第26話 決意と信頼の置きどころ
試合終了後ひとりになりたくてフラフラと会場の裏に入っていった。
「誰が絶好調だ!誰が王さまだ!クソがっ!」
激情を罪のない会場の壁にぶつける。拳に痛みが走るが知ったことか!
試合中は後ろ向きになる暇もないから気にならなかったが、いざ試合が終わってみると情けなさと悔しさに頭の中が真っ赤になってしまう。
「相手だって負けたくないんだ、そりゃあ対策をするくらい当たり前だ!しかも相手は全国二位だぞ!?舐めて良い相手じゃねぇ!それをお前はなに勝つ前提で浮かれてやがった!」
もう一度壁を殴りつける。拳に痛みがまた走る。
「クソ!」
もう一度!……あれ?走る筈の拳の痛みが来ない?
「くぅっ!」
誰か……女子か?が俺の拳を受け止めている。
拳と壁の間に自分の手のひらを差し入れて、男の全力のパンチを手のひらに受け止める。痛くないわけがない。
「華音?……なにやってんだ!馬鹿かお前は!大丈夫か!?」
「……つぅ。大丈夫です、羅怜央くんこそ拳は大丈夫ですか?」
「俺のことは良いから、自分の怪我を心配しやがれ!いいから見せてみろ!」
華音の手の甲を見てみる。幸い骨に異常はないように見えるが、念のためあとで処置をしよう。
「なんであんな馬鹿なことした!」
「馬鹿なのは羅怜央くんです!もし怪我をして後遺症が残ったらどうするんですか!?」
そんなことのために?自分の手を怪我するのも厭わず身を挺してくるのか?
「お前は……なんでそこまでする?」
「羅怜央くんは今に日本を代表する選手になります、なのにこんな事で怪我なんてしちゃ駄目ですよ?」
「そんな事のために……お前は……」
「私にとってはそんな事なんかじゃないですよ?負けたんですから悔しくないわけがありません。それはよく分かります。でもその悔しさを自分の身体にぶつけないで下さい」
華音の言い分は分かるけど、それは綺麗事に聞こえる。
「くすっ、綺麗事に聞こえますか?でも私はその綺麗事に身体を張りましたよ、格好いいでしょう?羅怜央くんも格好いいところを見せて下さいな?」
少し腫れた手の甲を誇らしげに掲げて見せる。
「ちっ……それを見せられたら何も言えねぇ。凄いな華音は……そんなにまっすぐ何かを見れて」
格好いいところを見せてか……さっきは格好悪いところを見せちまったしな。
「もう二度と何処にも負けねぇ。もう油断もしないし何処とやるにも侮らない」
「はい。私は見てますよ?」
「ああ見ててくれ、それでまたやらかしそうなら叱ってくれ」
「はい承りました、お任せ下さいな」
こいつなら、華音ならば信頼出来る。こいつが諌めるなら俺も聞くことが出来るだろう。
そして
会場に戻るといつの間にか閉会式が始まっていた。
ゴリラがブチ切れて首を左右に振って何か探してる。てか多分俺を探してるっぽい。
「やべぇ、ゴリラに見つかったら○される」
「あらあら、困りましたね」
「もうこのまま帰っても良くね?」
逃げの一手を打とうとするが、
「駄目ですよ。多分優秀選手の表彰もあると思いますし、羅怜央くん間違いなく選ばれます。最優秀選手まで有り得ますし」
「いやいや最優秀は優勝校からだろ普通に。でも優秀選手には選ばれるよなぁ……どうすんべ?」
「こっそり行くしかないんじゃないですか?」
「格好悪いなぁ」
「くすくす」
しゃーない逝ってくるか……
「じゃあ逝ってくる」
「ふふふ、いってらっしゃい」
こーなったら堂々と行ったらぁ、ただしゴリラの死角から回り込もっと。
あっ仁に見つかった……あのやろゴリラに教えやがった。しかも嗤ってやがる、あとでぶっ飛ばす!てか行きたくねぇ……ゴリラがニタァと笑ってる、恐い。
あまりの恐怖に華音の方を振り返ると、笑顔で手を振ってやがる。いつの間にか合流した安達さんが合掌してる……縁起でもねぇからやめて!
