第17話 華音のしんさんきぼー

 

 明けて月曜日、いつものようにスマホのアラームで目を覚ます。

 三回戦から週末に試合が行われるため、それに合わせてコンディションを調整していかなきゃならない。

まぁ調整自体は、刈り上げゴリラが作成したメニューに沿って行えばいいので、普段の練習より楽ではある。

  何が言いたいかと言うと、あの地獄の練習漬けが終わったということだ。やったー!ハラショー!


 ということで今日は朝練がない日なので、普段より

ゆっくり起きていた。そのまま洗面で洗顔、歯磨きを済ませてダイニングへ。 

 そこには合鍵を渡して以来、俺の起床前から来宅して朝食の用意をしてくれている様になった華音が、エプロンを外しながら笑顔でこちらに振り向く。


「おはようございます羅怜央くん。ちょうど朝ご飯できましたよ」


「おはよう華音。ありがとう」


今日の朝食のラインナップは、シャケの切り身を焼いたもの、卵焼き、味噌汁と御飯。イッツパーフェクト!ってあれ?このラインナップって……


「いただきます。久しぶりだな、この献立って初めて作ってくれた朝めしだよな?」


「あら、覚えていてくれたんですね。良いシャケが手に入ったので、久しぶりに作ろうかなーと思いたちまして……嫌だったですか?」


「華音の作るもので不味いものなんてないからなー。これだってザ・日本の朝食って感じで好きだしな」


 好きな焼き加減に焼けたシャケに舌鼓をうちながら、

華音の料理の感想を伝えると、


「今日の焼き加減はなかなかうまく焼けたと思ってたのでお口にあって良かったです」


「味噌汁とか玉子焼きも、俺の好きな味に合わせてくれてるよな?最初の頃と味がちょっと違って好みの味になってるんだけど」


「はい、どうせなら好きなものを美味しく食べてもらいたいなーと思いまして。そう言っていただくと嬉しいですねえへへ」


 普段俺から見て上品に笑う華音が「にへらっ」と笑ったのが珍しくてちょっと見入ってしまう。


「?……どうされました?」


「いや、なんでもない……」


 なんか気恥ずかしくなって顔をそらして頬を掻く。

一方見られていた方は、キョトンとした顔をしている。

そういう無防備な顔を見ると、普段とは違い少し幼く見える。


「なんでもないさ、早く食べようぜ?」






〜 広宮 華音 Side 〜



 羅怜央くんとの至福の朝食を済ませて、食後の淹れたてコーヒーも美味しくいただいて、早くも登校時間になってしまいました。

 この時間を羅怜央くんは殊の外苦手にしています。私などは周囲からの視線に晒されるのには慣れてしまっていますが、羅怜央くんはさすがにまだ慣れないようです。

 たまに粘度や殺意が強い視線にぶつかりますと「ビクッ」とします。小動物みたいで可愛いなと、微笑ましく見てるのは内緒です。


 羅怜央くんは苦手にしてますが、実は私はこの時間を結構大事にしています。何と言っても公衆の面前で羅怜央くんと連れ立って歩けるのです。


 羅怜央くんには気づかせていませんが、何も学校まで一緒に歩く必要性は全く無いのです。視線が嫌なら私を先に行かせるなり、後から行かせるなりすればいいのです。

 私はこのお仕事が決まった瞬間に、羅怜央くんと連れ立っての登下校を行う算段をたてました。

 朝は一緒に登校するのが当然という空気を作りました。まず初日、靴を履くタイミングをわざと遅らせ、羅怜央くんより後に外に出ました。そうしなければ「先に行ってくれ」と普通に送り出されてました。

それをさせないために施錠のタイミングまで一緒に居て、羅怜央くんが何かを切り出す前に、


「では行きましょう」


と、さも一緒に行くのが当然のように声をかける。これで詰みです。あとは一度一緒に登校したという既成事実をもって毎回一緒に登校するだけです。

 下校に至っては楽勝でした、ただ部活を見学するだけで一緒に帰れます。ついでに隠れずに練習が見れました。


 クスクスクス、自分で言うのもなんですがなんという神算鬼謀ですか。しかしそれは、すべて羅怜央くんと私は一緒に登下校する仲であると、周囲に知らしめるためのもの。

そしてその目論見も達成されました。

もう私が何かをする必要もないほど周囲には知れ渡りました。


 しかしまだです。ここでもう一手欲しいところです。

そうですね、例えば休日に夕飯のお買い物を一緒にしてるところを目撃とかどうでしょう?

