閑話 西暦3341年 ミハル・カザハナ 

 ――薄暗い個室作業ブースの空間に、何枚もの淡く光る映像が浮かんでいた。


 僕の名前はミハル。ミハル・カザハナ。

 ここは【人類協力会議】の六つの部門の一つである【記憶監理委員会】、その施設の一角である。

 僕はそこに勤める【三級記憶採掘官】として、日々、人類の記憶レコードを選別していた。


 西暦2500年頃から本格化した地球寒冷化の影響により、各地で資源争いが勃発。その結果、利害調整を行なう国際機関は存続不能になり、その代わりと言っては何だが、西暦3215年になって、ようやく人類協力会議が発足したのだ。

 そして三級記憶採掘官である僕の仕事はと言えば、各地から掘り起こされる人類の記憶を復元し、次代に引き継ぐべきか否か、引き継ぐとしたら重要性はどれくらいなのかを判断することだった。


 つい先ほど見ていた映像は、正しく2500年代初頭、つまり二十六世紀初め頃の混沌としたヨーロッパの記憶レコードだった。

 二十六世紀初頭は、気候の急激な変化に食糧生産技術が対応できなかった時代だった。

 世界はすぐに食糧不足に陥り、少ない資源を巡って殺し合いが続いたともかく悲惨な時代で、その影響は八百年近く経った現在いまにあっても、人類文明の存続に関わるほどに大きい。


 だから記憶監理員会の一線で働く僕ら記憶採掘官は、人類文明の存続のために、二十六世紀初頭頃から大量に失われ始めた人類の記憶レコードを採掘するのだ。

 人類が築き上げてきた文明の維持存続と、失われた技術を取り戻すために。


 そのとき、個室作業ブースに無機質な合成音声が流れ、目の前にシアンのホログラムモニターが現れた。


――発掘サレタ乙類KTJ-16817330664165285748号文書ノ復元及ビ再生ガ完了シマシタ。


――コノ記憶ヲ廃棄シマスカ?


    ハイ

 >> イイエ <<


 声の主は、汎用浮遊アシスタントロボット[FARG96型]。

 さっきは大仰なことを言ったけど、このデフォルメされたクラゲのようなFARG96型――僕はファル助と呼んでいる――が、採掘と復元をほとんどやってくれるのだ。しかも、記憶採掘官一人に一台ずつ貸与されている。

 だから僕はこうして記憶監理委員会の個別作業ブースで、ファル助が表示してくれる映像や書類を眺めては、有用かそうでないのか決めるだけで良いのだ。


 多くの人は、この仕事を日がな一日、資料を眺めているだけの楽なものだと思うかもしれない。

 だけど、よく考えてみて欲しい。

 文明の記憶がほぼ失われた今、目の前のレコードの取捨選択が人類の存亡に直結するのだと思えば、これほど胃に穴が開く仕事もないと言えるだろう。


 ――それにしても、だ。

 レコードにときおりノイズのように混じっている、この文字列はなんなのだろうか? コード:サクラ? お花見の合図か何かだろうか?



 ❄――✿ 用語 ❄――✿

【人類協力会議】(Human Cooperation Council。略称HCC)

 西暦3215年にアフリカ諸国が中心となって結成された国際協力機関・国際利害調整機関。


【記憶監理委員会】(Records Supervision Committee。略称RSC)

 西暦3341年時点ではHCCの中で最も新しい組織。人類文明の復活等を使命として西暦3280年に設立された。


【三級記憶採掘官】(Record Sorter。略称RS)

 記憶採掘官はRSCの職員である。一級から三級まで存在し、三級は最も末端に位置する階級。広範な知識を要求される。


【FARG96型】

 愛称ファル。記憶採掘官一人につき一台が貸与されている西暦3296年式のアシスタントロボット。デフォルメされたクラゲのような見た目をしており、宙に浮いている。

 ミハル・カザハナ三級記憶採掘官はファル助というニックネームを付けた。

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