第12話 勝利宣言


 まどろみから覚めたとき特有の心地よい気だるさを堪能するために、しばらくボーっと呆けていると仁からのメッセージが来ていることに気づく。内容はただ一言、


『サンキュ助かった』


のみだった。昨日の忠告を聞いてくれたみたいでよかった。


 完全に目が覚めたので時間を確認すると、10時30分を少し回ったところだった。随分ぐっすり寝てたもんだな、ノンストップだったもんなー。

 朝食をどうしようかと一瞬考えたが、時間も中途半端だし華音の昼食を美味しく食べたいので抜く事にした。


 昼頃に来ると言っていたので、昼食の準備の時間も考えたら来るのは多分11時30分頃。あと一時間程か、何しようかなーと考えながらシャワーを浴びコーヒーを淹れる。

 コーヒー片手にムフフ本を嗜みながら休日の朝を満喫していると、「ピンポーン」と呼鈴が鳴る音がする。

出てみると案の定、広宮さんちの華音さんが、


「おはようございます?こんにちは?こういう時はどっちですかね?」


と笑いながら挨拶をしてくる。


 いつもの制服姿とは違い、パンツルックに低めに作ったお団子ヘアという初めて見る装いが、普段の楚々とした印象とは違い活動的に見える。


「ウス……。両方とも言っとけば間違いないさ」


「あーズルいです」


ちょっとむくれて頬を膨らます。


 こちらに来る前に買い物を済ませて来たのだろう、エコバッグを手に提げている。それを受け取りながら


「買い物してきたんだな。晩飯なんだ?」


「内緒よ。楽しみにしてなさいな?さてと昼食の準備……と言ってもパンに昨日のローストビーフを挟むだけだからすぐね。あとスープとサラダかしら……」


クールモードで昼食の付け合せはを考えてる。


「玄関先で考えることでもねーだろ。早く上がれよ」


「そうね、ただいま……クスクス」


「ああ、おかえり……」


なんの衒いもなく返してやると、グッと詰まってちょっと顔を赤らめながらそっぽを向き、


「そういうところもズルいです」


と恥ずかしそうにささやいた。






昼食をいただいて食後のコーヒーを飲みながらスマホをいじっていると、仁からのメッセージを受信


『おくつろぎ中に悪いな今大丈夫か?』


『おう大丈夫』


『まず、昨日はありがとうな。カノジョからもよろしくってさ』


『ちゃんと謝ったか?』


『誠心誠意な。それでお互いに話し合って妥協案を採用した』


『妥協案?』


『そそ、俺は誕生日を祝いたい、あいつは俺に休んで欲しい、なら今日は休んで明日食事に出掛けようってな』


『それで良いのか?誕生日の翌日で……』


『そこが妥協さ、俺は誕生日当日を我慢する、あいつは一日だけ外出することを我慢するってな』


カノジョさん心広いなー


『まあそれでカノジョさんが納得したなら良いんじゃね?』


『俺の納得は?』


『知らんが?』


『ひどい!』


『それで、何の用だ?』


 話を本筋に戻してやる。じゃないと延々と無駄話が続いてしまう。


『あーと、実は今日か明日のどっちかで、そっちに行きたいんだが良いか?』


『……俺は良いけど……何時くらいだ?』


『今日ならこれから、明日なら昼 いちかな?』


『で、わざわざ俺ん家に来てまで何の用だ』


『詳しくは会ってからだが、来週の試合について変更の相談をしたい点がある』


わざわざ休日に会ってまでか……


「華音……今日これからか明日の昼に仁が来るんだが良いか?」


と確認を取ると華音は近くに座って、


「私は羅怜央くんが良いなら構いませんけど……明日ならお昼ご飯もご用意出来ますよ?」


と当たり前に返してきた、てか明日も来るつもりなんだ……


『明日なら昼飯用意するってさ』


『は?昼飯って誰が?』


『だから広宮が』


『へー広宮さんがねぇ、彼女休日も来てんだ?』


『だからなんだよ』


『いや別に?なら明日にするかな、あとカノジョ連れてきて良い?』


『はぁ?なんでだよ?』


 いきなり突拍子も無いこと言ってきた……これは多分その方が後が楽だし面白いとか思ったな?


「すまん明日の昼飯、仁ともう一人増えそうだけど良いか?」


「私は別に……お昼も親子丼にするつもりですから手間もそんなに変わりませんし……」


『明日そっちに行ったあとそのまま食事に出掛けたら効率的かなって。それに男二人に女の子一人は怖いかもだし。そっちのほうが面白い』


こいつなりに気は使っているみたいだな……


『昼飯は親子丼だとさ、それで良いならいいぞ?』


『カノジョには俺から言っとくから大丈夫!』


『で、何時頃来るつもりなんだ?』


『お昼ご飯をお呼ばれするなら12時頃でいいか?』


『分かった、広宮にも言っとく』


『悪いね広宮さんにもよろしく』


『良いさ、伝えとく。じゃーな』


『ホイホイ。じゃーね』


「明日カノジョも連れてくるってさ。だからホントに悪いけど昼飯よろしくたのむ」


「はい、承りました。それで何時頃来られます?」


「12時頃だってさ。ホントに悪いな……」


 正直なところこいつに負担ばっかり掛けているから、仁の訪問もホントは断わりたかったんだよな。


「くすくす、さっきから謝ってばかり。嫌なら嫌って言いますよ?」


「ああ、すまんな……あっ」


「フフフ、ほらまた」


「はぁ……、ありがとうな」


なんか情けねーな……






〜 広宮 華音 Side 〜




 はぁなんですか、何なんでしょうか?この溢れる新婚感!休日に二人の新居(違います)で寛ぎながら、翌日に遊びに来る友人夫婦(違います)を出迎えもてなすための話し合い。そして新妻(違います)を労る夫(違います)。シュンとした顔も可愛いです!