アルファポリス戦並の絶望感を抱きながら、ウチの列の最後尾に並ぶ。
お偉いさんの挨拶が静かな会場に鳴り響く、その中を刈り上げゴリラがえらく滑らかなムーンウォークで接近して来る。具現化し接近する恐怖に恐れ慄いていると、首根っこを掴まれて最前列へ強制連行。
よっ良かった……この程度で済んだ。安堵していると、仁が心底つまらなそうな顔で話しかけて来る。
「なんだ……お咎めなしかよ。つまらん」
「普通に俺を売りやがったよな相棒?」
「当たり前だ、なにバックレようとしてんだよ」
「バックレてた訳じゃねえよ。ちょっと込み入った事情があんだよ」
「ただ単に悔しくて、会場裏ででも発散してただけだろ」
「なんだよ、見てたのか?」
「見てなくても分かるっつーの相棒?」
くそ、まるで底の浅い人間みたいじゃねーか。
「で、少しは発散出来たのか?」
「ああ」
「さすが広宮さんだな……」
「なんでこの話の流れで華音だよ?」
「皆まで言わすなよ……広宮さんが上手くやってくれたんだろ?」
ちっ勘のいいやつ……
式は滞りなく進んで優秀選手の表彰が行われた。
大方の予想通りアルファポリス学園のキャプテンが最優秀選手だろうと思われたが、何故か知らんが俺も選ばれて最優秀選手賞を二人で同事受賞となった。
後日聞いた話によると、最初は順当にアルファポリスのキャプテンを最優秀選手に選ぶ予定だった。
だが大会委員長から大会を通じての最優秀選手を選ぶなら、根都 羅怜央くんだろうとチャチャが入って同事受賞となったそうだ。
それを事情通の仁から聞いたとき華音はしきりに頷いていたが、俺としては腹の足しにもならないのでどっちでも良かった。副賞もないしね。
式も終わり学校にも無事に到着。いやー学校がバスを出してくれたから楽だったわー。シレッと華音と安達さんも乗せてるし……こういうところは融通が効くんだよなこのゴリラ、そんなところが奥さん(超美人)のハートを射止めたんだろう。見習おう……
部室で軽いミーティング、(といっても週明けの二日間は練習が休みということ等、連絡事項の伝達のみだった)のあと解散となった。
解散後に四人で連れ立って帰宅する。取り留めのないことを駄弁りながら歩いていると、駅の構内で茶髪をツインテールにした女子の横顔を見つける。楽しそうに同じく茶髪のイケメンと手を繋ぎながら歩いていった。ほーんそいつが新しいカレシさんね……
「ああ、あれが安里さんの新しいカレシだね」
「目ざといやつだな……でも、ふーんイケメンさんじゃん」
「実際見たらやっぱり気になるか?」
「そんなんじゃねーよ。まあでも元気そうで良かった……」
「そうかい」
男ふたりで立ち止まって話していると、数歩先を歩く形になった華音たちが振り返って、
「どうしました?」
「いや、何でもねぇ。仁行くぞ」
「はいよー」
俺たちはそいつらとは反対方向に歩き出した。もうあいつと道が交わる事は無いのかもしれないけど、元気でいてくれたらそれでいいやと思えたのは嬉しいことなんだろう。
今日は地区大会の打ち上げということで、鍋大会を根都家で開催することになっている。
こないだの焼肉のお礼ということで、仁と安達さんの奢りとなっていて華音がしきりに恐縮してた。
「じゃあ下準備に入るから、男どもは隅っこで大人しくしてなさい」
帰宅して早々に、安達さんが支度に取り掛かろうとしたので、
「まぁまぁ、帰ってきたばかりだし少しは休みなよ?コーヒー淹れるからゆっくりしてて」
「そうですよ。ふたりでやっちゃえば準備もすぐに終わりますから休みましょ?」
「そう?じゃあお言葉に甘えちゃお。仁くん肩揉んで
