第二十七話 ファル助
ファル助の腕が伸び、いつものようにスノウビートルのシステムコンソールに接続された。
「システム管理メニューログイン……成功。
車体チェック開始……異常なし。
外部干渉チェック開始……痕跡なし。
各種センサーの動作チェックプログラム起動……異常なし。
当機搭載OSによるシステムスキャン開始……異常なし。
システムオールクリアー。
これより、緊急人命保護プログラムを実施します。
マスター、シートベルトをご確認ください」
「う、うん。異常なし」
なんだこれは?
いったい何が起こっているんだ?
僕は死ぬんじゃなかったのか?
だが相手のマシンガンか何かで散々に撃たれたフロントガラスは、割れていないばかりか、傷一つ付いていない。
「カウントダウンを開始します。スリー」
そうだ。いずれにしても僕は生きている。
「ツー」
きっと、あの兵士たちが持っているのは、殺傷能力がないおもちゃの銃なんだ。僕を驚かせようとでもしたのかも知れない。
「ワン」
だけど、だとしたら、ファル助のこれはいったい何なのだ?
「ゼロ」
「……ぅわああぁぁぁぁぁーーー!」
体を押し付ける重力とともに、景色が加速し、僕はようやくファル助のカウントダウンの意味を知った。
急発進したスノウビートル。
銃火を放っていた兵士たちは大慌てで左右に飛び退き、その後ろ。
「……どぅああぁぁぁぁぁーーー!」
ゴーンという大きな音をたてて搭乗者ごとチタリーを跳ね飛ばし、盛大に水煙を巻き上げながら僕らのスノウビートルは進む。
先ずは、落ち着け、自分。
フロントガラスは見たところ割れていない。
ボンネットも少々のこすり傷はあるが、凹んだり穴が開いているようには見えない。
RSCの所有するスノウビートルはこんなに頑丈だっただろうか。
答えは否、だ。
PwFでもあるまいし、防弾性能は必要ないのだ。
「ファル助、どういうことなのか教えてくれ」
「ご質問があいまいです。どのような情報をご希望でしょうか?」
落ち着け、自分。
「……そうだな。スノウビートルだ。RSCのスノウビートルには防弾性能などはなかったはずだ。それなのにさっきの銃撃ではほとんど損傷しなかった。どういうことだ? 相手の銃がおもちゃだったとでも?」
「回答します。相手方の銃は本物である可能性が濃厚です。また、現在私が運転しているこのスノウビートルについては、RSCが保有しているものではなく、ラヴクラフト財団所有の特別装甲仕様車となっております」
「……うん!? 財団所有の? じゃあ元のは?」
「ご安心ください。父島の駐機場に待機している飛行カーゴシップに格納されています」
「どうして言ってくれなかったんだ?」
「聞かれませんでしたし、マスターも興味がなさそうでしたので」
その通りで、ぐうの音も出ない。目覚めたばかりの僕は、混乱のためかサンタクロースを追い求め、車が変わったことに全く気が付かなかった。
だが、そのお陰で助かったのだから、文句などいうべきではないのだろう。特にファル助には。
しかし、あの兵士たちは何者なのか。海が終わり、水煙が途切れると、再び後方に二台のチタリーが見えてきた。それも、こちらより速い。
このままではすぐに追いつかれそうだ。
「指向性バブル射出」
ファル助は、当たり前だが冷静だった。僕の指示も仰がずに、何かを発射した。
あれは、名前の通り泡か?
スノウビートルの後ろからつぶの小さな白い泡が射出、というよりは噴射され、二台のチタリーに向かい、絡みつく。それ以外に表現しようがない。けれど、絡みついたからどうだというのか。
見ているそばから一台が派手に転倒し、二つの人影が投げ出されたのが見えた。
もう一台はどうか。速度は落ちているようだが、特に変化はなさそうに見える。強いて言うなら、一人が後輪プロペラスカートの上にしゃがみ、こちらを撃ち始めたくらいだ。激しく光が明滅していることから、本気で殺意をこちらに向けているようだが、財団の装甲はびくともしない。
「マスター。依然として攻撃を加えてくる敵の無力化のために、ゴム弾による射撃を提案します」
「ゴム弾? そうか、特別仕様とはいえ、殺傷能力の高い武器は流石にまずいもんね。いいよ。やってくれ」
「了解。即時に実行します」
ゴム弾だから、チタリーの車体にこれでもかとたくさん撃ち込んで走行不能にするんだろうなと、このときの僕は思っていた。
「ファイア」
けれど、それはとんだ見込み違いだった。後ろから空気が破裂するような音が聞こえ、黒い物体が射出されたかと思うと、次の瞬間にはチタリーが木っ端みじんになった。大袈裟に言ってしまったが、バラバラに壊れたのは間違いない。
搭乗していた兵士たちはもちろん雪の地面に投げ出されることになる。
「このまま父島へ帰還します」
「……駄目だ。捕縛してPwFに引き渡すぞ」
「了解しました。スノウビートルを戻します」
―― ❄ ――― ✿ ――
