第十話 植樹祭

**一日目。二日目。ドナ・ブコー**


 クレイドルを導入すれば村が豊かになる?

 馬鹿なことを言うんじゃねえ。それならさっさとてめえらの花の都とやらに導入すればいいじゃねえか。

 それをしねえんだから、クレイドルとやらは危ないものに違いねえんだ。

 きっと政府はエスタン村の連中で人体実験をする気なんだ。

 村の奴らは人を疑うことを知らねえ。

 俺がしっかりしねえと、皆が死んじまう。なんとしてでも阻止しねえとな。


 あ? 政府の役人が何の用だ?

 今後、説明会で大声を出して騒ぐな、だと?

 知ったこっちゃねえよ。とっとと帰れ。二度と面を見せんなよ。


 上席研究員のネージュ・アイコウとか言ったか。こいつは危険だ。息をするようにスラスラと嘘をつきやがる。大きな傘のようなもので村を包み込むなんて、できるわけねえじゃねえか。とんでもねえ大噓つきだ。他の村人が信じる前になんとかしねえと。


「あの、このクレイドルとかいう技術ですけど、こんな巨大なものどうやって建てるんだ?」

「それについては、当財団の機密事項に当たりますので、詳細にお答えすることはできませんが、導入が決まれば、皆さんが見ている前で建ててご覧にいれます」


「つまり、嘘ってことだな」

「嘘ではありません。実験に成功しています」


「嘘をつけ! 今すぐにここで見せられないから、適当なことを言っているだけなんだろ! 俺たちを騙して金を巻き上げようたって、そんなことは許さねえぞ!」

「私たちはフランス共和国政府から代金を頂きますので、あなた方からは一切頂きませんよ」

「馬鹿なことを言うな! その金だって、俺たちが払った税金なんだぞ! そんな言葉に騙されてたまるか!」


「えー、本日の説明会はここまでとします。ここまでです! 皆さん、気を付けてお帰り下さい!」


 ほれ、俺が追及したら政府の役人が慌てて止めやがった。嘘なんだ。何もかも。


「こら! ドナ坊!」

「ひゃあ! バ、バルバラさん……」


 なんてこった。バルバラさんを怒らせちまった。

 そんなこと言わないでくれよ。俺だって村の皆が騙されないように頑張ってるんだぜ? どうして信じてくれないんだよ……

 今日はもう帰って寝る。この歳になってお尻をぺんぺんされるなんざあ、まっぴらごめんだ。


 その日の夜、例の役人――マチューと言ったか――が突然訪ねて来やがった。

 警告でもしに来たものかと思ったが、奴の用件は実に幼稚なものだった。

 ネージュ・アイコウと村内を視察するから、隙を見て彼女を襲ってほしい。そして、自分が庇ったら引き下がって欲しい、というような内容だった。


 何を狙っているのかはおおよそ見当がつくが、役人の言いなりになるなんてのは、癪なんでな、適当に「はい」と返事をしてやった。仲間を売るなんざ、あいつはろくな死に方をしねえな。


 翌日、奴の言った通り、ネージュ・アイコウとマチュー、そしてバルバラさんと何人かの職員が村内を歩き回っていた。

 分からねえのはアンナがあとをつけていることだ。マチューの奴はアンナにも声を掛けたのか?

 だが、アンナは一緒に村内を回り始めた。意味が分からねえ。

 奴の言いなりになる気は元からなかったが、これじゃあ襲撃どころではないな。マチューの奴がどうするのか、ここからじっくり観察しようじゃねえか。

 それにしても、アンナも確かクレイドルに反対していたはずだ。それなのにあんなに仲良くしているなんてえのは、俺が間違っていたということか?



**五日目。七日目。ドナ・ブコー✿✿


 おう、アンナ。

 この前、財団の人間と楽しそうにお喋りしてたよな?

 お前、もう反対しなくなったのか?

 なに!? 一昨日の説明会を聞いて気が変わった? 俺も賛成に回れだと?

