第2話 噂の「氷姫」は噂と違ってちょっと変

 

  俺は土砂降りの中を傘も差さずに歩いている。


 昨日からいよなの浮気発覚で心がぐちゃぐちゃになったが、終わってみれば何のことはない。単に俺が部活に明け暮れてる間に、転校生に横からあっさり搔っ攫われた。そして俺が弾き出された、ただそれだけの事だった。


「あ゙ーゔーーい゙ーお゙ーえ゙ーー」


 言葉にならない音声を発しながらフラフラと歩いてる俺は、端から見たらゾンビか不審者か……現に今も通り過ぎたお姉さんがビクってなって足早に離れていったもん。


「あ゙ー……、仁にも連絡しないとなー」


 昨日から何かと親身になってくれた親友に、事の顛末と別れた旨の報告ぐらいはするのが筋だよなぁ。

でも今は何も考えたくないなぁ。とりあえず『キャプテン』とだけ入力して送信……しばらくしてメッセージと着信がひっきりなしに来たが、確認もせずに放置して歩き続ける。うるせぇよ親友……




 行き先は足に聞いてくれとばかりにテキトーに歩いてたので現在地不明。流石にそろそろ帰らなきゃなぁとスマホの地図アプリを起動して現在地を確認。最寄り駅まで結構遠いのね……直接家に向かっても距離的には変わらないか?と思案していると、向こうから見慣れた制服を着た女子が歩いてくる。


 同じ学校の生徒相手に奇声で威嚇するのも憚られるので、自重して普通に行き違えようとする。すると、


「根都くん?どうしたの傘も差さずに?」


とあちらが足を止めた。どうも俺のことを知ってるらしい。良かった奇声で威嚇するのを自重して……

相手は傘を差しているので顔が隠れて見えない。彼女が傘をずらしてくれたので見てみると知ってる顔だった。と言っても俺が一方的に知ってるだけで絡んだことなかったはずだけど……


 彼女の名前は広宮ひろみや 華音かいん、我が校のみならず近隣の学校にもその美貌が知られる有名人。肩甲骨あたりまで伸ばされた、カラスの濡れた羽のように美しい黒髪、陶器のように白い艷やかな肌、惹き込まれるような黒い瞳、整った目鼻立ちに小さな薄い唇、背はそんなに高くないものの出るところは出てるプロポーション。そんな完成された美しさ。

 

 その大和撫子然とした佇まい、あまり笑顔を見せないクールな性格、そして偶に見せる楚々とした笑顔の破壊力に男女共にやられてしまい告白者が後を絶たない。告白された数は算定不能、そして告白された数イコール撃墜数。告白したヤロー共(あと多少の女子も)は塩対応を通り越した氷の対応でバッサバッサと斬り捨てられる。その姿に付いた異名が【NTR高校の氷姫】どっかのラノベのヒロインみたいな存在……。


「広宮だっけ?えっと……どっかで絡んだことあったか?」


俺が不思議そうに尋ねると、広宮はこちらに近付きながら、


「残念ながらお話するのは今日が初めてよ」


と言った。だよなぁ、こいつと絡んだなら絶対に忘れないだろうし。てか、残念ながら?

さらに近付いて来て俺に傘を差しかけながら、


「これ以上濡れたら風邪をひいてしまうわ。スポーツ選手なら体調管理をしっかりしないと」


と上目遣いで覗き込む。えっと……なんか距離感近くね?


「しかし困ったわ早急にお風呂に入って着替えないと本当に風邪をひいてしまうでも根都くんのご両親は海外赴任中で日本にいらっしゃらないからお迎えをお願いすることもできないしウチのあの親と根都くんを会わせるなんてもっての外ですし根都くんに私の傘を貸すのはやぶさかではないけどそうすると私が風邪をひいてしまうわそうなると色々と困ったことになっちゃうそれに考えてみるとここからだと私の家に行くよりも根都くんの家に向かった方が近いまであるからこのまま二人で相合い傘をして根都くんの家まで向かいましょうそうしましょう」


表情を変えずに一気に淡々と捲し立てる。なんかおっかねーよ。しかもイロイロ突っ込んだ方がいいような、突っ込んだらやぶ蛇になるようなことを言ってた気がするし……うん聞かなかったことにしよう。……おっかないし。


