第16話 ほんのちょっとの兆し

前回の三行あらすじ

   なんかンドバシュしてた気がする。

   王様が戴冠した。

   ヒョロテリコーチが膝をついた(Orz)



 水曜日のWSS高校との一回戦を快勝した我が校は、続く二回戦も圧勝。翌日の今日は連戦の疲れを取るために休養日になった。


「順調♪順調♫うーん思い通りに物事が動くのは気持ちいーな王様?」


 何故か遊びに来てる仁が、上機嫌でルンルンしてやがる。人の苦労も知らないでいい気なもんだ。


「何が王様だ。めちゃくちゃシンドいんだぞあの状態。あんなもん奴隷だ奴隷」


「苦情は受け付けないって言ったぞ?まあ勝ってるからいいじゃん」


 コーヒーを手渡しながら告げた苦情を、気にもせず更に気楽な言葉で返す銀髪ヤロー。


「そんなに疲れるものなんですか?見てる分にはやってることは変わらないように見えるんですけど。でも受ける印象も全く違うんですよねー」


 こちらは昨日の試合の応援に来てくれた華音の印象。

「氷姫」の応援でウチの連中がやたら張り切りやがるから、こっちが併せるのがとてつもなく大変だった。


「口では説明し難いんだけど、こっちが呼吸を併せてやらなきゃならないからまあ大変だよ」


「ふーんそんなもんかぁ。大変だな、頑張れ王様!」


 なぜか銀髪ヤローがおざなりな労いの言葉をかけてくる。


「やかましい銀髪ヤロー、てきとーなこと言いやがって。それとお前安達さんと約束あるんだろーが、行かなくて良いのか?」


「おっといきなりの暴言だな。あと言われてみればあまりにも居心地良いからすっかり忘れてた。じゃあ行くわ。広宮さんさえ良ければまた来るよー」


「はい、またいらして下さい。羅怜央くんとお待ちしてますね。あと沙織ちゃんにもよろしくお伝えください」


 なぜ家主じゃなくて華音に挨拶する?そして当たり前に返事をする華音。


「たくっ、さっさと行け」


「あいあい、行ってくるよー」


一人騒がしかった仁がやっと出ていった。


「ふぅ、やっとこれで静かになってゆっくり休めるな。うるさいやつだった」


 仁を送り出したあとリビングにもどって、ソファーにどっかりと座り込む。


「くすくす、またそんなこと言って。新くんだって気を使って手土産まで持ってきてくれたんですよ?」


 華音もリビングに入ってきて俺の近くに座る……なんかまた距離が(物理的に)近くなったような気がする。


「そういや珍しいなあいつが手土産なんて……いつもは戸棚のお菓子漁る方なのに」


「あら、さっきお出ししましたけど、とても美味しいクッキーだったでしょう?」


「ああ、あのクッキー?華音が持ってきたものかと思ってた。へぇあの仁がねぇ。まぁ実際は何気に安達さんに持たされたんじゃね?出来たカノジョさんだわ」


安達さんを褒めていると深刻な顔で横を向いて、


「羅怜央くんが別の女性を褒めています。これが噂の倦怠期というやつでしょうか。華音負けちゃだめよ、ここは新たなドキドキを提供してもう一度こちらに振り向かせるのよ頑張れ私!」


 例の如く小声なのでよく聞き取れないが、またいつものように早口で呟いてる、


「華音さん、例の如く聞き取「なんでもありません」あっはい」


 恒例のやり取りを行ってちょっとした沈黙が流れる。少し前なら沈黙を嫌って話を振ったりしていたけど、今日はなんだか沈黙を許せる空気に感じてしばし無言。スマホをポチポチといじってみる。華音も華音でスマホで何やら検索してひとり頷いている。


 どれくらい時間が過ぎただろう?一服したくなって隣でまだ検索に没頭している華音に声をかける。


「コーヒー淹れるけど華音も飲むか?」


 声をかけられた華音はビクッと身体を震わせて一瞬硬直したと思ったら、何を思ったかこちらにしなだれかかってきてやたら棒読みで、


「あれー持病のシャクがー」


「いやお前いったい幾つなんだよ!」


「ドキドキしませんでした?」


「いや何がしたいか分からないんですけど!?」


 華音の横に置かれたスマホの画面に、


『気になるあの人をドキドキさせる10の方法♡』


とデカデカと表示されていた。

 画面を見られた事に気づいた華音は、身体をスーッと離れさせその流れでスマホを回収。そして明後日の方向を向きながら鳴らない口笛を吹いてごまかす。


「フーッ、フー、フゥー」


「いや吹けてないから、ホントに何したいんだよ。てか気になるあの人?」


「あっ!いやそれは!違います!違うんです……気にはなるけどそういう意味ではなくって!言葉の綾というか何と言うか違うんです!えっと……そう!昨日の試合を見てから羅怜央くんの気持ちが気になりまして……と言ってもそういう意味ではないんですよ?ないんですけど……あう」


