第6話 華音さんは名前で呼ばれたい
「さてと……広宮さんや」
「何かしら羅怜央くん?」
「何度この話をしたか忘れたが今回は断らないよな?送っていくから家に帰ろうか」
帰宅を促すと広宮は苦笑して、
「流石に断れないわね……でも少し待ってください。お義母さまとの定時連絡だけには私も関わらせてください」
「なんでだ?キツイ言い方になるが関係無いだろう?」
俺の突き放した物言いにも広宮は頭を振って、
「関係ないことないわ」
「私が考えた約束事に抵触したと思われる行為は主に三つ」
「一つ目、私があなたを送ったときに家に上げた事」
「二つ目、一度辞去した私を再度家にあげた事。主にこれが一番の問題だと思ってる」
「そして三つ目、私を泊めた事」
「どうかしら、ほぼ間違いないと思うのだけど?」
「まーな、俺もほぼ同じ事を考えた」
「この中で一つ目は特に何も問題ないと思う」
「そして三つ目は二つ目が成立しないと始まらない。だって再度家に上がる前に帰っていれば泊まるなんて出来ないもの……」
「つまり二つ目が問題になる。ここまでで何か?」
頭を振る事で先を促す。
「二つ目の大きな原因はあなたの優しさに付け込んでお家に入り込んだ私にある。だから私が責任を取るのが当然なの」
これを認めたらだめだな……
「違うな、広宮に責任はない……とは言わないが、それを認める訳にはいかない」
「なぜ?」
「それを認めちまうと、それこそ両親に合わせる顔がなくなる」
「まぁこっちの勝手な都合だ」
納得いってないって顔だな。
「まぁ納得いかなかろうが極論家庭の事情ってやつだ。無闇に立ち入るものでもない」
「ずるい言い方するのね?」
「スマンな……」
「いいわよ、それなら私もずるいやり方するから」
あんだって?ずるいやり方?
「昨日の貸し今返して?」
「あん?」
「だから、昨日私の胸を揉んだときの貸しよ」
「そうきたか……あー確かにずるいな……分かった。でも……あーずりーわ、なにも言えねぇ……」
「やっぱり切り札は最後に切るものね」
「うわぁ腹立つわぁ」
目一杯のドヤ顔いただきましたー
「つーても定時連絡は午後だぞ。それまで広宮はどうする?一度帰ってまた来るか?」
「羅怜央くんいいかしら?」
「なんだよ?」
「そろそろ私の事は華音と呼んでほしいのだけど?」
「脈略ー!」
「かーちゃんでも可だけど……それだとお義母さまと混同してしまうから、やはり華音呼びが無難かなと思うの」
「だからー!脈絡はどこ行った!?」
「羅怜央くん、ちょっと静かに。今大事な話をしてるのよ?」
「えっ俺が悪い流れ?理不尽じゃね?」
怒涛の脈絡のなさと理不尽さに非難の声をあげる。
てか、おふくろの事をかーちゃん呼びはしてないわ。
「他に良い呼び名があるかしら……」
「広宮でよくね?」
「特に無いみたいね」
ああ、無視ですかそうですか……
「仕方ありませんね……コホン」
とひとつ咳払いしてこちらに一歩近づき、胸の前で祈るように手を組み下から見上げて、
「華音と……呼んでいただけますか?」
広宮が、あの「氷姫」が上目遣いであざとく可愛らしく聞いてくる。その破壊力たるや俺の中でのあざといの代名詞であるいよなでも比較にならない。
俺はその破壊力に当てられて半ば無意識に、
「…………ああ、分かったよ華音……」
と返事をしてしまっていた。
広宮は恥ずかしそうにはにかんだ後、
パッと花が咲いたように微笑んで、
「はい」
嬉しそうにささやいた。
さっきの名前呼び騒動から数時間、もうすぐ正午に差し掛かろうとする時間になってしまった。
一度家に帰らせようと思ったのに、のらりくらりと広宮が話を逸らしてしまうためその話ができなかった。
あと……
「お昼ご飯にいたしましょう。羅怜央くん♪」
どっから引っ張り出して来たのか(ウチの)エプロンを装着し、やたら上機嫌で嫁さんムーブをかます「氷姫」が居た。
「広宮」