「いやいやそんな迷惑をかけられないから。それに今は濡れたい気分なんでこのまま帰るよ」


とちょっと怖気付いて遠慮すると、広宮は相変わらず表情を変えずに、


「駄目よ、さっきも言ったけどスポーツ選手なら体調管理はしっかりしないといけないわ。それにどうせ私はこれからやることも無いから迷惑でもないし」


がんとして譲らない。

そこまで言ってくれるなら申し出自体はありがたいことなんでお言葉に甘えよう。おっかないけど。


「分かったお言葉に甘えるよ。ありがとな広宮」


お礼を伝えると、広宮は顔を背けてボソボソと何かを呟く、


「キャーありがとうだって。こちらこそありがとうございますだよー、根都くんと一緒に歩けるなんてどんなご褒美よ」


「なんて?「なんでもないわ」 


広宮は喰い気味に応えた。


「では早速行きましょうか?」


「あいよ、なんかお世話になります」





 二人並んで俺の家へ向かって歩いて行く、てか沈黙が気まずいな……、仕方ないここは俺がウィットに富んだ小粋なトークで盛り上げよう。


「少し……聞いてもいいかしら?」


あっしまった先手打たれた、ガッデム


「俺に答えられることならいくらでもお答えするよ」


俺はイケボで答えた、あっちょっとスベった……


「根都くんさっき濡れたい気分って言ってたけど何かあったの?」


「それは……ハハッ ピンポイントで聞かれたくない事聞いてくるねー」


「ごめんなさい。不躾だったわね……」


うーん聞かれたくない事ではあるけど、誰かに話してスッキリしたいって気持ちもあるんだよなぁ。


「まぁいいや……でも面白い話ではないよ?カノジョに浮気されたうえで振られたってだけなんだわ。それでまあ情けなくも濡れたい気分になったわけ」


「カノジョさんって安里さんよね?あの可愛らしい」


カノジョだけどな……てか、そんなことまでよく知ってるな」


「それはそうだよ……根都くんとお付き合い出来るなんて羨ましくて一時期どれだけ調査しまくった事か。ていうか、は?浮気ですって?根都くんとお付き合いしていながら?でもそうか、お別れしちゃったのなら私にもチャンスが……そうしたらあーんなことやこーんなことを……あっ、よだれが……」


声が小さくてよく聞き取れなかった。


「なんて?「なんでもないわ」


 広宮ってイメージだともっともの静かで大人しい印象を持ってたけど、話してみるとなんか変な奴だな。てか、妙に俺のことを知ってるし……自意識過剰かな?

でも、俺の家の場所も知ってるみたいだし、親の事なんて刈り上げゴリラと仁くらいしか知らないはずなのに……。突っ込んだほうがいいのかな?






 この後の道中は俺のウィットに富んだ小粋なトークが、だだすべりしただけで特筆すべき事は何もなく我が家に到着。流石にここでお役御免じゃあねバイバイっていうわけにもいかず、家に上がってもらいおもてなししようとしたら、


「私が根都くんをここまで送って来たのは、あなたが風邪をひいてしまわないようにするためよ?私の相手は良いからまずはシャワーでも浴びて身体を暖めなさい」


と追い立てられた。確かに身体は冷えきってしまっているから、ここもお言葉に甘えよう。








〜 広宮 華音 Side 〜




 冷静に今現在の状況を確認しましょう。


……今私は天国に居ます!異論は認めません!

根都くんのお家なんて天国以外の何物でもないでしょう?きゃーーー!夢じゃないかしら!?

 



 今日もいつもの休日と同じように、外出して時間を潰していたら急に雨が降ってきました。日差しが強かったので日傘代わりに雨傘を持って出ていたのが功を奏した形になりましたね。結果的にはその判断が雨除け以上の大ファインプレーになりました!なにせそのおかげで根都くんと相合い傘ができて、さらに根都くんの家にお呼ばれするという奇跡が起きたのだから!