ー」
仁の方へぐでーと身体を預ける安達さん。寛ぎ過ぎだよまったく……。
「じゃあコーヒー淹れるから……全員飲むよな?仁?」
「ああ飲む飲む」
安達さんの肩を揉みながら返事する。
「分かった、華音もゆっくりしてな」
「はい、ありがとうございます」
コーヒーブレイクも終わり、華音と安達さんは鍋の支度のためにキッチンへ。ヤロー共はリビングの隅っこで今日の反省会を行う。
「ぶっちゃけ今日の一番の敗因は、アルファポリスを舐め過ぎた事だな」
「そだなー、羅怜央なんか勝って当然負けるわけねーじゃんって空気を出してたもんねー」
「やかましいわ!お前だって似たようなもんだったろーが!」
「まあね、羅怜央も絶好調だったし、他の所には楽勝だったしで、飛ぶ鳥が焼き鳥状態だったもんねー」
今日一番の反省材料の認識にお互いズレがないようだ。
「あとチームに引き出しが無さすぎた。俺を抑えられたらそれで終わりだからな」
「それはしょうがないよ……羅怜央が居なかったら
「しかし、全国に行くならそんなこと言ってらんないだろ」
「まあそれは一朝一夕には行かないから、また地獄のメニューで鍛えるしかないんじゃね?」
またあの地獄を再現しようってか?
「あの地獄は勘弁してほしいところだけどな……」
「あと根本的な解決策にはならないし、羅怜央の負担は増えるけどどーにかなるかもな?」
「何がだ?」
「試合終了間際のあのスタイル仮に「羅怜央スタイル」とするけど、あれと今までの「王さまスタイル」と練習中だった「皇帝スタイル」の三種類のスタイルを使い分けたらなんとかなる!と思う」
「確かに、「羅怜央スタイル」はアルファポリスも対応できずにいたからな」
「ぷっ、自分で「羅怜央スタイル」だって。ウケる」
「お前が言ったんだろうが!たくっ話の腰を折るな」
「ごめんごめん、で?「羅怜央スタイル」もう一回再現できる?まぐれじゃないよな?」
「確かに一試合フルであれは難しいけど、要所で使う分には行けると思う。あとまぐれじゃねーよやれるさ」
「それなら十分武器になる。羅怜央には負担が半端ないし、羅怜央が抑えられたら終わりなのは変わらないけどね」
「羅怜央スタイル」とか「王さまスタイル」とか微妙に格好悪いな……なんか別に格好いい呼び名を考えるか……
「お前も働け地区大会優秀選手」
「働いてるさ、頭脳労働担当としてね」
「吐かせ、赤点キング」
「赤点取ってねーし!まあやれることはそんなに多くないか。全体的な底上げと、羅怜央のスタイル三種類をチームに馴染ませる」
「馴染ませる?」
「ああ、結局「羅怜央スタイル」に対応できたのって俺だけだったからな。それだと話にならない、羅怜央の慣熟訓練と併せてみんなにも慣れてもらう」
「確かに必要だな。さすが頭脳労働担当……」
「ハッハッハ、任せ給え!」
「ヤローどもー!ご飯出来たから和室に来なさーい」
「メシ出来たのか……話はとりあえずここまでだな」
「コーチも交えてまたやるから」
アルファポリス学園……次は負けない!
◇◆◇◆
お読みいただきありがとうございます。
羅怜央くんの怒りの発散と反省会です。
女性陣がメンタルケアしてくれるので、そんなに心配は要らないようですけどね。
あと皆さんシャイなんだからー(笑)
コメント下さいました方々、ご協力ありがとうございます。
コメントを参考に、「ざまぁ?」タグの「?」を外し「胸糞」タグの追加と注意喚起を行います。
次回も読んでいただけると嬉しいです。
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