第19話 君がいる日常



 綺麗な笑顔は時にとてもおっかないのだと、今日の帰宅途中に知る事が出来た。出来れば知りたくなかったけど。


 いよなと付き合ってる時は怒らせても面倒くさいとしか感じなくて、怖いなんて思ったこともないから女性を怒らせる=面倒くさいとしか認識してなかった。


 華音が今怒っている……理由はよくわからんけど確かに怒っている。と思う。そういう雰囲気を出してるから、多分怒っているんだろう。

 そして怒っているはずなのにニッコリと満面の笑みを浮かべて、そこだけ笑ってない漆黒の瞳でまっすぐこちらを見据える。それがおっかなかった。

 

しかしなんでだろう?なんか怒らせることしたかな?

分からん……分からなければ本人に聞いてみようか。


「華音さん?」


「何でしょう?」


「えーと、俺なにか華音さんを怒らせることしましたか?」


「私、怒ってませんよ?」


 ニッコリ笑顔、でも相変わらず目が笑ってない。ウッソだー怒ってないとその目は出来ねーよ!

 

「嘘だろおい、目が笑ってないんだよ。怖ぇーって」


「私、怒ってませんよ?」


全く同じ表情、口調で全く同じ事を宣う。ただ、目が少し柔らかくなった?


「………………」


「………………」


「…………てい」


「あっ…………」


 魔が差したとしか言えない……柔らいだ目に吸い込まれるように手が頭の上に乗っていた。

 これはいけない、これは事と次第によってはセクハラ認定されてしまう。早く手を除けなければ……


「なーでなーで」


「あぅ………」


「なーでなーでなーで」


「あぅううう」


 いかんいかん、華音の髪の感触があまりに気持ちよくてついつい撫でてしまった……これはマジで怒られても仕方ない、甘んじて怒られよう。

 そう覚悟を決めて華音の様子を確認すると、なんか瞳をうるうる潤ませて口元をモニョモニョさせてる。頭ももっと撫でろと言うように、ちょっとこっちに傾けている。


「私……怒ってません……よ?」


「くっ!う……」


 あっぶねー!ギリギリ耐えた!今もう少しで抱きしめるところだった……あんな顔をされてそのうえ上目遣いであんな事言われたらヤバいっちゅーの。


「あっ……」


 これ以上は俺の理性がヤバい保たないと、華音の頭から手を離すと、名残惜しそうな声をあげる。


「………………」


「………………」


「あーなんだ、ゴメンな頭触って」


「えーと、いいえどういたしまして?」


 びっみょーに桃色な空気が漂っているのがいたたまれない。お互いその空気に耐えかねて、


「あーコーヒー!荷物方したらコーヒー淹れるけど飲むよな?」


「そ、そーですね!私も買ってきたもの片付けてしまいますから、出来ましたら声かけて下さい!」


「おう、分かった出来たら声かけるわ!」


 それぞれ早口で捲し立ててからお互いのやることに向かう。


「「あー恥ずかしかった(です)」」





〜 広宮 華音 Side 〜



 買ってきたものを冷蔵庫や収納棚、米びつに入れながらさっきの一幕を思い出していました。


 危なかったです……もうちょっと羅怜央くんが手を離すのが遅れていたら、その手を私の胸に掻き抱いていました。

 まさか自分がそんなはしたない行動をしてしまいそうになるとは夢にも思わず、顔が熱くなってしまいます。


 知らず左手を自分の頭に、さっきまで羅怜央くんの手が乗っていた自分の頭に乗せていました。


「大っきな温かい手でした……」


 あの手に抱き締められたらどんなに心地良いだろう、

そんな事を考えてしまいます。


「さっきからちょっとおかしいですよ私……今は羅怜央くんの大事な時期です、外堀埋め以外のアピールは秋の大会が終わるまで自重です」


 ぱんぱんと自分の頬を両手で叩き、普段通りの自分に強いて戻ります。



 まだお呼びがかかりませんし、ついでなのでお米を研いで仕込んでいきましょう。今日は試合もありましたし、おかずがすき焼きなのでいっぱい食べると思います。なのでいつもよりも多めに炊きましょうか。