 お前は騙されてるんだよ。正気に戻れ。

 ……先入観を捨てて素直に聞いてみれば分かる? そうか、もういい、分かった。引き留めて悪かったな。


 その翌々日、最後の住民説明会に出かけた。

 これが終わった後、住民投票で三分の二以上の賛成があれば、クレイドルが導入され、この村は終わっちまうのだ。

 だが、俺はアンナの言う通りに心を空っぽにして、ネージュ・アイコウの説明に耳を傾けた。

 するとどうだ。

 ネージュ・アイコウの発する一言一句が、まるで水のように俺の体に染み渡っていくじゃあないか。

 そればかりか、彼女は無着色の[テンイ]のサンプルを、皆の目の前で食べ始めた。

 ちくしょう。なんてことをしやがるんだ。

 ここまでされたら、反対するわけにはいかないじゃねえか。


 だが、マチューの奴まで信用したわけじゃないがな。



✿✿十日目。マチュー・ドリーブ**


 昨日、投票が行なわれ、即日開票された住民投票の結果、めでたくエスタン村でクレイドルを導入することが決定した。

 この実地検証がうまくいけば、ゆくゆくは全土に導入され、我が国がかつての栄光を取り戻す手掛かりとなる、そんな歴史的な日だったのだ。

 そして現在は、四日後に控えた【植樹祭】のスケジュールを確認するため、村役場の応接室で関係者と打ち合わせを行なっているところだ。

 担当官の私の喜びもひとしおで、今すぐにでも村中を駆けまわりたい衝動に駆られていたのだが、しかし。

 胸に去来するこの気持ちはなんだろうか。

 どこか、寂しく、虚しい。


 なぜ?


 ああ、そうか。

 麗しの君、ネージュ・アイコウ。

 これが終われば、あなたと離れ離れになってしまうのだ。

 なんという残酷な運命だろうか。

 どうすれば麗しの君と離れ離れにならずにいられるのだろう。

 そうだ。まだあの手があった。


「あー、アイコウさん。ここで特殊な装置を植える、となっておりますが、具体的にどんな装置なのでしょうか?」

「そうですね。皆さんには事前にお見せしておいた方が良いでしょうね」


 アイコウさんは、お付きの技術者に細長い筒を持ってこさせると、中身を取り出し、皆に見えるように机の上にそっと置いた。

 それは、ほんのり薄紫色に光る長い棒だった。


「まあ、ネージュさん。それ、とても――」


 マダム.コルニュが言い終えるよりも早く、私の体は動いた。

 その棒をガシッと掴み、これまでの人生で最も速くトップスピードに到達し、そのままエスタン村を駆け抜ける。

 石造りの家々の間を抜けて、あの森林まで逃げ込めれば私の勝ちだ。

 その後で、返して欲しければ私の女になれとでも脅迫すればいい。

 こんなことを思い付く自分の頭の良さが、つくづく恐ろしい。


 はぁ、はぁ、はぁ。


 息を切らせながら森の中ほどまで逃げ込み、茂みに身を潜めた。ここなら地元の人間といえどもそう簡単には見つけられまい。


「あ」


 だが、次の瞬間、ヴィクトル青年と目が合った。見て見ぬふりをしようかと思ったが、現実は現実だ。私が這い出すように逃げ出せば、彼はホイッスルを吹きながら、追いかけてくる。


「ドナさん! 今です!」


 今? そんな疑問が頭に浮かんだ時にはもう手遅れで、気が付けば私は強かに地面に体を打ち付けていたのだ。


「よぅ、小役人。やっぱりお前はろくでもない奴だったな」


 それから三十分後。

 縄で拘束されたままマダム.コルニュに何度もビンタされた挙句、ネージュ・アイコウには見たこともない機械を押し付けられて気絶し、目覚めたときは警察の留置場だった。



✿✿✿十四日目。バルバラ・コルニュ✿✿✿


 私の名前はバルバラ・コルニュ。

 伝統あるエスタン村で村長を任されている。

 今日は我がエスタン村、いいえ、我が国にとって重要な式典が執り行われていた。

 大統領と農業食糧大臣、それを守る警備の者がぞろぞろと来て、村は何十年ぶりかに賑わっている。

 住民投票では賛成派が勝ったものの、僅差だったために、どこかで暴動でも起きるのではないかと冷や冷やしていたが、結局、マチュー・ドリーブ以外で実力行使に出た者は現れなかった。

