第4話 風邪のときの桃缶は別格 でもインパクトはマシュマロの勝ち


〜 広宮 華音 Side 〜


 意識が朦朧としている根都くんをベッドに運び入れ。常備薬の在り処を聞き出し一緒に入ってた体温計で熱を測る。38.7℃ですか結構ありますね。なので解熱剤を飲ませ、冷凍庫にあった保冷剤にタオルを巻いて脇の下へ投入。胃がさっき食べたものを受け付けなくなって、戻すようなことがあったとき用にコンビニ袋の底にティッシュを何枚か敷き詰めて。……あとなにか必要なものや出来ることあったかしら?


 そうだ桃缶。風邪のときに母に食べさせてもらったことを思い出して、目が覚めたら根都くんにも食べてもらいたいなと思いました。

 あと何故か唐突に桃缶を食べさせなければならないと強迫観念にも似たものを感じました。……もとい何も感じていません。


 さっきよりも寝息が安定してきた根都くんを見てホッとしました。彼が起きてしまわないように気をつけながらそっと額に手を当てる、やはりまだ結構熱いですね。額に触れた私の手の冷たさが気持ちいいのか、根都くんの表情が少し柔らかくなりました。


 「ずるいです、そんな顔されたら手を離せないじゃないですか……」


 私が独り言ちていると手の冷たさが失われたのか、イヤイヤをするように私の手を振り払う。


「くすくす、カワイイですね」


 さて、食べ物のストックがどこにしまわれているか分かりませんし、家探しするわけにもいかないですね。面倒です、買いに行くとしましょう。コンビニは偉大ですね。あっそうだ、あとゼリーとかも買っときましょう。


「では根都くん、ちょっと行ってきますね」


私は根都くんを残して地図アプリを頼りにコンビニを目指した。





〜 根都 羅怜央 Side 〜



 ふと目を覚ますと俺はベッドに入って眠っていた。

あー、俺は倒れたのか……、まずったな……。

まだ微妙に熱があるのかボーっとする頭を気にしながら、広宮が枕もとに置いてくれていたのであろうスマホを手に持ち時間を確認する。

 

「うわちゃー、日付け変わっているわ」


 うーんやっちまったな……ほぼ初対面の女の子を家に連れ込むばかりか泊めちゃったよ……。

流石に今から追い出せねーよなー。倒れたときに対応してもらった恩もあるしなー。


「オヤジとおふくろに話したら強制連行かなぁ……」


 赴任先に連れて行こうとする両親を説き伏せて、ひとり暮らしをするにあたって両親と約束したことがある。ひとつ学校・部活はサボらない。ひとつ勉強はしっかりやること、成績落としたら強制連行。ひとつ公序良俗に反することはしない。この約束があるからいよなに両親の事情を話せなかった。もし話していよながウチに入り浸るようになったら爛れた生活を送る自信しかない。

 バレなきゃいいやの精神は、口約束だけで俺を信じてくれた両親の信頼を裏切ることになる。


「あー今度の定時連絡は憂鬱だなぁ」


 体調悪いときにさらにサガる事を考えたものだから、

気分がドンドン落ち込んでいく。


「うがー!俺なんか悪い事したかーー!?」


 カノジョ持ちの男子高校生にしては清廉潔白に生きてんのに、そのせいでカノジョに浮気されるし。もしかしたら強制連行されるかもしれないし。踏んだり蹴ったりだわ。お祓い行こうかな?


「わっビックリした。起きてたのね……どうしたの大きな声出して?」


 広宮が部屋に入ってきて声をかけてくる、俺は「いやなんでもね」と誤魔化した。


「しかしスマンな、看病までさせちまって。でもおかげで助かった恩に着るわ」


脇に置いてあった体温計を渡してくる広宮へ礼を言う。


「いいわよ、私も帰られなかったんだし。困ったときはお互い様。それより体調はどうかしら?桃缶を買ってきたのだけれど食べられる?」


「ああ食べたいな」


「はいわかりました、もう開けて冷蔵庫で冷やしてるからすぐ持ってくるわね」


軽やかに身を翻し部屋を出ていく。

「ピピッ」と体温計が計測完了をお知らせしてくる。37.5℃か大分下がったのか?


 器に桃缶を移したものを二つ持って広宮が入室。俺にひとつ渡してきたので体温計と交換で受け取る。


「うん……大分下がったわ。多分明日一日寝てれば大丈夫でしょう。さて私もご相伴に預かるわね?桃缶なんて久しぶり……」


「俺も久しぶりだからかやたら美味いな……。熱が下がったんなら明日は部活行けるんじゃね?」


 一日中家で寝てるなんてゴメンだとばかりに楽観的な事を言ってみる。

こちらの器が空になっているのを確認した広宮が器を受け取ろうと俺の方ヘ歩き出しながら、


「そんなこと言って無理してぶり返したらどうす……キャッ」


 盛大につんのめってしまう。それを見た俺が反射的に助け起こそうと出した手のひらに「むにょん♡」と、マシュマロのようなとんでもなく柔らかいものが収まった。


「………」


「………」


 えーと、今の流れを説明すると、広宮は俺に向かって歩き出したときに前につんのめった為、俺に向かって正対した形で倒れてきた。それに対して俺は反射的に助け起こそうと両手を前に出した為、向かってくる広宮の上半身を下から支える形になった。広宮は俺に覆い被さる体勢になり、俺はそれを支えるように広宮の両胸を下から「グワシッ」と掴んだ体勢になっているというわけだ。


