第三十話 秘密の場所

 ソリッドトイ甲型は飛んでいる。

 外は見えない。

 壁で仕切られていて運転席も見えない。

 だから、実際に飛んでいるかどうかは分からない。

 だけど、飛んでいる。

 体が沈み込む独特の感覚から僕はそう思った。

 それが続き、浮いているのか地面を走っているのかも感じられなくなった頃、ドウンと車体が沈んだ。外は相変わらず見えないが、これは間違いない。

 浮いて、飛んで、着地した。そんなところだろう。


「お待たせしました。只今ドアを開けますので、お降りになってお待ちください」


 発車のときと同じように、サンタクロースのお面がホログラムモニターで映し出され、すぐに消える。

 同時、音も無くドアが開いた。外は、飛行カーゴシップのように金属製の壁に囲まれた、けれどそれよりもずっと広い空間。他にもソリッドトイ甲型、丙型、丁型が何台か見えるから、ここは駐車場のようなものなのかも知れない。


「それでは、当財団が誇る最新の解析機材までご案内いたします。なお、ここで見たこと、触れたことなどは全て御内密にお願いいたします」


 やがて僕の前に現れたお面の男が、口の前に人差し指を立ててそんなことを言う。言い方は丁寧だが、その無感情な穴から覗く眼光は鋭く、ここが尋常ではないということが垣間見えた。


「あ、申し遅れましたが、わたくし、この度のカザハナ様の接待を仰せつかりました、ファー・トリプルシックスと申します。ささ、どうぞこちらへ。わたしの後についてきてください。なお、不用意に辺りを見回したりしますと、命の保証を致しかねる場合がありますのでご注意ください」


 当然ながらお面の表情は変わらずにこやかで、だけど、言っていることは些かもにこやかではない。

 そうしてお面の男の後をついて歩くと、薄暗い金属の大広間はすぐに終わり、煌びやかでとても大きいホールへと出た。キラキラした天井の高さは人の背丈の十倍ほどはあるだろうか。

 夜のはずなのに昼間のように明るく、スーツ、白衣、作業服、様々な服装の人が忙しなく行き交っている。正面に見える半透明のエレベータは、天井より高いところに吸い込まれていて、ここから更に上階があることをうかがわせた。


「あまり脇見をされませんよう」


 お面の男が正面を向いたまま甘い声で言い、僕は慌てて視線を直した。

 それから程なくして右に折れ、オフィスのような通路に入った。右手は全くの壁で、左にばかり中が見えないドアが並ぶ。天井はカルイザワブランチよりも高いと思うのだが、先ほどのホールを見た後だと、どうしても低く見えてしまう。


「こちらの部屋です。どうぞ」


 お面の男――ファー・トリプルシックスは、もう何個目だか分からないドアの前で立ち止まり、見た目に反してそれを手で横にスライドさせて、部屋に入るように促した。

 そこには、カルイザワブランチのブースがそのまま再現されており、有難迷惑なことに、それなりに広い部屋なのにわざわざ仕切りまで入れてある。


「わあ……。そっくりですね」


 素晴らしいと言いたいところだが、広い部屋のままの方が良かった気持ちは誤魔化せない。


「RSCのサーバーも利用許可を頂いておりますので、解析作業に支障は無いと思います」

「そうですね」


「ご満足頂けたようで何よりです。私はこれで失礼しますが、ご用の際にはそちら、仕切りに取り付けてある施設内専用端末をご使用の上、オペレーターにファー・トリプルシックスに用があるとお伝えください。トリプルシックスですからね。別の番号を言うと別の者が出てきてしまいますので、くれぐれもお間違えの無いようお願いいたします。また、その端末に送信を出来るのは総帥とわたくしだけですので、着信の際には安心してご確認ください。それではごゆっくり」


 お面の男が出ていき、ドアが閉められたことを確認すると、早速ファル助を解析機に接続した。いつも通りの薄暗い部屋に、機材へのログイン状況を表示するホログラムモニターが青白く浮かび上がる。

 そして、RSCのデータセンターとの接続も無事に完了したとき、音声通話の着信音がブース内に鳴り響いた。リーフィでもなく、壁の端末でもなく、ファル助から。

 同時にホログラムモニターがもう一枚浮かび上がり、動画通信のアイコンと発信者の名前が表示された。相手の名前はアトランティエ・ラヴクラフト。


「ファル助。着信を承認」

「了解。回線をつなぎます」


 そしてモニターにはアトランティエさんの顔が映し出される。


「こちら、ミハル・カザハナ三級記憶採掘官です」

『こちら、アトランティエ・ラヴクラフト。ようこそラヴクラフト財団へ』


「お招き頂きまして光栄です」

『光栄ならもう少し嬉しそうな顔をして欲しいわね』

「すみません。緊張しておりまして」


 緊張しているのもあるが、余計なものを見たら消されるかも知れないという恐怖もある。とんでもない場所に連れてこられてしまったものだ。


「ところで、あの、ファル助……、FARG96型にはリーフィみたいなコミュニケーション通信機能は無かったはずでは?」

『ああ、その話ね。あなたがやっているみたいに、対話型自己拡張機能を使って追加したのよ。ファル助用のルーティIDはこっちで勝手に付与しておいたから、必要になったら言ってちょうだい』


「へ? ……あ、何となく分かりました。大丈夫です」

『それにしても、こっちの職員でも一部しか知らないような機能を見つけた上に、拡張したのが音声変更と処理速度の向上だなんて。あなた、やっぱり変わっているわ』


「あ、あの、それでどんなご用件でしょうか?」

『うん? そうそう、うっかり忘れるところだった。今後のことなんだけど、五つあるからできるだけ簡潔に言うわね――』


 そうして、機械のように淡々と簡潔に話してくれた内容は、次のようなものだった。もっとも、一つ目のスケールが大きすぎて、二つ目以降の話を自分で消化できているかどうかは疑問だが。


 一つ目。西之島の暴風雪は年々強く大きくなっており、いずれクレイドルでも現在の文明を維持できなくなるだろう。だけどそれは百年単位先の話である。


 二つ目。西之島を取り巻く暴風雪は、恐らくニライカナイを楽園たらしめるための、気候などを操作する設備によるものだろう。そうであれば、以前に発見したアルカスプログラムを使えば、吹雪の渦を止められる可能性がある。だが、モグサ・プラトー博士が仕組んだという不具合は巧妙に隠されていて、今のところ修正する方法は見つかっていない。一先ず、ファル助には不具合があるというアルカスプログラムをコピーしている。


 三つ目。行方をくらませたオリアナ・マンディスは、目撃情報やリーフィの通信状況などから、西之島に向かっていると予想され、さらにアヴァロンの末裔の関係者と考えられる。ここまでの行動から教団の目的は楽園の奪取と考えられ、西之島を手に入れるためになりふり構わず、行動に出る可能性がある。


 四つ目。西之島外縁の地下にあった巨大構造物はニライカナイを維持するためのメンテナンス装置の可能性がある。そこに進入できれば、暴風雪の内側にも出られる可能性があるため、入口がないか財団が調査する。


『五つ目。そういうことだから、動けるような情報が揃うまで、あなたとファル助はレコードの解析に注力して欲しいの。RSCカルイザワブランチ、アンセルム・フレーリン、そしてオリアナ・マンディスのことは気になるでしょうけどね』


 乞われたとはいえ、自分の意志でここへ来たのだ。

 僕に拒否の二文字があるはずもなかった。

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