 今までここまで赤面した人間を見たことがないというくらい、真っ赤になって弁明する華音がなんだか……うんなんだかね?一瞬可愛らしいと思ったのですよ。


「うんそうか、それはゴメンな?とりあえずコーヒー飲むよな?淹れて来るわ」


 コーヒーを淹れるためにキッチンへ、そうコーヒーを淹れるための戦略的撤退であって、いたたまれないとか気恥ずかしいとかでは決してない。そんな童貞臭いこと考えてないですーバーカバーカ。はぁ……


「いったい何なんだ……顔熱いし……」


俺は独り言ちる。




〜 広宮 華音 Side 〜



 由々しき事態が発生です。羅怜央くんが沙織ちゃんを……私以外の女性を褒めていました。

 そりゃあ沙織ちゃんは安里さんのように可愛らしい容姿をされてますし、羅怜央くんは安里さんとお付き合いされてたのですから、どちらかというと可愛らしい容姿を好まれるのではないかと懸念されます。


 以前に調査した際、安里さんより前に羅怜央くんがお付き合いした女性は居ないとの結果がありました。

 つまり安里さんが羅怜央くんの初恋の女性である可能性もあります。男性は初恋の女性の面影を求めるものだと、恋愛指南の本で読んだことがあります。


 私だって多少容姿には自信がありますよ?それなりの数の告白をされた経験がありますので、そりゃあ多少の自信は持つというものです。ですが容姿を可愛らしいと評価されたことは皆無です。俗に言うきれい系という事なのでしょうか、無い物ねだりとはいえ可愛らしい容姿というものに憧れを持ってしまいます。


 しかし無い物ねだりばかりしていても事態は好転いたしません。好みの容姿ではないというなら、別の事で彼の気を引かなければなりません。

 そんな事をつらつらと考えながらネット検索をしていたら、ある記事が目に止まりました。


『気になるあの人をドキドキさせる10の方法♡』


 記事の見出しを読んだ瞬間私は「これだわ!」とキュピーンと稲妻が頭を突き抜ける感覚を覚えました。そうキュピーンと。


 その中に適度なボディタッチは異性のドキドキを誘発するとの記載がありました。

 なるほど、むかし祖母と一緒に見ていた時代劇にそのような描写がありました。あれはそういうものだったのですね。


 羅怜央くんに声をかけられた絶妙なタイミングで、先ほど虎の巻に記載されていた事を見事と自画自賛するほど自然に実践しましたが、どうも効果が薄かったように感じました。


 その際に羅怜央くんに私の虎の巻を見られてしまいました。そのせいで一瞬私の気持ちに気づきかけた羅怜央くんですが、私のフ○スクのような爽やかな弁説で、煙に巻くことに成功しました。やはりフリ○クは偉大です。


 そして微妙になりかけた空気を変えるためでしょうか、コーヒーを淹れてくると言い残し羅怜央くんはリビングから退出しました。私も少しばかり頬が熱くなっているので、このインターバルはありがたいですね。


 さて、羅怜央くんが作ってくれた時間のうちに、気持ちを整えて頬の熱を落ち着かせましょう。そして、淹れてくれたコーヒーをいただいたらお夕飯の準備に取りかかりましょう。






〜 根都 羅怜央 Side 〜



 コーヒー淹れちゃったし、冷めないうちにリビングに戻らなきゃな。戻りづらいけどね。

 さっきの華音の態度、あれって俺の勘違いじゃなかったら、「あれ?こいつ俺のこと好きなんじゃね?」ってやつだよな…… いや違うか、あの「氷姫」が俺のこと好きなんじゃねとかないわ。

 これでその気になって調子に乗って、「お前、俺のこと好きなんだろ?」とか言ったら、「はぁ?なに言ってんのキモいんですけど?」とか返されるあれだよな?

 危なかった、俺が童貞なら引っかかっているところだった。幸い俺は童貞ではないからこの巧妙なトラップを回避することに成功した。

 

 もう吹っ切っているし未練もないけど、それでもまだいよなの事が胸に残っているし、何より今は大会中だからそーゆー恋愛がらみはしばらくいいかなーって思う。


 さて気持ちを切り替えて、この会心の出来のコーヒーを華音に飲ませてやろう。そして普段みたいに笑えばいいさ、それで元通りだから。




◇◆◇◆


お読みいただきありがとうございます。


ラブコメさんリハビリ回です。

作者の嗜好に三話もお付き合いいただきましてありがとうございます。

ただ反省はしてますが後悔はしてません(ドャ)


次回も読んでいただけると嬉しいです。

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