 説明会で喚き散らしていたドナも、わざわざ賛成したと言いに来てくれて、とても嬉しかった。もしかしたら、彼が反対派の一部を説得してくれたのではないかと思って、聞いてみたのだけど、俺はなにもやってねえ、の一点張りで、とても分かり易いものだったわ。


 さて、村はずれの丘の上で開催されている植樹祭も、エスプリの足りていない挨拶が終わりを迎え、いよいよクレイドルの幹にあたる[アメノミハシラ]が埋め込まれる段となった。

 それは先日と変わらず薄紫色の綺麗な棒で、だけど、大きくなるとほとんどこの色は見えなくなって、ただの半透明の巨大な棒になってしまうのだという。


 出しゃばりな大統領がネージュさんからアメノミハシラを渡され、彼女に指示されるままに、えいっと地面に突き刺した。

 するとそれは、ずっと見ていたいほどのスピードでぐんぐんと大きく、太くなっていき、ネージュさんが「成功です」と宣言したら、割れんばかりの拍手喝采が湧きおこった。

 そうして、無事に植樹祭を終えることが出来たのよ。


 それから一週間後。

 ネージュさんによれば、アメノミハシラは幹回り六百メートル、高さ三千メートルにも達し、周辺一帯を無色透明のテンイで柔らかく覆ったらしい。

 それは、とても美しい光景であると同時に、ほんのりとした温かさをも、この村にもたらしてくれた。

 けれども、温かくなったのは空気だけではないのかも知れない。だって、久し振りにあの人のことを思い出せたのだから。


「ああ、ほんの少しだけかもしれないけれど、気温が上がって随分と過ごしやすくなった気がするわ。ネージュさん、この村を選んでくれてありがとう」

「いえ、大したことではありませんよ。私はこれからもっともっと、沢山のクレイドルを普及させて、罪を償わなければなりませんから」



  +-+-+ records over +-+-+


――発掘サレタ乙類KTJ-16817330664052905189号文書ノ復元及ビ再生ガ完了シマシタ。


――コノ記憶ヲ廃棄シマスカ?


    ハイ

 >> イイエ <<



 薄暗い作業ブースで、僕は一人、ため息をつく。

 今やあちこちに林立しているクレイドルも、最初は大変だったんだなあ。

 それにしてもコード:サクラだ。今回もノイズのように混じっていたこれは、いったいなんなのだろう。



 ❄――✿ 用語 ❄――✿

【ラヴクラフト財団】

 2550年頃に突如として歴史の表舞台に現れた科学技術集団。フランス共和国政府に働きかけて、クレイドルの実証実験をエスタン村で実行した。


【バルバラ・コルニュ】

 エスタン村の村長。高齢女性。クレイドルの建設に賛成している。

 クレイドルが完成したことにより、自身が若かったころの記憶が蘇り、とても幸せな気分になった。


【マチュー・ドリーブ】

 クレイドル建設のためにフランスの中央政府から派遣された役人。二十代前半男性。ネージュ・アイコウへの想いを拗らせるあまり、アメノミハシラ強奪という暴挙に及び、警察に逮捕された。


【ネージュ・アイコウ】

 ラヴクラフト財団の上席研究員。中年女性。


【ドナ・ブコー】

 エスタン村の住民。クレイドルの建設に反対していたが、住民投票の直前に賛成派に転じ、他の反対派数名に賛成するよう働きかけた。中年男性。


【ヴィクトル・ボージョン】

 エスタン村の住民。木こり。クレイドルの建設に賛成している。十代後半の男性。


【アンナ・マレ】

 エスタン村の住民。両親の経営する洗濯屋で働いている。クレイドルの建設に反対していたが賛成派に転じた。十代後半の女性。


【アメノミハシラ】

 クレイドルの幹の部分。地面に植えることにより巨大化し、先端からテンイを広げることによってクレイドルは完成する。


【テンイ】

 クレイドルの傘の部分。非常に軽い自然素材で編み上げられている。基本的に無色透明だが、着色することが出来るほか、特殊な条件下では七色に光を反射することがある。

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