第三節
第二十四話 失敗と放棄
久しぶりの何もない朝に、僕は大きく背伸びした。
いや、そうでもないか?
いやいや、最近は色々ありすぎて、いつ何があったのか記憶が混ざってしまっているのかも知れない。
ともかく今日は久しぶりの選別作業で、カスミガセキとクリハマで採掘したレコードを閲覧しなければならない。前に覚えた通り、事前に解析復元処理を指示しているから、あとは見るだけだというのは気が楽である。
まずはリスト作成からやってもらって……ううう? 二か所採掘したにしてはやけに少ないな。
でも、そうか。カスミガセキは今までに何回も採掘されていて、未発見のレコードはほとんど存在しないということだった。そうなると、ほぼ全てがクリハマで採掘した分で、通常の一か所分くらいしかないのだろうな。
それじゃ、カスミガセキから見ていくとしますか。
「ファル助、昨日採掘したレコードを順番に再生してくれ」
「了解」
さて、どんなものがあるかとしげしげと眺めたのだが、数は少ないながらもやはり役所の内部文書がほとんどで、どうにも退屈なものである。
しかし、国土交通省跡地で採掘したものの中に、退屈でないレコードが二つもあった。
一つはイアン・ケンドールの書類だ。内容は一級機密実験施設に無断で侵入したことによる処分の内容に関する文書。発出年月日は西暦2510年3月3日。
そしてもう一つは〈一級機密実験施設の停止失敗に伴う放棄決定の件〉というタイトルの、これも文書だった。内容については、そのタイトル通りのことが淡々と書かれているだけだったが、注目すべきは一級機密実験施設の場所が書かれていることだ。
イアン・ケンドールが侵入した施設。それも文部科学省所管の海洋研究開発機構と国土交通省が関わっていた施設の場所である。
これは間違いなく財団が欲しがる情報だろう。
けれど、僕が気になった情報は所在地以外にもある。この一級機密実験施設の停止が失敗した理由だ。停止失敗の原因には、簡潔にプログラムの不具合とだけ書かれている。天才と言われたモグサ・プラトー博士が何らかの形で関わっていた実験施設が、果たしてそんな理由で放棄されるだろうか。
それはつまり、いったい何の実験を行なっていたのか、という疑問にも繋がってくる。
「ファル助、この一級機密実験施設があったオガサワラの西之島という場所なんだけど、今、何があるか調べられるかな?」
「HCCノデータベースヲ照会シマス。……照会終了。西之島周辺ハ現在【未踏領域】トナッテイマス」
未踏領域。ここでその名を聞くとは思わなかった。人工衛星を通して地球上のあらゆる場所を観察できた栄光も今は昔。大国の主要都市がすべて壊滅した2500年代には、人工衛星と通信できる技術も失われてしまった。
そのため、HCCが改めて世界地図を作成した際、今の人類の技術で到達できない場所は、未踏領域として地図に記載されることになったのである。
「西之島が未踏領域になっている原因は?」
「島ノ周辺ニ、磁気ヲ含ンダ非常ニ強イ暴風雪ガ渦巻イテイルタメデス」
「……クリハマから南方に見えるあれか?」
「ソノ通リデス」
その後は、採掘されたレコードを選別しながらも、一級機密実験施設のことばかりを考えていた。残念ながらクリハマからは薄い本も、財団からの依頼に関係する資料も見つからなかったが、カスミガセキで一級機密実験施設に言及するレコードが採掘できたのは、非常に大きな前進である。
これをもとに未踏領域で採掘をすれば……、未踏領域って、今の人類の技術で到達できないから未踏領域なのだった。
しかし、財団が求めている情報は正しく西之島にあるんじゃないか? イアン・ケンドールが漂着した楽園は西之島のことで、遥か東の楽園ことニライカナイと呼んでもいいんじゃないか?
コード:サクラの進展が何もないのは気掛かりだけど、モグサ・プラトー博士、イアン・ケンドール、そしてニライカナイが憶測の段階とはいえ繋がったのだ。
今はこれを喜ぼう。そして自分の推測を財団にぶつけてみようじゃないか。
財団が何かを隠している、もしくは必要な情報を開示していないことは明白なのだ。この情報が財団の秘め事を暴く一助となり、一刻も早く、あのいつもの平和な薄い本を探し求める日々に戻れることを僕は願う。
小難しそうに言ってみたけど、つまりはエロのためだ。
―― ❄ ――― ✿ ――
キュルルルン……
キュルルルン……
その夜、僕のリーフィに音声通信の着信があった。どうして着信音をこんなラヴリーな音にしたのかは覚えていない。いや、もしかしたら忘れたいだけなのかもしれない。オリアナさんに無理矢理変えさせられたことを。まあ、他の着信音に変えるのもオリアナさんに悪いかなと思って、何もしていないのだけれど。
キュルルルン……
キュルルルン……
ところで音声着信だ。ホログラムモニターに浮かび上がった相手は……、アトランティエ・ラヴクラフト。レコードとともに報告書を送信したからその件だろうと思う。
財団のトップとして、超が付く多忙であるはずなのに自ら連絡をするとは、随分と――
いや、違うな。元々彼女から直接受けた話なのだ。この件について、財団の他の職員と話をした事はない。もしかしたら個人的な依頼なのかも知れないな。
「はい、こちらミハル・カザハナです」
『こちらアトランティエ・ラブクラフトです。ごきげんよう』
「ラヴクラフト様におかれましてはご機嫌麗しく、重畳でございます」
『報告書、拝見しました』
「私ごときの些末な資料をご覧いただきまして恐縮です」
『そんなに緊張しなくてもいいのよ』
「畏まりました。それで、僕の報告書はどうでしたか?」
『まぁいいわ。あなたの立場では難しいでしょうしね。報告書の件はね、よく出来ていると思う。根拠はやや物足りない面もあるけど、財団の見解と一致しているし、充分よ』
「やはり、そういうことでしたか」
『そういうことね。ところで、次の採掘場所なんだけど、こちらからは西之島を指定するわ。異論はないでしょ?』
「もちろん異論はありませんが、二点お聞きしてよろしいですか?」
『いいわよ』
「一点目。西之島は現在、未踏領域です。記憶採掘は行なえないと思いますが、何かそちらで可能にする技術でもあるのでしょうか? 二点目。僕が西之島での採掘を断った場合はどうするおつもりですか?」
『一点目。私の言い方が悪かったわね。財団の技術をもってしても、八百二十一年前ならいざ知らず、今の西之島に到達することはとても難しい。悔しいけどそれが事実よ。でも、暴風圏にぎりぎり近づいての採掘でも充分成果は得られると思ってる。二点目。あなたが断ったらこちらの職員が採掘を実施するだけ。けれど、RSCのマイルズ・サトウ記憶監理官と共同で進めてきた作戦を変更しなければならなくなるから、今更それはやめて欲しいというのが本音よ。この回答で満足したかしら?』
何かおかしいと思っていたけど、そういうことであれば、僕が断ることでRSC全体に影響が出る可能性もあるだろう。――最初から、断れるものではなかったのだ。
「……ご回答、ありがとうございました」
『それじゃあね。期待しているわよ、ミハル・カザハナ三級記憶採掘官』
通信が終了した直後、世界が歪むような感覚に襲われて布団に倒れ込むと、そのまま気を失うように寝てしまった。
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