第32話 魔物達の怒り
リーベク村から戻ってきた翌日、ジャックは次に行く村を決めるに当たって情報を収集していた。すると町の一角が妙に騒がしいことに気が付く。
どうやらメンドルフという村が魔物の襲撃を受けているとの報告があったらしい。それを受け、ホラント辺境伯配下の騎士団が出撃するようだ。
昨日まで自分で見聞きしていた情報とは方向性が大きく異なる知らせに接し、ジャックは動揺した。何がきっかけであの大人しい魔物が攻めてくることになったのだろうか?
襲われた村の人達は無事だろうか?
鈍重な騎士団が今から行って間に合うのだろうか?
瞬時に様々な考えが頭の中を駆け巡り、ジャックは居ても立っても居られなくなった。
メンドルフ村は昨日訪れたリーベク村とそれほど離れておらず、ここオスラからも徒歩で半日といった距離にある。
ジャックは歩きでは救援にはならないと思い、走っていくことにした。当然ジオは留守番となり、ピクシーだけが付いてくる。
下級貴族の集まりである騎士団は騎馬の者もいるが、重装歩兵も混ざっている……そしてなによりその使命感が低いことから進軍速度がとても遅い。
ジャックは王宮にいた頃より騎士団のお飾りっぷりを目の当たりにしていたので、自分一人でも早く現場に到着することを目指した。
もうすぐ村に着く……そんな時に村の方から下卑た笑みを浮かべて歩いてくる五人の青年をジャックは見かけた。
村から逃げ出した人間にしては妙に余裕がありげだし、年齢からしたら襲撃された村を真っ先に守らなければならないような若者達だ。
ジャックは不審に思ってその若者達をよく見ると、その中の一人は先日ホラント伯の屋敷で会ったトマスだった。
「こいつら全員ホラント伯の私兵か?」
ジャックはこの男達にそこはかとない違和感を覚えたが、今はそれを詮索するような時間は無い。小さな声で呟いたものの、そのまますれ違うことにした。
「なんか変な奴らだね。私兵とはいえホラント伯の配下なら村を助けに行くのが筋じゃないの?」
ピクシーもここで揉め事を起こす時間は無いことを十分承知している為、ジャックの耳元で小さな声で囁くに留めた。
「取り敢えずこの件は後回しだ!」
ジャックは自分に言い聞かせるようそう言って先を急いだ。
ジャックは走った。しかし村に着いた時にはもう魔物の襲撃は一段落していた。町の一角からは火の手が上がっており、広場では負傷者が手当てを受けていた。
ジャックはピクシーに目配せすると、自分は火事の消火に当たった。ピクシーは当然負傷者の手当てだ。
あらかた事後処理が終わった辺りでようやく騎士団も到着した。といってももうすることは無いので、所在なさげに村の中をウロウロしている。
「まぁあんな連中でも、うろついていれば魔物も警戒して攻めてはこないだろう」
ジャックは皮肉を呟くと、村の人間を捕まえて経緯を尋ねた。
この村でも昨日まではリーベク村と同じように、魔物は特に何の害もない生き物として扱われていた。なのに今日の昼過ぎに突如として集団で襲い掛かってきたという事だ。
町の人間は慌てて応戦したものの、魔物は組織的に攻撃してくるし、
「何故急に襲ってきたか心当たりはあるのか?」
ジャックは自分が見聞きした限り、あの魔物達が突如襲ってくる姿を想像できない。何がそうさせたのかは気になるところだった。というより、そのきっかけがはっきりしているなら他の村にも注意喚起する必要があると考えていた。
しかし村人の返事はジャックの期待を満足させるものでは無かった。
「そういえば」
村人の一人が何かを思い出して話し始めた。
「魔物とは直接関係ないとは思いますが、襲撃の少し前に辺境伯様の代理の方々が税の取り立てに来たんですが、少々揉めてしまって……」
自分でも関係が無いと思っているのか、領主との揉め事を恐れているのか、村人は最後まではっきりと話すことが出来ない様子だった。
恐らくジャック以外の者がこれを聞いたら、魔物の襲撃にかこつけて、領主への不平・不満をぶつけているだけのようにも聞こえたかもしれない……しかし、ジャックには心当たりがあった。
「その辺境伯様の代理人というのは伯の私兵で人数は五人だったか?」
ジャックは多少語気が荒くなるのを自分でも感じていた。
村人は黙って首を縦に振ることでジャックの問いを肯定した。
「そいつらと揉めたと言っていたが、何を揉めたんだ?」
ジャックは更に尋ねる。
どうやら辺境伯の私兵達は、魔物との戦いに備えて税をいつもより一割多くよこせと言ってきたようだ。そして急にそのような増税を聞かされた村人との間で口論が発生したとのこと。その最中に村人の一人が領主に直訴すると言った途端に私兵達は引き返した。そしてその少し後で魔物が襲ってきたというのだ。
「何となく関係があるような無いような……」
不敵な笑みを浮かべてそう言うピクシーの目は関係あると言いたげだ。
「だが、相手が相手だ。馬鹿正直に正面から申し立てても潰されるだけだぞ」
ジャックも同意見だったが、伯爵相手に庶民ごときが何をできるというのか。下手をして投獄でもされようものなら自分の任務が達成できないどころか、ジオの面倒を見る者もいなくなってしまう。
「取り敢えず伯爵に直接会う方法ならあるよ」
ピクシーは奥の手だと言わんばかり胸を張り、自慢気な表情を披露した。
問題はこの騒動に伯爵が直接絡んでいるのか、それともその配下の私兵だけが暴走しているのかという点だ。
流石に前者は無い……とジャックは思いたかった。
民を苦しめて何とも思わない貴族がいることは確かだが、流石に自分の領地で自ら魔物を暴れさせるようなことをする馬鹿はいないだろう、というのがジャックの見立てだった。
「会ってみるか」
八対二……その位の分の良い賭けをするかのような気持ちでジャックは言った。
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