 根都くんと偶然出会ったときは、傘も差さずに歩いている姿にも驚きましたが、それ以上に心ここにあらずといったお顔と雰囲気にビックリしてしまいました。そこで言葉巧みに根都くんのお家まで相合い傘をして送ることを提案し、根都くんも快く了承。送って行く道すがらそれとなく聞いてみました。

 

 最初は話すことを渋っていましたが(ちょっと憂いを帯びた顔も素敵だったと併記しておくわ)、話してスッキリしたいという想いも気持ちの中のどこかにあったのか、比較的あっさりと話してくれました。

その内容は憤りを禁じ得ないものでした。ただ単に別れるのならまだしもというか大歓迎だけど、浮気したDEATHって、じゃなかった、ですって?DEATHって差し上げましょうか?ふむ、これは要調査案件ですね。


 その後の道中では彼のウィットに富んだ小粋なトークにウットリしていると、知らないうちにいつの間にか彼のお宅に到着していました。私はそのまま帰宅しようと思っていたのですが、なんと根都くんがお家に上げてくれました!ご両親の居ないひとり暮らしのお宅にですよ?キャー間違いがあったらどうしましょう?と妄想が捗りましたが、まずは彼を温めて風邪をひかないようにするのが第一です。なのでおもてなしをしよとする彼を説き伏せてお風呂へ追いやりました。


 そして現在に至るわけだけれど。さて今のうちに今日の記念に何か根都くんの私物でも……ってアレは!


 



〜 根都 羅怜央 Side 〜




 シャワーを浴びて人心地ついた俺は、自室で部屋着に着替えながら「まさかあの広宮がウチに来るなんてなぁ」と独り言ちる。まぁただの善意だろうけど、今はちょっとした善意が心に染みる。

つくづく奇声で威嚇しなくて良かったなぁ。

着替えを終えてリビングで待たせてる広宮の下へと戻る。


「スマンな放置しちゃって、でもおかげで人心地つけたよありがとな……って何してんだ?」


 リビングに置きっぱなしになってた俺の秘蔵のムフフ本(JKもの)に手を伸ばしたところで固まっている広宮と目が合う。


「あ……いや……ちがくて……これはそのー」


 広宮はいつもの澄まし顔は何処へやら、冷や汗を大量にかきながら言い訳を絞り出そうとしているが言葉にならない。その様子にいたずらごころに火がついた。


「いやーお客さん、そいつに目を付けるとはお目が高い。そいつは当店でもイチ押しの珠玉の一品ですよ」


俺はニヤニヤしながらさらに煽っていく。


「しかし天下の広宮さんがムフフ本をねー?てか、JKがJKもののムフフ本とか見てどーすんのー?」


「あの、ちがくて。私じゃなくて、これを見たら根都くんの癖が解るかなーとか、思ったり思わなかったり……?」


「えー?ホントにー?広宮が見たかったんじゃなくてー?」


ガンガン煽っていく俺に対して広宮が目線をツーっと逸しながら、


「えーと……さあて根都くんを送り届けることもできたし私はお暇しようかしら?」


と逃げようとする。俺は笑いながら、


「あーゴメンゴメン、もう言わないよ。お詫びと送ってもらったお礼にコーヒー淹れるからせめて飲んで帰ってくれ」


引き留めると、


「ンンッ……コホン、そういうことなら頂こうかしらありがとう」


と澄まし顔で取り繕った。






玄関口で広宮が靴を履いきながら、


「コーヒーご馳走さま本当に美味しくてびっくりしちゃった」


「お粗末さまでした。てか本当に送らなくていいのか?」


「大丈夫よ問題ないわ」


玄関のドアを開けて外に出て、


「もう雨も上がったみたいだし散歩がてらゆっくり歩いて行くから」


俺も外に出て空を見上げる、さっきまでの雨が嘘のように晴れ上がっている。


「そうか……ホントは送りたいところだけど……」


「フフフ、じゃあ次の機会は送ってもらっちゃおうかな?」


万人を魅了する氷姫の微笑を受けた俺は呆けながら、


「……分かった。……ん?次の機会?」


「言質取ったわよ。じゃあまたね」


氷姫は、夕焼けの下を歩き出した。





〜 下司野 茶楽雄 Side 〜


「み〜つけた〜」



◇◆◇◆◇


お読みいただきありがとうございます。


主人公とヒロインの出会いでした。


ちょっと短めですみません。1話目は増量スペシャルだったということでご勘弁ください。


次もお読み頂けると嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る