「華音、コーヒー淹れたけど今大丈夫かー?」


 丁度ご飯の準備が終わったところで、普段通りの声色の羅怜央くんから声がかかりました。


「はーい、今行きますよー」


 私も普段通りの声が出たことに安堵しながらリビングヘ向かいます。






〜 根都 羅怜央 Side 〜


 

 帰宅時のゴタゴタを暗黙の了解でなかったコトにして、リビングでコーヒーを嗜みながら取り留めもない会話に花を咲かせる。

 華音との付き合いももうすぐひと月になる、というかまだひと月程度の付き合いなのか……


 気づいてみればもう華音と時間を過ごすのが当たり前になってきつつあり、一緒に居ることに違和感を感じなくなっていた。


 冷静に考えてみると「氷姫」が隣に居ることに違和感を感じないってすげぇ贅沢な話だよな。


 「それで仁がゴリラに言ったんだ、コーチそ……」


話のオチを言おうとしたときに、メッセージの受信に気づいてしまい言葉が途切れる。


「あら、話のオチは気になりますけど、どうぞ確認して下さいな。私は夕飯の支度をしてきますね?」


「あぁ悪いな。この間の悪さは仁のやつだな」


「くすくすくす、新くんも災難ですね、メッセージ送っただけでこの言われよう。可哀想ですよ?」


「いいさ、あいつも同じような事言ってるはずだからな。そんな仲だよ今更だ」


 くすくす笑いながら華音はキッチンへ晩メシの支度に行ってくれる。


『主将の仕事完了だ!褒めろ!』


『やかましい、こっちは話のオチを言うところだったんだ。爆笑を返せ!』


『ホウホウ、それはどんな話だ?それによるな』


『こないだのお前とゴリラの話だ』


『それなら爆笑不可避だな。スマンかった』


『分かればいい。そっちもお疲れさん』


『よし、頑張ったからご褒美くれろ』


『カノジョさんに貰え。俺に言うな』


『冷たいやつだな。昼めし奢るくらい良いじゃん』


 そういえばメシで思いだしたから、あの事もついでに聞いとくか、


『メシ奢るで思い出した、お前さぁ肉が食いたいよな?』


『なんだ藪からスティックに』


『はいはい面白い面白い』


『いいから、何の話だ?』


『いやさ、華音の家に大量の肉が送られてきたらしいんだわ』


『ふんふん、それで?』


『それでな、食べきれないらしいから手伝ってくれってさ。ちなみにウチは今日すき焼きだ』


『王さま、羅怜央さま。僕、焼肉食べたい』


『わーはっはっ崇めろ』


『ヘヘぇー』


『で?なにしてくれる?』


『……どゆこと?』


『だから、焼肉の対価になにしてくれる?』


『対価取るのかよ?汚い!さすが王さま、きたない!』


『すべてこの世は等価交換だ』


『チッ、秘蔵のムフフ本、JKものとナースものだ』


『交渉成立。いい取引だった』


『この悪魔!エサぶら下げてからの交渉なんてやることエグいぞ?しかも自分の腹は痛まないし!』


『なんとでも言い給え。勝ったもの勝ちだ』


『で?いつやんの?』


『安達さんも呼んでほしいからその都合次第かな』


『なんで沙織?……言っとくけどやらんぞ?』


『だからちげーよ、華音が会いたがってるから呼んでほしいんだよ!』


『はいはい広宮さんね、分かった沙織も会いたがってたから声かけるわ。てか、華音ねー(笑)』


『アン?何が言いたい?』


『なんでもねーよ。じゃあ沙織の予定聞いたら連絡するわ。あと明日サボるなよ?』


『オケオケ、ヨロ、多分大丈夫』


 話も纏まったしこいつにはもう用はない、メッセージを終わらせて戦果に想いを馳せる。

 ワハハ、ほぼ無償でムフフ本二冊ゲット!我ながら恐ろしいまでの交渉能力に戦慄を禁じえない。


「羅怜央くーん、夕飯出来ましたよー」


うん完璧なタイミングだな




◇◆◇◆


お読みいただきありがとうございます。


おや?ふたりの様子が?

仁くんとのやり取りは書いてて楽しいです。


次回で第二章も締めです。


次回も読んでいただけたら嬉しいです。












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