第13話 長閑な休日と仁の訪問


PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi……


 アラームが7時を正確にお知らせしてくれる……

まさか休日なのにこんなにも早く起きなければならないとは……


「んが……むふー……すー」


二度寝って……気持ち……いい……


「羅怜央くんおはようございます」


誰だ我が眠りを妨げるものは?我が眠りを妨げるものに呪いあれ……ぐー


「あらあら、ホントに二度寝しちゃってる……」

「羅怜央くんほら起きて……ふー」


 耳元に息を吹きかけられたゾワッとした感覚に襲われ強制的に目を覚まされる。


「のわー!」


 昨日パジャマ代わりに貸したスウェットを着た華音が、跳ね起きた俺を見て可笑しそうに笑いながら、


「クスクスのわーですって、可愛いわね。おはよう羅怜央くん」


「ふぁーおはよう華音……起こしてくれとは頼んだが……もうちょっと穏便に起こせなかったか?」


まだ寝惚けているがしっかりと苦情を述べる。


「間違いなく二度寝するから起こしてくれって頼んだのはあなたよ?」


今気づいたけどクールモードなんだな。


「むー……オケオケ、目が覚めてきた、ありがとな起こしてくれて」


「クスッ、どういたしまして。顔洗ってらっしゃい、朝ごはん出来てるわよ」


「あいよー」


 部屋を出ていく背中を見送りながら、「氷姫」が我が家にいて朝自分を起こしてくれる異常さに、慣れ始めてしまっている自分に今更ながら慄いてしまう……


 顔を洗って歯を磨き、最低限の身支度を整えてダイニングテーブルに着く、


「悪いな遅くなった」


「いいえ大丈夫よ。さぁ召し上がれ」


「いただきます。お粥かー、へぇしっかり味が付いてるんだな」


「中華粥にしてみたの。どうかしら?」


「うん美味いわー、お代わりはあるか?」


中華粥は初めて食べるけど美味いな。日本式の薄味も良いけど、とろとろで味がしっかりしてて普通に朝食としてならこっちのが好きかも。


「あるわよ、……する?」


「言い方ぁ……まあお願いします」


二杯目も美味しかった。



 いつものように食後はリビングで淹れたてコーヒーを飲むのだけれど、ここ何日か気になることがある。

明らかに以前より華音の座る位置が近くなっている。


「ときに華音さんや?」


「なに?羅怜央さん」


「なんか近くね?」


「そうかしら?」


 こいつ……分かってて空っトボケてやがるな?なんか知らんがたまにグイグイ来るんだよなー、普段は控えめなのに。

 まあこのくらいの距離ならまだ近すぎるってこともないし気にしなきゃいいか。



「あいつらが来るまでなにするかな」


 仁とカノジョさんが来るのがお昼頃の予定、それまでなにして時間を過ごそうかな?ひとりならムフフ本を嗜むとか出来るけど、さすがに華音が居るのにそれが出来るほど気安い仲じゃない。


「私はこの時間に掃除を済ませてしまいますね」


クールモードは終了か。


「手伝うことあるか?」


「いいえ手早くやっちゃいますから、羅怜央くんはお部屋にでも居てくださいな」


下手に手伝っても邪魔なだけか。


「ありがとうな。終わったらとびきり美味いコーヒー淹れるわ」


「まあ!それは楽しみですね!」


「それくらいしかお返し出来ないしなー」


自嘲気味に苦笑すると、口元に手を当てて


「くすくす、お給金は頂きますよ?」


「おふくろからだろ?俺は何もしてない」


「美味しいコーヒーいつも頂いてます」


あー、それだけは自信あるわ。今まで仁くらいにしか振る舞ったことなかったから、美味しいって言ってもらえるのは何気に嬉しいな。


「ならもっと腕上げなきゃな」 


「それは楽しみですね。さてお掃除しちゃいますね」


「なら、部屋に戻るわ」


「はい、終わったら声かけますから、とびきりのコーヒーお願いしますね?」


「とっておきの豆を出すよ。じゃあよろしくな」


部屋で勉強でもするかな……



 どれくらい過ぎただろうか扉の向こうからノックの音と共に、


「掃除終わりましたよー、コーヒー下さいなー」


 とちょっとおどけた声でコーヒーの催促があった。「氷姫」のこんな声聞いたら張り切っちゃうよ。


 時計を見たら10時15分、結構ガッツリ掃除したのか?おふくろの掃除時間なんか気にしたことないし分からね。まあちょうど時間も一服するには良い時間だし勉強終わり!



