【SF未来ドラマ】廃棄された未来の記憶

津多 時ロウ

序章

第一話 西暦xxxx年 モモヨ

 春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。



   ―― ❄ ――― ✿ ――



「おっとう! おっかあ! おはよう!」

「あー、おはよう」

「おはよ。今日もモモヨは元気だねえ。ほら、早く顔を洗っておいで。ご飯できてるから」


 モモヨは六歳の女の子。

 朝起きて、お花を咲かせるようにお父さんとお母さんに挨拶をしました。

 挨拶の後は、お母さんに言われた通り、くりくりとした大きな目をギュッと瞑って、縁側の手水桶ちょうずおけでバシャバシャと顔を洗うのです。

 そこまで終わったら、ふっくらした赤ら頬とツヤツヤとした黒髪のおかっぱ頭を揺らして、お父さんとお母さんのところに戻るのでした。


「モモヨ。食べ終わったら、いつものね」

「はーい!」


 朝ご飯を食べ終わったら、大急ぎで子供用の着物に着替えて、モモヨを待っている子たちにも挨拶です。

 ニワトリのコッコ、ケッコ、ココッコ、コケッコ、ケコッコ。

 ブタのブータ、ウータ、トンコ、最後はウシのハナコちゃん。

 お父さんが建てた木の小屋で、今か今かとモモヨのことを待っています。

 お母さんが毎朝モモヨにお願いしているのは、動物たちへの餌やりでした。

 動物たちも分かっているので、モモヨが小屋に来ると大喜びで近寄ります。


 それが終わったら、今度はお父さんの畑仕事のお手伝いに出かけます。

 お空まで伸びる遠くの木と、あぜ道の小さなお花を見ながら、モモヨはてくてくと歩きます。

 しばらく歩くと、近所のおじさんが畑を耕していました。


「おはようございます! ヨシオおじさん」

「やあ、モモヨちゃん、おはよう。これからお父さんの手伝いかい?」

「うん!」


 モモヨは元気いっぱいにヨシオおじさんとお話をしました。

 もう少し歩くと、お父さんがクワの腹と背を器用に使って、畝づくりをしているのが見えてきました。


「おっとう!」

「お、モモヨか。お手伝いか?」

「うん! ぐいーんと手伝うよ! 何でも言ってね!」

「そうかそうか。じゃあ、今日は草むしりをしてくれ」

「はーい!」


 お父さんにお願いされたモモヨは、真ん丸になるように体を屈め、うんしょ、うんしょと言いながら、畑の境にある雑草をむしり始めました。

 十時になった頃には二人で三十分ほど休憩をして、またうんしょ、うんしょと草をむしるのです。

 そうして、あぜ道に面したところの草むしりが終わる頃には、お天道様がちょうど頭の上にあるのでした。


「モモヨ、昼飯にしよう」

「うん!」


 お父さんが麻の袋をごそごそとして、中から笹の葉にくるまれたオニギリを出しました。お母さんが持たせてくれたものです。


「いただきます」

「いただきまーす!」


 モモヨはお母さんが作ってくれる、山菜と岩塩だけのシンプルなオニギリが大好きでした。

 あっと言う間に平らげると、幸せな心地ですぐに大の字で眠ってしまうのでした。


「起きろ。帰るぞ」


 お父さんに起こされると、お天道様はもう、遠くに見える大きな大きな白い壁に、あと二時間くらいで隠れてしまいそうな位置にありました。


「うん。帰ろう」


「おや、モモヨちゃんとお父さん。こんにちは」


 二人がお家に帰ろうとあぜ道を歩き始めたとき、今度は前掛けをしたニコニコとしたおばあさんと会いました。


「カヨコおばあちゃん、こんにちは!」

「おやおや、モモヨちゃんは今日も元気がいいねえ。こんにちは」

「カヨコさん、こんにちは。この間頼んだモモヨの着物は順調ですか?」

「着物! 私の着物を作ってるの? ぎっこんばったんしてるの?」


 お父さんの質問に答えたのは、カヨコおばあさんではなく、目をまあるくさせたモモヨでした。


「ああ。モモヨちゃんのお着物にする布から作ってるよ。毎日、少しずつぎっこんばったんとしてるねえ」

「見たい! ぎっこんばったん、見たい! ねえ、お父さん、見てきてもいい?」

「これ。先にカヨコさんに聞いてからだろう? ……あー、うちのモモヨがすみません」

「かまうことはないよ。いいよ、見においで」

「やったあ!」

「あー、どうもすみません。ほら、モモヨ、お礼は?」

「おばあちゃん、ありがとう!」

「ふふふ、どういたしまして」

「じゃあカヨコさん、よろしくお願いします。モモヨ、お天道様が壁に隠れる前にはお家に帰ってくるんだぞ」

「はーい!」


 そう言って、お父さんは家に、モモヨはカヨコおばあさんの機織り小屋へ向かうのでした。

 木造の機織り小屋には木でできた大きな機織り機がありました。

 カヨコおばあさんは機織り機の前の椅子によっこいしょと腰かけると、足元のペダルのようなものを踏みます。


 ぎっこん


 その次によこ糸を巻きつけた棒のようなものを、上下に分かれたたて糸の間に通し、また足元のペダルを踏みます。


 ばったん


 ぎっこんばったんを何回か繰り返したら、今度は大きな櫛のようなもので、たて糸をくようにして、ぐっぐっとよこ糸を押さえるのです。

 そうして手前に少しずつ色が出てくる様子を、モモヨはじっと眺めていました。


