第三十三話 seven, six, five, and three

「私、殺そうと思えばいつでもあなたを殺せるのよ?」

「僕も同じですよ。ファル助がいますから」


「うん、知ってる。だから話し合いましょう。私たち、きっと協力できるはずよ」

「……内容は?」


 彼女の銃口は相変わらず左眼から外れない。

 僕の銃口も彼女の体から外さない。

 ファル助はじっとしている。

 遠くからいやに鮮明に発砲音が聞こえる。


「私たちの目的は、ナンバースリーのマゾエ姉さんを楽園に到達させないこと。そちらは?」

「楽園に到達させない? どういうことだ? お前たちは楽園を信奉しているんだろう?」


 右の眉毛がぴくぴくと小刻みに動いている感覚がある。


「……そちらは?」

「楽園を、……停止する」


「どうやって?」

「先にこちらの質問に答えろ」


 どうして、ではなく、どうやって。

 アヴァロンの末裔教団の連中が考えていることが全く分からない。


「簡単なこと。あれは楽園であって楽園ではない。人工的で、しかも周りに災禍をもたらす楽園など存在してはならないのよ。だから、それを楽園にしようとしている人間を止めなければならない」

「……分かった。楽園の停止はプログラムを起動する、それだけだ」


 銃口がゆっくりと左眼から外されてゆく。

 ガラスの奥の目が緩んだ。


「ほら、協力できる」

「かもね。それでマゾエ姉さんとやらは?」


「まだ、捕捉できていないわ」

「どんな容姿だ?」


「ミハル・カザハナ。あなた、認めたくないだけでしょう?」

「……何をすればいい、その協力とやらは? こちらとしては、プログラムを実行するための管理システムが見つかれば、それでいい」


「管理システム……。今、奥に立て籠もっている奴らの裏に端末が見えるの。あれ、怪しいわね。私たちは奴らを排除できれば、それでいい。あとは自分たちでなんとかするわ。ここに入り込んでいるマゾエ派もあれだけのはずだし。だから排除のためにファル助を貸して欲しい。正確にはファル助の演算能力をね」


「は? 演算能力を何に使うんだ?」

「FCSを強化するのよ。私たちのじゃ弱くてね、このままじゃ弾薬がなくなってしまうわ」


「……分かった、貸してやる。ファル助、演算リソースをゲスト権限で貸与。対象はテュロノエ、……えーと」

「あのぽっちゃりしてるのがグリトネア、ポニーテールがグリトン。よろしくね」


「テュロノエ、グリトネア、グリトンが把持する銃に演算リソースを限定貸与」

「マスターの指示を受諾しました」


 彼女――テュロノエがニィと口角を上げて二人のところへ駆け足で戻ると、グリトネアとグリトンはちらりとこちらを一瞥し、僕とファル助を三人で手招きした。

 ホールへ続く奥のドアは閉まっている。

 僕も駆け足で彼女たちに近寄った。

 ファル助の太い触手が長く伸び、それぞれが持つ銃床の端子に接続した。


「FCS用モニターオープン。空間スキャンとリンク」

「行くよ!」


 グリトネアが高い声で叫んでドアを開け、それぞれドアの外に銃身だけを出して射撃をする。雷のような形容しがたい轟音。見ているのはホールの中ではなく、横のモニター。その時間、わずかに五分。


「突入!」


 再びグリトネアが甲高い声で叫び、三人が低い姿勢でホールの中に駆け込んだ。ファル助は本体を動かさず、腕だけが伸びていく。

 銃声は、聞こえなかった。


「ミハル君、大丈夫だ。あとは停止を頼む」

「分かりました。テュロノエさんたちは?」


「私たちは通路でマゾエを食い止めるわ。見つかっていないなら外から入ってくる可能性が高いからね」

「……お気をつけて」

「ミハル君もね」


 彼女は銀縁メガネを輝かせてニッと笑った。



   ―― ❄ ――― ✿ ――



 カツン、カツンと金属の板の上を歩く。


 ホール。

 ファル助がそう呼称した場所は、天然の岩盤に囲まれたとても広く、高い空間だった。

 その空間の表面には無数の木の根が這い、中央には巨大な木の幹が天井を突き抜けてそびえていた。底の岩盤よりもやや高いところに設置されている、簡素で、しかし頑丈そうな金属製の通路は、その幹をぐるりと一周し、また外周に向けて伸びている。