 宣言通り普段は使わない秘蔵の豆をミルに入れて、後はいつも通りの手順で淹れる。親父みたいにブレンドにまでは拘ってないからな……


 淹れたてを持ってリビングへ、ソファーにちょこんと正座して待ってる「氷姫」。


「おまたせ、秘蔵の豆だ。口に合えばいいが……」


受け取ったカップを両手で支え口へ運ぶ。


「いただきます。うんさすが羅怜央くん秘蔵の品、酸味が少し強めで私の好みです」


「俺たち味の好みが不思議と合うんだよなー」


「そうですねー不思議ですねー」


 秘蔵の豆も好評で安堵しながら、そこからは長閑な休日の午前を過ごした。



 そろそろ仁たちが来てもおかしくない時間になって、


「そろそろいらっしゃってもいい時間ですね、お昼の用意をしておきましょう」


「まだ早くないか?そんなに慌てなくてもよくね?」


「ちょっと何かしてないと落ち着かないので……やっぱり用意をしてきますね」


「仁が来るだけなんだがなー」


 なんてやり取りをしているところに「ピンポーン」と呼鈴が鳴った。


「あら、いらっしゃいましたね」


 俺が反応するよりも早くパタパタと小走りで玄関へ向かって行った。


「ちょっと待て、俺が出るから……ってもう行ってるか」


 諦めてゆっくりと玄関へ向かうと華音が玄関口でちょっとオロオロしている。なんかかわいいな……

 玄関先では仁ともう一人、ウルフカットの女性この子がカノジョさんかな?がポカンとしている。仁に至っては口が半開きでちょっと面白い。


「羅怜央くん、新くんが微動だにしないんですけど。どうしたのでしょう?」


「落ち着け、びっくりしてるだけだ。仁、目ぇ覚ませ」


 華音に落ち着くように促し仁に声をかける。その声でやっと再起動したのか目をパチパチさせて華音を凝視したあと苦笑いして、


「あー失礼……あまりにも自然に「氷姫」が羅怜央の家から出て来たからびっくりした。と、沙織おーきーろー」


 言うやいなやカノジョさんのほっぺたを左右に引っ張ってぐにぐにし始めた。するとさすがにカノジョさんも再起動して、


「じーんくーんやーめーてー」


「よし起きたね、羅怜央紹介するよ。カノジョの足立 沙織。そして沙織、こいつがダチの根都 羅怜央とその奥さんの華音さん」


「こら仁、だれ「クスクス、あらやだ。新くんご飯大盛りにしちゃうわね」か……広宮」


 苗字呼びされた瞬間その整えられた眉が一瞬ピクッと揺れた。その後満面の笑みを浮かべて、


「ご紹介に預かりました、根都 羅怜央の家内の華音です。新くんには主人がいつもお世話になっております。安達さんもこれからよろしくお願いしますね」


と挨拶をする。それを受けて安達さんも澄まし顔で、


「ご丁寧にありがとうございます。新くんとお付き合いさせていただいてます安達 沙織と申します。こちらこそ根都さんには新くんが大変お世話なっております。本日は図々しくもご相伴に預かりますがよろしくお願いいたします」


と丁寧なお辞儀をしながら挨拶を返す。と思ったらバッと顔を上げて、


「華音さん「氷姫」だよね?近くで見てもチョー綺麗なんですけど。てか、「氷姫」ってこんなに笑うんだ!それに根都くんの奥さんって言ってるけど、もしかして付き合ってんの?え?マジで?根都くん凄くね?うちの学校の男子も狙ってる子結構いたんだよ?アッハッハ!そいつら全員爆死かザマァ」


朗らかに向日葵のように笑いながらまくし立てた。

俺はため息を吐きながら、


「俺を置いて話を進めるな。安達さん、あー遅ればせながら根都 羅怜央です。分かると思うけど彼女とは付き合ってないからね?あと知ってる様だけど念のため。彼女は広宮 華音さんね」


