第三十二話 交差する

「――しっかりとシートベルトをご着用下さい」


 運転席にいるお面の男の緊迫した声。

 手探りでシートベルトを確認し、無意識に歯を食いしばる。

 ドウンという音と上下の衝撃。

 着地した感覚。

 聞こえてくる絶え間ない銃撃の音。

 ホログラムモニターには、にこやかなサンタクロースのお面が映ったままだ。


「なにが、何が起こっているんですか!?」

「大変申し訳ありませんが、そのまましばらくお待ちください。このわたくしめが、カザハナ様を目標地点に必ずや送り届けましょう」


 続いてモニター越しに聞こえてきたのは、物騒な言葉と機械の合成音声。


「突撃モード起動」

「了解。突撃モードへの移行を開始します」


「目標地点前にいる武装集団に対する空中機動要塞からの対地レーザー攻撃の要請開始。移行完了後、直ちに目標地点に向けた全速蛇行機動、および、当機によるオートデストロイ開始」

「本部およびPwFに承認申請…………、対地レーザー攻撃を除いて受理されました。PwF臨時識別信号インストール。最適ルートの割り出しを開始。突撃モード移行完了と同時に、全速蛇行機動とオートデストロイを開始します」


 それから間もなく、僕の体は慣性によって右へ左へと引っ張られ始めた。

 その間にも絶え間なく鳴り続ける銃撃の音と何かの爆発音、そして僕のすぐそばで聞こえる金属と金属が連続してぶつかる音。


 恐い。


 ここは戦場だった。

 ファー・トリプルシックスとソリッドトイ甲型の会話から予想されるのは、武装集団が西之島の外縁、それも調査班が見つけた入口らしきものの前に陣取り、PwFの兵士がそれを排除しようとしている。そして、この車はその武装集団に突っ込もうと、いや、すでにその真っ只中にいるのだ。


 怖い。


 特別仕様のスノウビートルの経験からすれば、甲型も生半可な銃器では傷つけられない装甲を備えているのではあろうが、武装集団とやらが重火器を隠し持っていたら? 携行レーザー兵器を持っていたら?

 いやだ。死にたくない。

 右に左に揺られながら、そんなことばかりを考える。

 

「あと少しで目標地点に到達します。カザハナ様はカウントダウン終了後、ドアが開きましたら速やかに降車し、そのまま真っ直ぐ駆け抜けて下さい。……それではカウントダウンを開始します。五、四」


 お面の男は相変わらず甘い声で丁寧に話しかけてくる。僕を落ち着かせたいのか、場慣れしてるのか、それとも。


「三、二、一、今です!」


 ドアを横にスライドさせながら車は止まり、がくんと上半身が揺さぶられる。

 銃撃の音が間近に聞こえるようになった。

 慌ててシートベルトを解除し、白く明るい景色に僕は駆け出す。ファル助は僕を守るようにすぐ後ろを飛んでくる。

 背後から沢山の戦闘の音が聞こえる。

 駆けながら少し振り向けば、甲型はやはり健在で、けれど、余白には何人かが横たわっていた。

 ここはやはり戦場だった。


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ」


 車を降りて真っ直ぐ走った先。そこは大人二人が余裕をもって並んで通れるくらいの幅のトンネルだった。金属ようなパネルで整備された人工的な通路。ドアが上下に開いた跡であろう箇所も通り過ぎたから、調査班が発見した地下構造物への入口とみられるもので間違いないだろう。


 後ろから戦争の音が聞こえなくなった頃、ファル助に空間スキャンを指示し、僕は多針スタンガンを構えて慎重に歩を進める。トンネルの前に武装集団がいて入口が開いていた。それは中にも奴らの仲間がいることを予想させるのに充分だった。

 そうして一時間は歩いた頃だろうか。もしかしたら三十分も経っていないのかもしれないが、僕がそう感じた頃、前方から散発的に銃声が聞こえてきた。


「ファル助、空間スキャンを音のする方向に集中」

「了解……、このまま進んだ通路の物陰に三名。奥の開けた空間、仮にホールと呼称。ホールの中央部分に四名。それぞれ武装した人間がおり、交戦中の模様です」


「所属は?」

「双方とも所属不明です。PwFの兵士ではありません」


 どうする? 引き返して応援を待つか?

 だが、もしPwFが撤退していたら? もし、甲型が撤退していたら? 

 確実なのはどの選択だ?