「おや、もうそろそろお天道様が壁の向こうに隠れてしまう時間だね。モモヨちゃん、そろそろお帰りよ」

「えー、もうちょっと見てるー」

「ふふふ、ダメよ。今日はもうおしまーい。また明日ね」

「分かった! 帰ってあげる! おばあちゃん、また明日!」


 そう言ってモモヨはカヨコおばあさんにバイバイをして、家路につくのでした。

 辺りはすでに薄暗くなり始めていて、なるほどお天道様はもうそろそろ隠れてしまうのだなあと、モモヨは小走りで急ぐのでした。


 どうにか暗くなる前には金属製の四角いお家に辿り着き、玄関の自動ドアをプシューと開けて中に入ると、「ただいま!」と元気に叫びます。

 草履を脱いで、居間まで行くと、お父さんとお母さんが夕ご飯を用意して、待っていてくれました。


「お帰り、モモヨ。機織りは楽しかった?」

「うん!」


 モモヨはご飯を食べながら、ぎっこんばったんとカヨコおばあさんの動きを真似して、幸せな夕ご飯を食べました。

 けれどモモヨははしゃぎすぎて、もうすっかり眠くなってしまったようです。

 これは大変だと、お父さんが急いでモモヨをお風呂にいれてゴシゴシと洗い、寝室まで連れて行きました。

 寝室では、半分寝ているモモヨの代わりにお父さんがボタンを押すと、プシューと音がしてカプセルの蓋が上に開きます。

 お父さんは、その中に優しくモモヨを寝かせると、再びボタンを押してカプセルの蓋をプシューと閉じました。


 おやすみモモヨ。また明日。



   ―― ❄ ――― ✿ ――



「おっとう! おっかあ! おはよう!」


 モモヨは今日も元気です。

 いつものように、花が咲いたような笑顔で挨拶をして、朝ご飯を食べ、家畜に餌をやり、いつものようにヨシオおじさんに挨拶をして畑に出かけます。


「オハヨウゴザイマス。モモヨ。体ノ調子ハドウデスカ?」


 畑仕事を手伝っているモモヨに、地面から少し浮いているロボットが話しかけてきました。

 上半身は人の形で下半身はまあるい、なんとも奇妙な形をしています。


「むらくもきゅーじゅー……ろく? しきさん、おはようございます! 今日も元気です!」

「ワタシノ名前ハ、ムラクモ九十五式デス。ソロソロ覚エテ下サイネ」

「はーい!」

「ソレデハマタ」

「また!」


 そんな珍しいこともありましたが、今日もいつも通りに、畑に種をまいて水をやります。

 さて、そろそろお昼だとモモヨがお父さんを見たときに事件は起こりました。

 なんとお父さんが畑に倒れていたのです。


「おっとう? どうしたの?」


 モモヨがお父さんの体を揺すりながら呼びかけても、お父さんはピクリとも動きませんでした。


「あれまあ! これは大変だ!」


 そこに偶然通りかかったカヨコおばあさんが、猛然と駆け出して、ヨシオおじさんとお母さんを連れてきてくれました。


「あなた! 返事をして、あなた!」

「これ、目を開けないか!」

「おっとう! おっとう!」


 皆が泣くように声を掛けても、お父さんは相変わらず動きません。

 だけど、カヨコおばあさんだけはいつもの調子で言うのです。


「こうなったらもう、おヒラ様のところへ放り込むしかないねえ」


 ヨシオおじさんとお母さんは、ハッとした顔でカヨコおばあさんを見ました。


「おヒラ様に放り込めば、おっとうは助かるの?」


 今にも泣き出しそうなモモヨが聞けば、カヨコおばあさんは短く「うん」と頷くのです。


「それじゃあヨシオさん、大八車をお願いしますね」


 そうしてヨシオおじさんが用意した大八車にお父さんを乗せて、みんなで村のはずれのはげ山にうんせ、こらせと運びます。

 はげ山の中腹には、大きな洞窟がぽっかりと口を開けていて、ここまで来るとお空まで伸びる大きな木も、村を囲む大きな壁も間近に見えるのでした。

 でも、モモヨはそれらには目もくれずに、お父さんに一生懸命話しかけています。


「おっとう、死んじゃいやだ。早く目を覚まして、早く帰ってきて」


 洞窟の中に入り〈メ■■ナ■■■ン■■〉と書かれた薄汚れた看板を通り過ぎると、じきに地面に真っ暗な大きな穴が開いておりました。

 そこからはウウン、ウウンだとか、ゴーウ、ゴーウだとかまるでこの世のものとは思えない大きな音が聞こえてきます。

 しばらくみんなでその真っ暗な穴を覗いていましたが、お母さんが「よろしくお願いします」と言って、ヨシオおじさん、カヨコおばあさんと顔を見合わせて頷くのでした。そしてお父さんの体を三人で持ち、振り子のように振って、えい! っと暗い穴に放り込みました。

 その様子を、モモヨはただただ不安そうに見ているだけでした。


 モモヨは家についても不安で、寝る直前までずっとずっと不安で眠れませんでしたが、お母さんがモモヨを抱きしめながら「大丈夫よ。十年前だって大丈夫だったじゃない」と言うと、ようやくカプセルの中に入るのでした。



――翌朝。


「おっとう! おっかあ! おはよう!」

「あー、おはよう」

「おはよ。今日もモモヨは元気だねえ。ほら、早く顔を洗っておいで。ご飯できてるから」


 もうすっかり調子が良くなったお父さんがそこにはいて、いつもと変わらないモモヨの一日が、また始まるのでした。

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