「広宮 華音です。ちょっとふざけ過ぎたかしらね」


「改めて、安達 沙織です!てか付き合ってないならどういうご関係?」


「こーら沙織!立ち入った事聞くんじゃないよ?」


 ここで今まで胡散臭くニコニコしてた仁が会話に加わる。安達さんを窘めながら、こっちを見てニヤニヤ笑って、


「色々あるのさ、だから俺等は安全地帯から見守っていこうじゃないか!」


「たくっ、言ってろ。早く入れよメシ食おうぜ」


中に入るように促す、すると安達さんが手を上げて、


「私、華音さんのお手伝いするー」


「あらお客様なんだからゆっくりしてくれていいのよ?」


「大丈夫だよーお手伝いしたいし!」


結構頑固だな。結局は華音が折れて、


「あらあら、ならお願いしようかしら」


ふたり連れ立ってキッチンへ。

ならもうひとりは責任もって接待しましょうかね。


「手洗い場所知ってんだろ。手ぇ洗ってこい」


「扱いぞんざいだな」


「お前何回も来てんだろ。んで、本題はいつ話す?」


「お昼頂いてからで良いか?」


「いいぞ、じゃあ手洗い行って来い」


「あいあい」


 仁を手洗いに追い立ててリビングに戻る。話を食後まで引っ張るって事は、結構長い話になりそうだな。





 親子丼美味しかったです。卵フワフワで出汁が染みてて鶏も柔らかく仕上げてあり絶品だったわ。


 食後は根都家の恒例、淹れたてコーヒーを振る舞う。既知の二人はもちろん安達さんにも好評でとても嬉しくて、なんか人にコーヒー振る舞うのクセになりそうだな。

 二杯目を俺と仁の分淹れて、……ちなみに女性陣は後片付けにキッチンへ。なんかあのふたり昼飯準備の短い時間で「華音ちゃん」「沙織ちゃん」と呼び合うようになっていた。相変わらず距離の詰め方がえげつないな。

 それとクールモードを解除してノーマルモード(?)になってたので、仁が頭に「?」を何個か着けてたのは笑った。


「さて、そろそろ話せ。もう大会まで時間がないのに作戦変えるって?」


「そんなに急ぐなよ。ちょっと話そうぜ?」


「何をだよ?」


「そうだなー、去年のチームってさブスカだったあの先輩……名前忘れた、以外は今年の夏のチームと遜色無かったよな?」


「去年は会場にも行けてないから知らねーよ」


 練習ですらフィールドに立たせてもらえなかったからなぁ。あれってイジメだよな?


「そうだったな……じゃあ秋だ。レギュラーが大量に抜けて残ってたレギュラーってキャプテンだけ……って誰がキャプテンだコラ!」


「自分で言って自分でキレるなよ。で?」


あのときはお先真っ暗だったな。ゴリラと残先輩がなんとかチームをまとめてた。


「ふぅ……でだ、あとの二人は控えだった物庭先輩と申し訳ないけど戦力にはならなかった福北先「てめぇ!福北先輩が何だって!?」スマン失言だった」


 福北先輩のことだけは誰にも何も言わせねぇ。一年の一学期、チームで何もさせてもらえなくて腐ってた俺をいつも気にかけてくれた先輩だった……あの先輩が居なければ俺は部を辞めてた。


「まあ戦力半減なんてもんじゃ無かったよな?」


「それがどうした?」


「それでも全国手前まで行けた。そんで今年の夏だ。お前は見られなかったから知らないだろうけど、今年のチームも去年のチームと同程度のチームだった。去年一回戦負けのチームとだ、両方とも出てた俺だから分かる」


「さっきから何が言いたい?」


「もう少し聞けって。去年と今年のチームで何が違う?崩壊しかけたチームがなぜ全国手前まで行けた?お前はどう思う?」


「そんなもん対戦相手との兼ね合いもあるし、ゴリラと残先輩がチームをまとめたからだろーが」


 なに当たり前のこと言ってんだこいつ。去年のチームは知らんが、今年のチームはゴリラと残先輩がまとめてた。勝ち抜いたのだってギリギリの試合ばかりだった。対戦相手との兼ね合いで去年だって行けたかもしれないじゃねーか。


「ちげーよ、いやその一面も確かにあった。それは認める。でもホントの要因は……お前だよ」


またこいつは意味の分からんことを……


「どういう意味だ?」





◇◆◇◆



お読みいただきありがとうございます。


長くなっちゃたので分割します。

ホントは一話にまとめなきゃなんですけどすみません。

次話にはこの話終わらせますのでご容赦下さい。


どうも羅怜央くんは自己評価が低いようですね。



次回も読んでいただけると嬉しいです。

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