第二十二話 nine and eight
「えーっと、拘束するものが必要だったか……。ファル助、スノウビートルに積んである道具でこの子の拘束に適したものはあるかな?」
「幅六十センチ、深さ九十センチの、閉じ紐付きの麻袋が適当かと思います」
「深さ九十センチ? 彼女の身長は見たところ百五十センチだよ。どうやって拘束するんだい?」
「両足を麻袋に入れ、折り返した上できつく紐を結べば足の自由を奪えます。両手は別の麻袋に浅く入れて紐をきつく縛るだけで大丈夫でしょう。その上で私のネットでねっとりと包み込めば、そうそう身動きは取れません」
誰だ、ファル助におやじギャグを教えた奴は。
「……ファル助のネットはねっとりとはしてないよね?」
「マスターの好みだと思い、太古の昔に流行したおやじジョークを取り入れてみましたが、お気に召しませんでしたか?」
そんな風に言われたら、答えようがなくなってしまうじゃないか。
「今後は慎みたまえ」
「畏まりました」
そんな会話がありつつ、ファル助に言われた通りに両手両脚を拘束していく。麻袋で拘束していく。
だけど、なんだろう、この背徳感。相手が小柄なせいだと思うけど。
これではまるで、僕が変態みたいじゃないか。いや、変態であることは否定しないけど、こっち方面の変態ではない。変態は断じて罪を犯す変態であってはならないわけで、それが清く正しい真の変態道ではないかと思うのだ。
「ファル助、スノウビートルの後部座席のドアを開けてくれ」
「畏まりました」
本当はファル助も手伝ってくれたら楽なんだけど、人間みたいな重量物を運搬できるような積載能力はない。だから、僕は両手両脚を拘束された小柄な女性をお姫様抱っこして慎重にスノウビートルに運び入れるのだ。当然、やましい気持ちなど微塵も湧きあがらないし、思ったよりも重たいなとか思ったりもしない。
なぜなら僕は、変態界の紳士なのだから。
後部座席にそっと寝かせた彼女は、ファル助の腕に胴体を包まれる。だけども、ファル助に腕力があるわけでもない。あくまでも、暴れたときに電気ショックで気絶させるための最終手段だ。
さて、もう二段階。
一段階目はカルイザワブランチ、というかオリアナさんに状況報告だ。平和監視軍に立ち寄らなければならないことも合わせて伝えた。
二段階目。
記憶採掘官には、有形無形を問わず、正当な業務を妨害してきた相手に対する、準逮捕権が付与されている。これには、同じくHCCの組織である平和監視軍――通称PwFに身柄を引き渡すまでは、一般的な身体の拘束の他に取り調べなども行なえる、という権限も含まれていた。無論、PwFの立会いのもとで、という条件付きではある。
「こちら、記憶監理委員会カルイザワブランチ所属三級記憶採掘官ミハル・カザハナ。職務妨害事件に関連して、一名の身柄を拘束した。そちらに引き渡すまでに、尋問を行ないたし。承認と立会人を求む」
ここからヨウガのPwFトウキョウオフィスに移動するには少し距離がある。それまでに、犯人が逃げ出す可能性も考慮し、今のうちに情報を聞き出しておきたいところだ。
『お待たせした。こちら、PwFトウキョウオフィス公安部所属、ミア・バリエンダール少尉だ。貴官の尋問申請を承認し、本官が遠隔立会いを担当する。尋問の方法は口頭による聴取でよろしいか?』
「はい。しかし、当該被疑者から応答なき場合には、FARG96型により、所持している物品へのレコードスキャンも実施します」
『了解した。
「了解。
ファル助に映像の記録とPwFトウキョウオフィスへのリアルタイム送信を指示し、まずはフードと顔の下半分を覆っているマスクをずらせば、真っ白な髪の毛と、あどけない顔立ちが現れた。髪の毛はそのように脱色したのか染めたのか、眉毛はやや赤みがさす茶色だった。
「ファル助、被疑者蘇生」
「了解」
トン。彼女の仲間のテンがそのように紹介していた小柄な女性はずっと気を失ったままだったが、ファル助の微弱電流により、ゆっくりとその目を開いた。
すでに状況を覚悟していたのだろうか。一通り視線をさまよわせた後は、特段、取り乱す様子も見られない。
「君の名前は?」