そうすればお買い物デートも楽しめて、更に外堀が埋まるという一石二鳥のアイデア!

 ブラボー!ハラショー!自分でも恐ろしくなるほどの頭のキレです。

 羅怜央くんにお願いしてみましょう。







〜 根都 羅怜央 Side 〜



 もうすぐ校門という辺りで華音が話を振ってきた、


「そうでした羅怜央くん、ちょっとお願いがあるのですが……」


 近くを歩いていた生徒が華音の名前呼びを聞いた瞬間、ギョッとした顔でこちらを二度見したしたあと殺意満面の視線をくれた。

 あと斜め後ろの女生徒が「キャー!」と黄色い声を出して走り去って行った。あっドップラー効果。F1みてぇ……


「はぁ……なんだ?」


「ん?どうしました?溜息なんてついて」


「いや、なんでもないッス。で?どした?」


「実は恥ずかしながらお米がもうすぐ無くなりそうなのです。そこで、今度のお休みのときお買い物に付き合ってほしいのですがどうでしょうか?」


 華音的にはお米が足りなくなるというのはかなり恥ずかしい事のようで小声で聞いてきた。

 こっちとしても話の内容的に小声で助かった……いやお米関係なくだよ?だってこれってどう考えても、家の台所を預かっている人間の台詞だよね?

 つまり聞きようによっては、「氷姫」がウチの台所を預かっているように聞こえる。その通りなんだけど……それは置いといて、他人にもそう聞こえてしまう。もっと言えば同棲してるようにも聞こえる。

 そんなもん聞かれてしまったら一発アウト、疑惑だけでいよなのときの包囲網なんか比較にならないほどの包囲を喰らってボコられる。ホントに聞かれなくて良かった……


「ああ別に構わないぞ?なんなら待っててくれるなら今日でもいいし」


「いえいえ、休日でもいいですよ?次の試合終わりとか時間的にも丁度いいですし」


「まぁいいや、試合終わりでいいならそれでいいけど負けてたら勘弁な?」


 今絶好調で負ける気が全然しないけどおどけて言ってみる。華音もノッてきて、


「フフフ、もしそうなったら可哀想だから存分に慰めてあげるわね?」


クールモードでからかってくる。


「そん時はよろしくー。さてとやっと着いた、なんかお前のおかげでえらい疲れる通学だったな」


「クスクス、なんのことかしら?じゃあ私はこっちだから」


「オウじゃーな」




 教室に入ると相変わらずまとわりつく視線に閉口してしまう。それだけじゃなくて最初の頃にあった、好奇の視線と殺意のこもった視線も感じて居心地悪いったらありゃしない。あれー?俺なんかしたっけか?


「よぉおはよう羅怜央くんよ!なんか『氷姫』から名前呼びされてたんだって?憎いねー」


仁がやって来てあっさり答えを教えてくれる。

 あーそれかぁ。ここまで噂が来るのが早いなー。てやんでぃ暇人共め。もうちょい有意義な事に時間使いやがれ!


「もうその情報流れてきてんのかよ」


「グループチャットとかであっという間だ」


「情報化社会の弊害だな。困ったもんだ」


時代の流れを哀しんでいると小声で聞いてくる、


「てか迂闊過ぎねぇか?」


「仕方ねぇじゃんか、あいつそこら辺の事に無頓着過ぎなんだ」


「一回釘さしておいたら?」


 釘ねぇ、なんかあいつ全部織り込み済みでやってるように見えるんだよな。


「そうだなー無駄な気もするけどやるだけやっとくかぁ」





◇◆◇◆


お読みいただきありがとうございます。


超難産の回でした……日常回に変化を付けるのって超難しいですね。日常系小説書いてらっしゃる方を尊敬します……ンドバシュ回楽だった……


少しでも楽しく読んで頂けるように精進します!


次回も読んでいただけたら嬉しいです。

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