一人のストリーマーの名前で、マウスカーソルが止まる。


「ふむ……これはもしかしたら、中々興味深いイベントになるかもねー」


 そして一言、楽しげにも聞こえる声でそう言うと、全体チャットに返信を行いWaveを閉じ、Buetubeを開いたのだった。





〚Shiori Ch./淡路シオリ 登録者数152万人〛

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