第5話 苦いビール
任務を果たして祝杯をあげに戻ってくるはずの酒場に、何の成果も無く戻ってきたジャック達は
ピクシーは珍しく大人しい。どうやら事の
よくよく考えれば当たり前のことだが、ピクシーは念話をしている間はしゃべることが出来ないらしい。ジャックがそんな小さな発見をした直後に店の者が声をかけてきた。
「おや、あんた達だね。ジオ様を訪ねてきたっていう旅の方は」
物腰柔らかく話しかけてきたのは恐らく例の先代女将だろうとジャックは直感した。
「ああ、まさか勇者様があんな風になっているとは知らなかったがね」
メニューに視線を落としながらジャックはやや吐き捨てるようにそう言った。
「ここは酒場だ。取り敢えず何にする? お勧めは特製のビーフシチューだ」
先代というからにはもう引退しているはずなのに女将の商魂はたくましい。
「じゃあそれを。あとビール……二人前づつ頼む」
ピクシーを一人前と数えていいかは
「あいよ。お待ち」
数分後に女将はこれぞ自慢の一品といった風に満面の
確かにお勧めというだけあって
いつもならすぐにパクリといくところでジャックは大きく首を振る。そうすることで「目的は料理じゃない」と自分に言い聞かせると、注文の品を運んできた女将を呼び止めて勇者様についての情報収集を再開した。
「確かジオ様がこの町に来たのは……あの事故の前の年だから三十二年も前になるのかねぇ」
女将は古い記憶を頭の片隅から引っ張り出すようにぽつりぽつりと話し始めた。
「ジオ様は魔物被害にあった町を回って色々復興の手伝いをしていたみたいだね。この町にも着くや否や土木作業みたいに体力が必要な仕事を無報酬でやってくれてたよ。町の男達も勇者様と一緒に働くんだって先を争うように重労働に精を出してたね」
女将の回想には勇者様に対する感謝と尊敬の念が感じ取れる。やはり当初はみんな歓迎していたのだろう。
しかし、懐かしそうに昔話に興じていた女将の顔が曇り始める。
「でも、鉱山で大規模な落盤事故があってね。事故の報に触れたジオ様はすぐに生存者の救出に向かったんだよ。生き埋めになった幾人かを外まで抱えてきて、更に救出に引き返そうとしたとき倒れたのさ。鉱夫の話だと重度の酸欠になってたみたいだね。その後はあんな感じになっちまったのさ」
そして吐き捨てるようにこう続けた。
「町の奴らは散々世話になったのに、その後は知らん振りさ。その後に生まれた世代は知ろうともしない」
どうやらその「恩」を忘れていない人々が交互に世話をして今があるようだ。
「勇者様の晩年としては寂しいものだな」
ジャックは他人事ながら
「そうだ剣。勇者様は剣を持っていたはずだが、それが今どこにあるか分かるか?」
過去の出来事を思い出し、
「そんな細かいことは覚えちゃいないよ。ただこの町で剣を振るう必要は無かったはずだけどね。剣に用があるならあの家を見て回っても誰も文句は言わないと思うよ」
そんなものは無い。そう言いたげな雰囲気を
「ビールが苦いな……」
ジャックはやや温くなってしまったビールを口にしてそう漏らした。その苦さはホップの苦みだけではなさそうだ。
いつの間にか王宮への報告を終えたピクシーも料理に手を付けていた。
しかし女将との会話を聞いていたのか、珍しく塩らしい雰囲気だ。
ピクシーのビールもいつもより苦いに違いない……
宿屋に戻るとピクシーが申し訳なさそうに切り出した。
「ねぇジャック……」
いつも明るく騒がしいピクシーが様子を
「こんな状況で言いにくいんだけど、王宮は剣を見つけるまで帰ってくるなって言ってるよ。任務は勇者様から剣を譲ってもらうことじゃなくて、剣を見つけて持ち帰ることだって」
勇者様がボケているなら黙って剣を持って来いということなのだろうか? 直接の恩があるわけではないが、多くの人々を救った勇者様から剣を盗むような真似をジャックはしたくなかった。
しかし、それも剣があった場合の話だ。
無ければ探さなければならなくなる。勇者様が自らどこかに置いてきたのか、既に誰かに譲っていたのか、それともボケた後に盗まれたのか、そこから調べなければならない。とはいえ、今となっては手掛かりは皆無に等しいだろう。
唯一の救いは久しぶりに柔らかなベッドで寝られること……ではなく、ピクシーのおしゃべりが無い静かな夜を迎えられることだろうか。
「明日また勇者様の家に行ってみようよ」
ピクシーは珍しくそれだけ言うと大人しく寝てしまった。
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