 中はとても明るい。照明がまだ生きているのだろう。


 そして、僕が一心に見つめる先。そこには木の幹にめり込むように、人の背丈ほどの機械が設置されていた。近づくとホログラムモニターが浮かび上がり、刻々と変わる何かの数値が表示される。


「ファル助、解析できそうか?」

「試行を開始します」


 僕の相棒は半透明の触手を薄く広げてその機械を丸ごと包み込んだかと思えば、蓋のようなものを開け、そこに接続した一本だけを残して、もとの姿に戻った。


「接続およびシェイクハンド成功。これより解析を開始します。……下位権限で閲覧可能な全てのデータの解析を終了」

「どうだった?」


「地表部分の気圧、気温等の観測データ、保守管理ロボットの稼働及びメンテナンス記録、発電、送電等の電力の供給に関するシステムが見つかりました。なお、閲覧不可領域には、より高度な情報があると予想されるため、調査続行のために管理者権限の取得を行ないたいと思いますが、よろしいですか?」

「アルカスプログラムは下位権限では無理ということだな。頼む」


「了解しました。管理者権限の取得を開始。

 アカウント管理プログラムの掌握開始……成功。

 新規アドミニストレータアカウント取得開始……成功。

 シニアアドミニストレータ権限への変更開始……エラー。

 リトライ……エラー。

 ナチュラルヴォーカライゼーションモードヲ停止。

 ハッキングシステムニ演算リソースヲ再配分。

 リトライ……成功」


 ファル助が次々とシステムを解析している間も、僕はひたすら周囲を警戒していた。結局、僕は丸腰で、周りにいたのは銃で武装した集団。はっきりいってしまえば、遠くから撃たれたら反撃もできない。


「解析ヲ開始……メモリー内ニ不具合停止中ノアルカスプログラムヲ発見。

 強制終了開始……成功。

 メモリースラッジ除去開始……成功。

 簡易システムチェック開始……システムオールグリーン。

 マスター。解析ガ終了シマシタ。

 コード:サクラ基幹システム群ヲ制御可能ナ端末ト断定」


 ファル助の解析が終わった。今のところホールには人影も見えず、銃声も聞こえない。僕は埋もれている端末に向き直り、ファル助と会話する。


「質問。今朝から全体的に処理速度が落ちている原因は?」


 忘れかけていたが、ファル助はいつもよりも全体的に反応が遅い。敵がいないときに確認しておいた方がいいだろう。


「回答。ラヴクラフト財団カラコピーサレタアルカスプログラムヲ、バックグラウンドデ解析シ続ケテイルタメデス」

「……解析に演算リソースの八割を割り振り、解析とバグフィックスを速やかに完了させて、アルカスプログラムを実行すること。そうすると、あとどれくらいで完了しそうだ?」


「解析トバグフィックス完了マデ二時間ホドト予想サレマス」

「頼んだ」


 ゴリ


 そのとき僕の頭に、何か硬くて重いものが押し当てられた。


「ファル助、直ちに解析を中止。地上連絡通路のドアロックを解除して」


 躊躇なく告げられるファル助への指示。


「命令ヲ拒否。現在、アナタノ上級権限ハ停止サレテイマス」


 そして、躊躇なく拒否するファル助。

 響く銃声。

 木の破片がパラパラと落ちる音が聞こえる。


「カザハナ。命が惜しかったらファル助を止めなさい」


 嘘だ。

 誰か嘘だと言ってほしい。

 夢だったって言ってほしい。

 お願いだから。


「どうして、……どうしてなんですか!? オリアナさん!」


 そうだ。僕の後ろにいるのはきっと偽物で、本物はカルイザワブランチで今日も鼻血を垂れ流しているんだ。

 そうに決まっている。


 ❄――✿ 用語 ❄――✿

【FCS】

 fire control system。一般に火器管制システム、射撃管制システムなど。

 攻撃目標の捜索、探知。敵味方の識別。攻撃目標の捕捉。目標の移動予測などを行ない、攻撃を補助するシステム。

 FARG96型には搭載されていないが、FARG96型の演算リソースと空間スキャンを、銃に搭載されたFCSと連携させることで、高精度の射撃を可能にした。

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