「通路はこのまま真っ直ぐか?」

「はい。真っ直ぐですが、ホール直前と、それよりもやや手前にそれぞれ十字路があります。十字路を曲がった先にはドアがありますが、閉まっているためその先はわかりません」


 結局、進むしかなかった。武器らしい武器も持っていないのに。

 それでも銃を持った人間との接触はできる限り回避したい。


「ここから近い十字路の左右を確認するぞ」

「了解」


 進めば当然、銃撃の音が近くなる。だから、僕はそこには向かわない。先に左右のドアを確認する。折れた先にあったドアは、間口は広いが機械式のシンプルなもので、恐らく横のボタンを押せば左右に開閉するものだったのだろう。ファル助によれば、昇降機の可能性が高いということで、地上への期待も高まるというものだが、しかし、押したところでうんともすんとも言わなかった。

 やむなく他の三つもあたってみるが、一つは同じような昇降機の扉、そして残りの二つはピクトグラムから階段エリアへの出入口のようだった。いずれにしてもうんともすんとも言わず、力任せに開くことも叶わなかった。


「ファル助、遠くの映像をホログラムモニターに映すことは可能か?」


 後ろに引くこともできず、もう、選択肢は残ってない。

 せめて手前にいる武装集団が、敵ではない可能性に賭けるしかなかった。

 便宜上、主通路と呼ぶことにした通路に戻り、ホールの方へと今まで以上に慎重に進む。

 ファル助から提供される映像には、戸袋などの遮蔽物を頼りにホールへ向けて弾丸を放っている武装した三人の様子が、コマ送りのように映し出されている。マシンガンかライフルか。三人が手にしている武器はよく分からない。よく分からないが、床にも銃が置かれていることが何となく分かった。

 そのときだった。


「ファル助!」


 そちらから女性の声が聞こえた。そちらというのは三人がいる方だ。

 コマ送りのモニター越しに一人と目が合った。そして、タイミングを見てこちらに来ようとしている。


 誰だ?

 ファル助の名前を知る人物。

 誰なんだ?


「ファル助、お前に声を掛けたのは誰だ?」

「氏名は分かりませんが、顔と先ほどの声から、クリハマでマスターとイチャイチャしていた女性と推測されます」

「は?」


 声が出た。こんなところで盛大に、疑問の声が出た。

 なぜ、クリハマのお姉さんがここにいるのか。

 いや、予想では彼女もアヴァロンの末裔教団の関係者なのだ。外の武装集団が教団の信者であるならば、中にいてもおかしくはない。けれど、こちらに銃口を向けてこない。

 そもそも外の武装集団は教団の信者なのか? 彼女は教団の関係者なのか? 外の武装集団はなぜ、PwFと対峙していた? 財団の調査班はなぜ、姿を見せない? 彼女が教団の関係者なら、それならホールにいる武装集団はなんだ?

 彼女は銃口を下に向けてこちらに歩み寄ってくる。その足音は少し速い。

 肉眼でも彼女の銀縁メガネがよく見える距離まで近づいてきた。PwFと同じ迷彩服。髪の毛はヘルメットでよく見えない。銃口は下げたままだ。


「ファル助、適当に挨拶をしてこっちに引き付けろ」

「了解」


 相手に聞こえないように小声で指示を出した。


「お嬢さん、こんにちは。お久しぶりですね」


 ファル助が挨拶をする。

 入った。

 距離三十メートル。もちろん僕の目測ではない。ホログラムモニター、つまりファル助の計測だ。

 多針スタンガンを素早く彼女に向けて構える。


「こちら、RSCです。現在、正規の採掘業務により、周辺一帯はこちらの管理下にあります。あなたの所属と氏名を名乗って下さい」


 銀縁メガネの奥で彼女はキョトンとした表情を浮かべる。それは一瞬だけだった。すぐに両手を上げて銃から手を離す。銃はショルダーストラップにより、背中にぶら下がっている。


「私の名前はテュロノエ。アヴァロンの末裔に所属しているわ」

「本名は? 身分証の提示は可能ですか?」


「本名など、娘になったときに捨てたわ。当然身分証もね」

「……」


 嘘か、本当か。何かあれば僕は簡単に殺される状況にある。ひび割れしそうな心で、彼女の目線を、一挙手一投足を見逃すまいとする。


「ちょっとミハル君。落ち着きなさいよね、っと」


 彼女がピクリと動いた。そこまでは分かった。

 分かったのはそれだけだった。

 瞬きをした文字通りの一瞬、僕の左眼には銃口が突きつけられていた。

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