戻ってはみたものの、これはどうやって運んだものか。兵士と思われる四人は気を失っているだけで、全員息があった。その他は大破したチタリーに、まだ動きそうなチタリー、そして数本の銃。近づいて確認してみれば、よく自分が無事であったものだなと、うすら寒いものも感じる。
銃はスノウビートルに載せられそうだが、人間は途中で目を覚まして暴れられると危ないから、車には乗せられない。そうなると、ということでファル助にも相談した結果、大破していない方のチタリーに四人をロープで縛り付け、ホバリングモードにしてスノウビートルで牽引するという形で決着した。
四人乗せても浮いていられるのは、チタリーが出力の高い軍用モデルだからだ。財団に色々と手配してもらっている手前、言いづらいことだが、民間向けのスノウストライダーでは恐らく無理だったろう。
そうして、PwFオガサワラ監視軍に身柄を引き渡した。賭けみたいなものだったが、捕縛した兵士たちは、何となくだが偽物だと思ったからだ。実際、監視軍の取次の兵士に話をしたときは大層驚いていたし、僕への簡単な聞き取りも尉官クラスの人が丁寧に対応してくれたのだから、僕の勘も満更ではなかったみたいだ。
だが、簡単な聴取の後に、隊長さんが出てきたときには逆にこっちが驚いたが、結局、装備品と身分証から一人は本物のPwFの兵士で間違いないということを聞いて、納得したものだった。一連の中で「何か気になることはあったか?」と聞かれたが、PwFの兵士に襲われたこと以上に気になることなどなく、強いて言うなら、襲撃犯の一人がうわ言で「マゾエ様」という言葉を繰り返していたことくらいだった。
「なあ、ファル助。あの兵士たちは、アヴァロンの末裔の関係者じゃないかと思うんだけど、どう思う?」
「私もそのように推測します」
だとするなら、僕はこの先どうしたらいいのだろう。どうして僕は教団から狙われているのだろう。何か関係がありそうなことと言えば楽園だけだ。だが、僕を襲ったところで楽園のことが分かるわけでもない。
……おっと、アトランティエさんに報告をしなければいけないな。いくつか重要そうな資料が見つかったことに加えて、結構な事件に遭ってしまったのだから。
「こちら、ミハル・カザハナ三級記憶採掘官です」
『こちら、アトランティエ・ラヴクラフトです。送信されたレコードとレポートは、早速拝見させてもらっているわ』
「レポート?」
はて、報告書など送信した覚えはないし、レコードもまだ財団に送信していないはずなのだけど。
『あ、ごめんなさいね。そちらのファル助? にお願いしてそういう流れにしてもらったのよ』
「はぁ、なるほど」
ファル助ことFARG96型も財団製だから、マスターとして登録している僕を飛び越えて、何か色々出来たりするのだろう。スノウビートルのこともあるから、今更非難する気はない。
「あ、それでですね、西之島から父島に戻る最中に、PwFの兵士と、PwFの兵士を偽装した何者かに襲撃を受けました」
『まあ! それは大変! 命に問題はなさそうだけど、怪我はなかったかしら?』
「あ、ええ、特別装甲仕様のスノウビートルのお陰で無傷でした。なんとお礼を言っていいか。ありがとうございました」
『念のため準備しておいて良かったわ。……そうそう、それで今日の採掘結果なのだけど、レポートにあった、地下巨大構造物、ケンドール社のナイフ、それからアルカスプログラム。この三つは特に興味深いわね』
「そうですね。僕もケンドール社のナイフは、イアン・ケンドールが著した楽園が西之島であったことを裏付ける重要な証拠だと思ってます。それはきっとニライカナイとも繋がることでしょう」
『私も楽園だと思う。ただ、イアン・ケンドールは楽園がどのようなものであったのかほとんど記述していないから、同じ楽園概念であるニライカナイとすぐには結び付けられないわね。ところで、モグサ・プラトー博士に関するものはなかったかしら?』
「いいえ。FARG96型の簡易解析では見つからなかったため、そちらでの解析でも出なければ残念ながら、モグサ・プラトー博士については不発という他ありません」
『……ふぅ、もういいわ。そうしたら、明日はもう一つの候補地に行ってくれないかしら? もちろん移動手段は用意する。どう?』
「どう、と言われましても、断れば帰れなくなりそうなので、喜んで引き受けます」
『ふふ、ありがとう。素直なのはいいことよ。じゃ、落ち合う場所と時刻はテキストメッセージで送るから確認よろしくね。また、明日』
ふう。
僕は大きく溜め息を吐いた。百三十五キロ先の巨大な嵐に向けて。
「象牙の塔、か……」
翌朝、何故か誰もいないLDC未踏領域監視所の出入口付近。僕はサンタクロースと遭遇し、ゴツンという鈍い音とともに気を失った。
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