 つまり純然たる事故だな。俺、悪くない。……しかしいよなと致したとき以来だから何ヶ月ぶりだろこの感触。しかもいよなより大きいし……。

 てなことを考えたのがいけなかった、無意識にホントに無意識に手のひらを「ワシワシ」と二回ほど握り締めてしまった。つまり故意ではないとはいえ過失だな俺が悪い。


「アン…!ーー!!!」


 今まで状況について行けずフリーズしていた広宮が再起動。ちょっと色っぽい嬌声をあげた後、ガバッと起き上がり真っ赤な顔で右手を振り上げる。俺はすべてを受け入れ、すぐに来るであろう衝撃に備えて歯を食いしばる。がしかし、衝撃が来ない。アレ?なんで?と、俺より高い位置にあった広宮の顔を見上げた。そこには、


「フーフーフーフー…」


と呼吸を落ち着かせようとしている広宮がいた。

俺は「スゲー」と思った。右手を振り上げた瞬間は間違いなく激昂していたはずなのに、一瞬で自分を落ち着かせようとすることに、只々純粋にスゲーと感心した。もっと言えば事故とはいえ自分の胸を揉まれた女の子が、その羞恥や怒りなどを込めた右手を振り上げたのにも関わらず、それを収めようと出来る理性に思わず見惚れた。


「これは完全に俺が悪い。覚悟は出来てるからやってくれ……」


俺が促すと、


「!!フーフー………出来ませんよ」


「……凄いな……広宮は」


俺が素直に称賛の言葉を伝えると、


「そんなに凄くないですよ私。これは……そうですね貸しいちです!!」


「貸しいち?」


「ンンコホン、そうよ貸し。なにか私が困ったときに返して頂戴?精々高くふっかけてあげる」


「分かった借りいちだ。忘れないよ」


「ああそうだ私は忘れてたわ。今からお風呂借りてもいいかしら?」


 もうこの話は終わりということだろう。唐突に話題を変えた。


「もちろん使ってくれて構わない。俺はもう寝るわ」


「じゃあおやすみなさい」


「ああおやすみ」





〜 広宮 華音 Side 〜



 自分でも顔が赤いと分かります。

それがお風呂の温かさで茹だっているのか、さっきの出来事のせいでのぼせてるのかは分かりませんが……


どちらにせよ今の私の頭の中で渦巻いているのはひとつの思いだけです。

触られた、触られた!触られちゃいましたー!!

根都くんに触られてしまいました。

私の胸をそれはもう「グワシッ!ワシワシ!」と。

あの瞬間理性がトンでしまいまして、危なく根都くんを叩いてしまうところでした。

もしそんな事して後遺症でも残ったらと思うと今考えてもゾッとします。


 しかし根都くんはあの状況でも思いの外冷静でしたね。今思うと多分「グワシッ」の部分は事故だと思うのですが、「ワシワシ」のところは根都くんも感触を堪能していたと思うのです。……私の胸の感触を堪能……ぽっ。それに何かと比較しているようにも感じました。……なんかイライラしてきましたね。

 そんな色々なものを加味して自分が悪いと冷静に判断した印象です。これが経験者の余裕ですか……くっ


 いいえまだ舞えます。この不幸な事故をたてに貸しをひとつ作ることに成功しました。

この貸しを使って根都くんのお世話をする権利を手に入れて、公然と根都家ヘ出入り出来るようになることも可能なはずです。大丈夫です!根都くんは押しに弱いので押したら行けるはずです!


「しかし今日は色んな事がありましたね。しかし終わってみれば実りのある一日でした」


 何の予定もないただの休日になるはずが、まさか根都くんとお近づきになれるとは。しかも相合い傘をして根都くんのウィットに富んだ小粋なトークを間近で聴ける機会に恵まれるなんてとても素晴らしかったです。

 ところでウィットって気のきいた会話や文章などを生み出す機知や才知のことだそうですよ?機知に富んだなんてまるで根都くんそのものみたいですね。


閑話休題


 根都くんのお宅へお邪魔して根都くん所蔵のムフフ本を確認できたのも収穫でした。秘蔵の品がJKものということで、懸念された○リコンや熟○スキーであるという疑惑はかなり払拭されたと思われます。


 根都くんのお宅を辞去し近くのスーパーでお買い物。

またお家に入れていただけるかは、賭けの部分がありましたが根都くんのチョロさ……ゲフンゲフン、優しさに訴えかけて入ることに成功。お料理を振る舞うことが出来ました。一度私が根都くんのお家でお料理を振る舞ったという実績を作ること、それが後々活きてくるはずです。

 ただ私が側にいながら根都くんが倒れてしまったというのは痛恨事です。大事無かったですし、その結果なしくずし的にお泊りすることが出来ましたが……結果オーライではいけません。


 そして最後にちょっとしたアクシデント……がありましたがまあ退屈しない一日だったのではと思います。


さぁ明日は早起きしておいしい朝食を準備して、根都くんの胃袋を掴みましょう。




◇◆◇◆


お読みいただきありがとうございます。


ヒロインの看病とラッキースケベって、ラブコメではセットじゃないですか?


次回は閑話を予定してます。


次回も読んでいただけると嬉しいです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る