キャー!ここはパラダイスですか!?


「もう一杯コーヒー淹れるけど?」


「ならいただきます」


夫……羅怜央くんが新しいコーヒーを淹れてくれる。


「それであなた……じゃなかった羅怜央くん、新くんはどんなご用で?」


「あなた?いやまあなんか詳しい事は明日なんだが、来週の試合についてとか言ってたな……」


 テーブルの上にコーヒーカップを置きながら明日の訪問理由を説明してくれます。


「それだとちょっと長いお話になるかもですね。お茶請けにケーキでも用意しましょうか……」


「仁にそこまで気を使わないでいいよ。まあカノジョさんには何か用意したほうがいいと思うけどな」


「くすくす、またそんなこと言って……新くんに悪いですよ?それとお話し中の新くんのカノジョさんのお相手も任せてくださいね?」


「あーそうだな、それも考えとかないとな。ありがとう失念してたわ。あぶねーあぶねー」


 来週の試合についてなんてホントならヨダレが出るほど聞きたいです。聞きたいですが、ホストの妻としては(違います)ゲストに退屈させるわけにはいきません。カノジョさんのお相手は私がしっかり務めてみせます!


 ホストの妻として(違います)の決意を新たにしているところに珍しく私のスマホにメッセージが入りました。母からですね、


『広島の叔母さんのところでご不幸があったからお父さんと行ってきます』


 親戚にご不幸がありましたか。広島とはまた遠いですね。私は行かなくて良さそうですが、


『分かりましたけど私は行かなくて大丈夫ですか?』


念のため確認はしておきましょう。


『それは大丈夫ですよ。あと帰りは月曜日になりますから、なんなら羅怜央くんのとこに泊まっちゃいなさい!』


はぁそうですか……って、なんですと!?母上様宜しいのですか?言質いただきました。親の了承は得たのです!あとは看病ではなく泊まったという実績を作りましょう。うふふ羅怜央くん……御覚悟を!






〜 根都 羅怜央 Side 〜




 ズサッ!なんだ!?とんでもない気配を感じた瞬間、意識するよりも先に振り返る。だがそこには何もなかった……嫌な予感がする。


「どうしたんですか?羅怜央くん?」


 不思議そうに首を傾げて聞いてくる。しかしその表情に微かな違和感がある……

 思えば昼過ぎごろまでは和やかな休日の雰囲気で、明日の打ち合わせみたいなことを和気あいあいとやってたのに、華音にメッセージが入った辺りで表情に緊張感が出てきた。

 その緊張感に多少の違和感は感じたけど、夕食の筑前煮と炊き込みご飯のあまりの美味さは違和感を忘れさせてしまうほどだった。

 

 そして食後のコーヒーをリビングのテーブルに置いた瞬間に感じたのが今の気配である。

 

「いや……なんでもない……」


 背筋に嫌な汗を掻いているのがわかるが努めて何もないように振る舞う。


「そうですか……。そういえば、昼過ぎに母からメッセージがありまして、広島の叔母のところで不幸があったようでした」


済まし顔で親族のご不幸を報告する。急に何を言い出すかと思いながら、


「そうか……それはご愁傷さま」


とお悔やみ申し上げると変わらず澄まし顔で、


「ありがとうございます」


通り一遍の謝辞を述べたあと……


「それで父と母が月曜日まで広島に赴く事になりまして、母からは羅怜央くんのお宅に泊めていただいたらと提案がありました……」


これだーーー!さっきからの緊張感と、さっきの気配これだわ!間違いない!!華音が言い切った顔してるもん!しまった油断してた!ここ最近大人しかったから安心してた……こいつそういえばこういうやつだったわ!!てか、かすみさん何してくれてんだよ!!

あっかすみさんのくすくす笑いが聴こえる……愉悦


「そうか……でも流石に泊める訳にはいかないぞ?」


とりあえず正論をぶつけてみる。


「そうですか……だとすると困りました……」


「何がだ?」


「家の鍵を持っていないのです……」


「はい?」


「ですから、家の鍵を持っていないのです」


「は?なんで?」


「いえ、何故と言われても……普段は母が居ますので、カギを持ち出す習慣がありません」


「マジで?」


さっきから片言しか喋れてないな……


「はい、しかし仕方ありません。駅前まで送っていただければ漫画喫茶もありますからなんとかなります」


 いやいや……流石にそういう訳にはいかねーわ。そんな不義理をしたらそれこそおふくろに絞められる。


「いや、泊まってくれて良いよ。おふくろの部屋使ってくれて良いから」


その言葉を引き出した華音は満面の笑みで、


「はい。お世話になります」


と勝利宣言を高らかに上げた。



「あれ?月曜日まで帰って来ないなら制服どうすんだ?」


「先ほど羅怜央くんが席を外してたときに母に連絡を入れましたら、明日母だけ帰ってくるそうです。流石に今日は無理とのことでしたので……」


「そうか……じゃあまあ、おふくろに連絡入れるわ」


「じゃあ私もお話しさせて下さい」


「分かった後で代わる」


「はいお願いします」



その後おふくろにしこたま怒られた。




◇◆◇◆


お読みいただきありがとうございます。


久しぶりに強引グ華音さんが出ました。

華音さんの暴走は書いてて楽しいです。


今話のタイトルがなかなか決まりません。

タイトル考えるの苦手なんですよ。


寒いタイトルでも失笑くらいで収めてください(笑)


次回も読んでいただけると嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る