「……」
「テンと名乗った人物は君のことをトンと呼んでいた。君の名前はトンだ。違うか?」
「……」
彼女は口を一切動かさず、睨み付けるでもなく真っ直ぐに僕を見ている。
「……病気か何かで声を出すことができない場合は、視線を横にずらせ。ただ黙っているだけなら視線はそのままだ」
予想通り、彼女は視線を外さなかった。完全黙秘だ。証拠の映像を突き付けたところで、口を割ることも無いように思えた。だとすれば、やることは一つ。
「
「了解」
所持物品へのレコードスキャンと言っても、何か特別な光線が出るわけでもなく、いつもの採掘と同じように、光も音もない。だから、本人も周りもどうなっているかは分からないし、もちろん、僕もよく分からない。
「レコードスキャン終了」
そのように音声が再生されて初めて終わったことが分かるのだ。
「氏名、住所、生年月日、その他、被疑者の身元の特定につながりそうな情報はあったか?」
「スキャン結果をPwFに送信中。……送信終了。氏名、住所、生年月日不明。ただし、持ち物から何らかの通行パスを発見」
それを聞いたトンの目が大きく見開かれる。あからさまに動揺しているが、大声を出して暴れる気配はなかった。
「内容は?」
「簡易解析の結果、海の上に巨大なリンゴの木が立っている紋章、そしてその紋章に重ねた〈玖〉の字が描かれたデータが見つかりました。この情報から、当該被疑者は宗教団体【アヴァロンの末裔】の幹部であるティトン又はその関係者であることが、強く推測されます」
アヴァロンの末裔? つい最近も、どこかで聞いたことがあるような気がするが、思い出せない。
しかも、もうこれ以上の情報は引き出せそうになく、あとは
「
『了解。
こうして、一生に一度あるかないかの記憶採掘官としての尋問は終わりを迎え、これからヨウガのPwFに向かうのだが、一つ問題がある。
ティトンが起きているのだ。
彼女の目、口、耳をふさごうにも、すでに利用できるものはない。もう一度、電気ショックを与えて気絶してもらうのは、心臓への負担を考慮すればやるべきではない選択肢だ。彼女からはもっと情報を引き出してもらわなければならない。
「ファル助、ティトンの目と口をふさいでくれ」
「了解しました」
僕が指示をすると、ティトンの胴体に巻き付いている平織り紐のような腕が枝分かれし、彼女の鼻だけを残して顔に巻き付いた。半透明ではあるが、これなら問題ないだろう。
しかし、呼吸が鼻だけになってしまったからか、彼女の呼吸が荒くなり、問題になりそうな予感しかしない。見た目も含めて色々と。
そうして僕はスノウビートルを運転してヨウガを目指したのだが、その途中、行き倒れているテンがいた。
うつ伏せだから正確には分からないのだが、僕はすぐにテンだと思い、ファル助もすぐにテンだと認識したようだ。
「マスター。待ち伏せの可能性があります。電磁ネットを使用した気絶を提案いたします」
「今の状態で可能なのか?」
「後部座席のドアを開け放てば問題ありません」
「分かった。実行してくれ」
こうして僕たちは散々てこずったテンの捕獲に成功し、ティトンとともにPwFトウキョウオフィスに身柄を引き渡すことができた。
「マンディス施設長。PwFトウキョウオフィスへの被疑者二名の引き渡しが、無事、終了しました」
『そう、ご苦労様。怪我はない?』
状況が終了すれば、上司に報告するのが組織人の嗜みである。
「ありがとうございます。お陰様で無傷です」
『それは良かった。ところで二人とも可愛い女の子だったからって、手を出していないでしょうね。ぐふふふふ』
「大丈夫であります! 三次元女子には興味が無いであります!」
『……』
あれ? なにかおかしいこと言っちゃったかな? オリアナさんからの反応がないぞ。
『……と、ともかく無事で何よりだわ。帰りも気を付けてね』
違和感はあるけど、ともかく僕もファル助も無事でよかった。
カルイザワブランチへの帰り道も、女の子が落ちてないか、よくよく注意するとしよう。
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