第33話 私兵の暴走

 ホラント辺境伯と直接会うのは実は難しいことではない。

 ジャックのかたわらにいるピクシーの特技の一つは念話である。その能力を使ってこれまでの経緯も定期的に王宮に報告している。ピクシーはいわば王宮付きの連絡係という役職なのだ。


 通信の直接の相手は同じ妖精族ではあるものの、妖精族から直接話を聞くのは摂政だったり、場合によっては王様の時もある。要するに妖精を介せば、国の要職にある人間と直接話すことが可能なのだ。

 勿論、妖精族の数が極めて少ないからそうなっているのであって、本来であれば一介の戦士であるジャックのかたわらに妖精がいるという事はありえない。

 この妖精を介した連絡網は国中に張り巡らせてある。ホラント辺境伯の屋敷にも当然妖精はいるだろう。


「ことの経緯を王宮に報告して、直接ホラント辺境伯から話が聞けるように手配するね」

 ピクシーはそう言うと瞑想でも始めたかのように大人しくなった。


 それから小一時間ほど経ったところで、ピクシーは眠りから覚めたようにぱっと目を見開いた。


「はい、オッケー。アポ取れたよ」

 ピクシーは渾身のドヤ顔を披露しつつ、親指をグイっと立ててみせた。


 王宮にはホラント伯が魔物の襲撃に一枚かんでいるとでも報告したのだろうか? 

 ピクシーから連絡を受けた王宮、王宮から緊急の詰問を受けたホラント伯が順番に慌てていく姿が目に浮かぶようでジャックは苦笑した。


「よし、じゃあオスラに戻るか」

 ジャックは気持ちを切り替え帰路につくことにした。

 急げば今日中にはオスラに戻り、明日にはホラント伯と会うことが出来るだろう。


「……???」

 急ぎとはいえ、行きとは違い速足程度で移動していたジャックは不思議な感覚にとらわれていた。そしてそれは言葉となって口から出てきた。

「なあ、そういえばなんで俺こんなことしてんだろ?」


 よくよく考えてみればジャックは町で情報収集している時に魔物襲撃の報を聞いただけである。

 襲撃を受けたメンドルフ村には行ったことが無いので知り合いもいない。なのに救援にかけつけ、あまつさえその原因を突き止めるために領主の屋敷に談判しに行こうというのである。

 ジャックは自分の行動原理が分からなくなりつつあった。


「正義の味方だからじゃない?」

 ピクシーは笑っている。

 ピクシーはこれまで受けてきた様々な依頼同様、ジャックがこうして本来の任務以外のことに手を出すことが嬉しいらしい。


 そうこうする内に二人はオスラに到着したが、既に日が沈んだ後であった。


 翌日の午前十時、ジャック達三人はホラント辺境伯の屋敷の中……応接室にいた。

 貴族が平民を応接室に通すのは相当異例の事である。ホラント伯は王宮からの詰問が寝耳に水だったのだろう。自分の身の潔白を示すためにその使者に最大限の配慮をしたものと思われる。

 この時点でジャックはホラント伯自身が魔物襲撃に関与していないことをほぼ確信した。


「昨日メンドルフ村が魔物に襲撃を受けたことについて、私に聞きたいことがあるそうじゃが?」

 探り探りといった感じで口火を切ったのはホラント伯だった。


「その前に一つ確認したいことがございます。伯爵はこの度、急遽きゅうきょ税率を上げられたそうですがそれは確かでしょうか?」

 ジャックはそう言って話題の方向を少々ずらした。

 ジャックの想像通りであれば、この確認が最重要と思われたからである。


「いや、そのような指示はしておらんが?」

 魔物襲撃の非を鳴らされるのではないかとビクビクしていた伯爵は、何の話をされているのか分からずポカンとしている。

 この時点でジャックが頭に描いたシナリオはほぼ完成したといって良い。


「しかし、昨日魔物の襲撃を受けたメンドルフ村の住民は、襲撃の少し前に伯爵の使いと称するものに税を上げる旨、通知を受けたと申しております。しかもその増税を巡って口論になったとも聞き及んでおります」

 ジャックは客観性を保つことを心がけているが、どうしても村人の側に立った物言いになってしまっていることを自覚していた。


「誰がそのようなことを……!? 私の名を語る者がいるというのか?」

 魔物襲撃の話から大きく反れているが、それはそれで大事だとばかりに伯爵は怒気をあらわにする。


 ジャックは続けた。

「私がメンドルフ村に到着する寸前、村の外で伯爵の配下と思しき五名とすれ違いました。そして増税を通知した者達も五名であったことは村人に確認済みです。全員の名前は分かりませんが、内一人がトマス殿であったのは間違いありません。」


「うぬぬ……誰かトマスをここに連れてこいっ!」

 ホラント伯は顔を真っ赤にして侍従に言い放った。


 しばらくしてトマスは何食わぬ顔をして部屋に入ってきたが、部屋にジャックがいることを知って顔色が変わった。


「トマス! お主らは私の名を語って税を徴収しようとしたというのは本当か?」

 ホラント伯は今にも壁にかかっている宝剣に手をかけそうな勢いで詰問した。


「……」

 トマスは青ざめたまま何も言わない。


 この時点でホラント辺境伯の配下に不心得者が少なくとも五名いることはほぼ確定だろう。恐らく彼らは税と偽って私腹を肥やそうとしていたに違いない。


「ホラント伯、彼らが私腹を肥やしていたことは大問題でしょうが、今は他に優先すべきことがあります」

 このままだとらちが明かないと思ったジャックはトマスに助け舟を出す形で話題を切り替える。


「村人が直訴に出ると主張した為、それをうやむやにするために魔物をけしかけたな?」

 ジャックもどうやったらそんなことが出来るのか? という部分は全く分からない。こう言ったのは、カマかけである。


「っ!?」

 ホラント伯はただただ驚いていた。魔物を意のままにコントロールすることが出来るなどといった報告は受けていないし、勿論そんなことは出来るはずが無いと思っている。


「……」

 トマスは依然黙秘を貫いている。


 そこへ口を挟んだのはこれまで傍観していたジオであった。

「魔物は仲間が攻撃を受けると、集団で反撃してくる。その性質を知って悪用したのじゃろう」

 ジオの口調は怒りで震えていた。


「四十年前もそうじゃった。本当なら必要の無い戦いじゃった……一部の馬鹿共のお陰で……」

 ジオは無念さを滲ませながらも、吐き捨てるように言った。


 ジャックもピクシーもこの一連のジオの発言には、その内容、ジオの活舌かつぜつ、その両方に驚いた。しかし、話の腰を折る訳にもいかないので黙っていた。

 そしてこの辺りまで聞いて初めてホラント伯はその発言の主がであることに気が付いたようだ。それと同時にジャック達への態度もかなり丁重なものへと変わっていった。


 その後、トマスへの詰問は尋問へと変わっていったが、最後までトマスは何も話さなかった。恐らく重い処分が下ることになるだろう。他の四人も追々見つかるはずである。


 とはいえ、関係者を処分した所でこちらから魔物を攻撃したという事実は消えない。これをきっかけにして四十年前と同じことが起こるかもしれないのだ。

 ホラント辺境伯は今後対応に追われることになろう。


「では私達は本来の任務へ戻ります」

 ジャックはそう言うと伯爵の屋敷を後にした。

 ホラント伯爵が今後の魔物対策に奔走されるように、ジャック達の剣探しも急ぐ必要が出てきたのだ。

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