「…………」
「広宮さん」
「……………………」
さっきから名字呼びには一切反応しないくせに、
「か……華音」
「はい♪(にこー)」
これである。名前呼びには満面の笑みで即レス。
あれれー?おかしいぞー?噂ではクールって話だったのに……
「昼めしも大事だがおふくろへの対応について、あれだ……協議とやらをするんじゃねーのか?」
と水を向けると、おとがいに人差し指を当てながら、
「ぶっちゃけ対応と言いましても、正直に誠意を持ってお話するしかないんですけどね」
と宣いやがった、
「おい!話がちげーぞ。広宮がそう言うからそのために部活を休んだんだぞ!?」
「華音ですよー。あと部活をお休みしたメインの理由は、風邪が治りかけなので大事をとってのはずです。捏造しちゃダメですよ」
「それに私は新くんへの対応で実績があります。今回もお任せください!お義母さまへも立派にご挨拶してみせます!!」
「いやいやご挨拶してどうすんの?ヤメて?ホントにやりそうで怖いから!」
あと言わないけど、ウチのおふくろ面白がって挨拶受け入れて嫁扱いしそうだし……
「さぁ対応も決まりましたし、お昼ご飯にしちゃいましょう♫」
〜 広宮 華音 Side 〜
ふっふっふっ、やってやりましたよ……
羅怜央くんに私のことを名前で呼ばせることに成功しました……
あのとき……好きな人を名前で呼んだあのとき、感じた幸福感に恍惚としてしまいました。
自分で名前を呼んだだけであれほどなのです。もしも名前を呼んでもらえたらどれほどの幸福感を得ることができるのかと夢想してしまいました。
また、安里さんはそんな幸福感をずっと得続けていたのかとみっともない嫉妬心が首をもたげてしまいました。
そんな嫉妬心から羅怜央くんに私の名前を呼んで欲しい、そんなはしたない欲求を持ってしまったのです……
そして、羅怜央くんに名前を呼んでもらった時、端的に言ってヤバかったです。控えめに言っても最高でした……。そして安里さんへの嫉妬心がさらにメラメラと……
羅怜央くんはそんな私の葛藤など知らないぜ、とばかりに私の作った野菜たっぷり焼きうどんを頬張っています。
「ふぃろ「華音です」……ゴクン、はぁ……華音」
「はい♪」
「御馳走さま美味かった……てか材料どんだけ買ってんだよ……」
「はいお粗末さまでした。今日の夕食の分までは用意してますよ。楽しみにしててくださいね♫」
「お前……ホントに帰る気あるか?」
「流石に今日は帰りますよ。下着はコンビニで買いましたがシャツは着替えたいですし」
「下着って……はぁ勘弁してくれ。で?着替えがどうにかなったらまだ居る気だったか?」
「さぁそれはどうでしょう?それよりお義母さまへの連絡どうしますか?」
そろそろお義母さまとお話ししましょう。実は、この話し合いでの羅怜央くんの強制連行阻止はマストとして、内心ではあわよくば羅怜央くんのお世話をさせていただけるようになれれば最上と考えています。
そのためにもまずは下準備として羅怜央くんの胃袋を掴む事は必須条件だったのですが、昨日今日の様子から鑑みてそこはクリアしたように見受けます。
……純粋に私が作ったお料理を美味しそうに食べてくれる様子は、時代錯誤とは思いますが女としての幸せを感じますね。
「そーだな。じゃあ準備するかー」
とスマホとメモを取り出しどこかへ電話をかけ始めました。
「あー母さん?一週間ぶり。……うん始めたいから番号くれ」
その後何かをメモに記入して通話を終了。そしてノートPCとスピーカーマイクを準備。
「Zo○mですか?」
「そうそうなんか顔が見たいんだとさ……てか伏字になってねーな。もとい」
「なら私は最初は画面から外れていたほうが良いですね」
「なんで?最初から入ってたらいーじゃん。おふくろと話すんだろ?っと準備完了。始めるぞ?」
と画面の向こうに25歳〜30歳くらいの女性の方が映っています。あれ?
