第6話 勇者宅にて

 朝っぱらからジャックの足取りは重かった。

 剣があるにせよ、無いにせよ、どちらにしても任務は方向性の異なる困難な二択になるのは目に見えているからだ。

 どちらかといえば剣はあって欲しくない。ジャックはやはりボケた老人宅から勝手に物を持っていくような真似はしたくなかった。

 しかし、そうなると剣の探索には恐らく年単位の時間がかかることになるだろう……いや、何年かかろうと見つかればラッキーといったところか。


「まぁそうなったらそれでも良いかもな」

 ジャックには王都に戻らなければならない理由は一つもない。三十六歳にもなって友人も嫁も、恋人すらもいない。生まれ育ったのは別の町だからこれといった思い出もない。仕事場と家を往復するだけの毎日。

 そんな町に戻って今まで通りの生活をするくらいなら、任務とはいえ、明確な目標があり続ける生活の方が幸せなのかもしれない。


「まぁいつまで給料が出るかは分からんがね……」

 歩きながら独り言を連発するジャックにいつものピクシーなら大はしゃぎで突っ込むところだろう……が、今はそんな気になれないようだ。


 そうこうしている内に二人は昨日訪れた勇者宅前に到着した。


「こんにちはー ジオさんいらっしゃいますか?」

 ジャックはそう挨拶したものの、返答は期待していなかった。ただ黙って人の家に入り込むのは気が引けるという気持ちがそうさせていた。


「お邪魔しますよ」

 そう言って扉を開けると、家の中で揺り椅子に腰かけているジオが視界に入ってきた。

 知らない人間が突然入ってきたにもかかわらず、ジオの目に警戒の色は無かった。こちらをチラッと確認する素振りはあったものの、また空中の一点を見つめユラユラ椅子を揺らしている。


 ジオが住む家は外から見たままの簡素な造りだった為、見回すまでもなく隅々まで目に入ってきた。そして目的の剣はやはり見当たらない。


「これで少なくとも盗人にはならなくて済みそうだ」

 ジャックはこの瞬間に任務が更に困難なものに変貌したにもかかわらず、どこかで安心していた。ピクシーも同じことを考えていたのか、その表情に持ち前の明るさが戻ってきたように見える。


「ねぇおじいちゃん。ボクのこと覚えてる?」

 たった一回、ほんのちょっと会っただけの妖精……まぁ妖精という点ではインパクトは大きいだろうが、覚えている訳がない……というより、いきなりおじいちゃん呼ばわりである。ジャックはそうとは知りつつ、ピクシーの馴れ馴れしさに今更ながらに呆れていた。


「ねぇおじいちゃん。昨日はあれからお魚釣れたの?」

「ねぇおじいちゃん。今日の朝ご飯は何を食べたの?」

 ピクシーはジオに取り留めもない質問を連発している。


 しばらくピクシーの言いたいようにさせて、ジャックはジオを観察していた。

 どうやら人……正確には妖精の声は聞こえているようだ。時折何か答えようとする仕草をするものの、頭の中にあるものがうまく言葉にまとまらない……そんな様子がチラホラ見受けられる。


「もしかしたら記憶はあるのかもしれないな……」

 そう呟いたものの、それを引き出す術はない。一瞬光明が見えた気がしたジャックだったが、すぐにそれを自分で否定せざるを得なかった。


 成す術無しである。ジャックとピクシーは勇者宅を後にせざるを得なかった。

 するとドアを開けたところで酒場の女将と鉢合わせた。

 そろそろお昼時だ。恐らく今日の勇者様の昼食のお世話をするのは女将の番なのだろう。


 大勢の方がジオ様も喜ぶから……ということでジャック達は女将に呼び止められ昼食を共にすることになった。


「ジオ様、今日は大好きなワインも持ってきたんですよ」

 女将は料理をテーブルに並べると、昼だというのにワインの栓を抜いてみんなに振舞った。


「やっほー! 昼からお酒だー嬉しいなっと♪」

 ピクシーはそういって真っ先にワインを口にした。


 その傍ら、頼りなげな震える手でグラスを口元まで運び、勇者様もワインを口にした。

「おお、このワインは……懐かしい味。みんなで、飲んだワイン……」


 食べることに気を取られていたジャックとピクシーはお互い顔を見合わせて素っ頓狂な声を上げた。

「今話したの誰!?」

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