「羅怜央くん、あの方お姉さまですか?ご兄弟はいないと伺ってたのですが……」
「誰から伺ったの?怖いわ!てかあれおふくろね」
「は?嘘でしょ?若すぎます……」
私は驚愕に目を丸めました……
〜 根都 羅怜央 Side 〜
画面向こうのおふくろが、年甲斐もなくまぁ嬉しそうに、
『嬉しいこと言ってくれるわねー。羅怜央の母の幾乃です。というか羅怜央、この子どなた?めちゃくちゃ可愛いじゃない。あんたも隅に置けないねー。……いよなちゃんに言い付けるよ?』
「うるせーよ。いよなとは別れたよ……」
『あらま。とうとう愛想つかされた?どーせあんたがいよなちゃん放っといて部活ばっかりやってたからでしょ?』
ハイハイ、おっしゃる通りだよ。クソッタレ
『じゃあなに?いよなちゃんと別れてそっこー新しいカノジョ見つけたの?しかもこんな美人さんを?あんたやるわね……』
「ちげーよ、かい……広宮はそんなんじゃねーよ」
『ふーん、広宮さんって言うんだ?』
おふくろが華音に目を向ける。
「申し遅れました、広宮 華音と申します。ご挨拶が遅れたことに関しまして、お義母さまにおかれましては大変ご気分を害された事と存じます。大変申し訳ございませんでした」
『あらまあ、ご丁寧に。では改めまして、羅怜央の母の根都
なんか畏まった挨拶が始まったようです。
「根都 羅怜央ですよろしくどーぞ」
『はぁ、あんたも広宮さんを見習って、もうちょっと言葉遣いを覚えなさい』
『さてと……挨拶も済んだところで、この場になぜ広宮さんが居るのか説明してもらえるかしら?』
「───ということで広宮には昨日泊まってもらった」
『たくっフラれて傷心だったとはいえ、あんたもスポーツ選手の端くれなら体調管理くらいしっかりやんなさい』
「それに関しては返す言葉もねーわ。そのとーり反省してます」
『それと広宮さん、愚息の看病ありがとうございます。あなたが居なかったらと思うとゾッとするわ』
「いえそんな……大した事は出来てませんしお気になさらず」
『ホントに良く出来た子ねー。ウチにお嫁に来ない?こんな愚息しか居ないけど……』
「いえそんな……喜んで!!」
「おい!何言ってんだ!」
『で?話を戻すけど、そんな話をお母さんにしたってことは例の約束の件ね?確かに強制連行案件よね?』
さてと……こっからが本題だ。
「うんその件だわ」
『あんたのことだから、ここ迄話したなら言い訳はしないわよね?ちがう?』
「ああ、俺的には言い訳は何も無い……」
『なんか含みのある言い方ね?てことは……』
「はい、私の方からお話があります」
『聞きましょう』
「─────なので羅怜央さんに責任はありません」
『結構、良くわかりました。あなたの言うことは筋が通ってます』
「では……」
『ええ、羅怜央をこちらに連れて来る事はしません』
すげぇ、おふくろ相手に無理筋を通しやがった……
『ただ、他所様のお嬢さんを一晩お預かりしてご挨拶もしないなんて出来ないことは、あなたなら分かるわよね?』
「はい」
『なのであなたの親御さんに私の方から、お礼とお詫びのご連絡をさせていただきます。なのであなたの連絡先を教えてちょうだい。あと羅怜央、あんたしっかりと広宮さんを送ってあげること』
「分かってる」
『それと、あんたしっかりした物食べてる?なんか少し痩せたわよね?コンビニ弁当とかカップ麺ばっかり食べてちゃダメよ』
なんで急に?おふくろなんか企んでるだろ……
『なので華音ちゃんにおばさんから一つお願いがあります。お願いなんでもちろん断ってくれてもいいわよ?』
「なんでしょうか?」
『華音ちゃんに羅怜央の面倒を見るのをお願いできないかな?具体的には羅怜央の食事まわりと家の片付け、つまり根都家の家事全般ね。もちろん出来る範囲で良いしバイト代も出し「やります!!!」あらそう?』
え?話が急展開なんですが……
◇◆◇◆
お読みいただきありがとうございます。
閑話のPVがラッキースケベ回のPVを超えました。
私の描写力が拙すぎたのか……、ラッキースケベに需要が無いのか……いろいろと勉強になりました。
次回も読んでいただけると嬉しいです。
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