第31話 魔物と子供

「今日は近くのリーベク村に行ってみるか」

 ここ数日オスラで聞き込みをしたものの、あまり有益な情報が得られなくなってきたジャックは目先を変えてみることにした。


「久しぶりの遠出だねー」

 ピクシーもオスラの町には飽きてきたのか、ジャックと同様の考えのようだ。


「おお、久しぶりの……外じゃの」

 ジオも久々の外出ではしゃいでいる。


 オスラでの聞き込みでは余計なトラブルを避ける為に、ジオには宿屋で留守番をしてもらっていた。しかしそれも数日続いたので、ジオの不満が高まっているだろうことはジャックも承知していた。

 今日向かうリーベクは小さな村らしいので、オスラの様に大勢のお婆さんの話題の的になることも無いだろう。

 そう思ってジャックはジオを連れていくことにしたのだった。


 オスラからリーベクへは徒歩で半日もかからなかった。聞いていた通り、住人が数百人程度の小さな村だった。


 ここではジオをピクシーに任せて、ジャック一人で情報収集することにした。

 ジャックもここ数日のオスラでの聞き込みでそれなりに話し方もこなれてきている。取り敢えず住人の中に溶け込むと、「ジオの奥さん」と「ジオの剣」について尋ねて回った。

 しかし出てくる話はオスラと似たり寄ったりで、決め手になるような話は出てこなかった。


 小さい村だったので、ジャックがこの村の老人達に一通り話を聞いて回るのにはそれほど時間を要さなかった。


「今から戻れば夜までにオスラの宿につくな……」

 有益な情報が得られなかったのは残念だったが、そうとなれば長居は無用とばかりにジャックは引き返すことにした。

 そもそもリーベク村には宿屋がない。野宿には慣れているが、村の中でそんなことをすれば住人に警戒されるに違いない。無用なトラブルを避ける為ならジャックは強行軍もいとわない。


 そうと決まればジオやピクシーと合流しなければならない。

 ジャックはキョロキョロと周りを見回したが、二人の姿は見当たらない。


 何処に行ったのかとしばらくウロウロしていると、村外れの小川でこの村の子供達が川遊びをしているのを少し離れた所から眺めている二人を発見した。

 どうやらこの場所を気に入った……というより子供達を眺めていたいと言ったのはジオのようだ。ジオは目を細めて子供達が遊んでいるのをみていた。


 まだジャックには理解することができないが、老人は時として子供達が遊ぶのを眺める……ただそれだけのことが楽しいということは過去の経験から知っていた。


「もうしばらくこのままにしておくか……」

 ジャックはジオの幸福そうな顔を見ると、すぐオスラに戻ろうと言い出すことは出来なかった。


「ん?」

 しばらくジオと子供達を眺めていたジャックは、あることに気が付いた。


「ピクシー。子供達が遊んでいる所のちょっと上流にいるのって魔物じゃないか?」

 少々遠いのと、逆光の関係ではっきり視認できないが、一緒に遊んでいるにしては少々不自然な位置にいる子供の様な存在にジャックは気が付いた。


「良く見えないけどそうかも知れないね。注意した方が良いかも」

 ピクシーはジャックに警戒する様に促した。

 ノースフォーヘンでの一件でもそうだったが、ピクシーは魔物を一方的な敵とは見ていないようだ。とはいえ、人間にとって無害な存在であるとは言い難い過去があることも承知している。


「ああ、分かってる」

 ジャックもピクシーの考えていることは分かったので直ちに攻撃するつもりはない。いざとなっても魔物は単独のようだし、ジャックは注意しつつもしばらく静観することにした。


「……」

 何かが変だ。

 魔物は特に何かをする風でもなく、子供達の様子を窺っているだけだ。

 ジャックは四十年前の魔物襲撃の話を聞いているので、魔物は人を襲うものという先入観がある。しかし、そのイメージと今見ているものとではかなりの差異があるように思えた。


 しばらくすると魔物は何処へともなく去って行った。

 ジャックは遊んでいる子供達の所へ足を運んだ。


「君達! ちょっと良いかな?」

 昔に比べるとジャックの子供達に対する態度はかなり柔軟さを増している。

 とはいえ、まだまだ甘いと言わんばかりに保護者面をしてピクシーもついてくる。


「今あそこに何かいたかい?」

 ジャックは例の魔物っぽい生き物がいた辺りを指差して言った。


「あーあれは魔物なんじゃない?」

 子供達の一人が無邪気にそう言うと、他の子供達も思い思いに魔物に関する私見を披露してくれた。


 それによるとやはり魔物は単独で現れるらしく、ある程度の距離を保ちつつこちらの様子を見ているだけのようだ。

 子供達は最初は怖くてすぐ逃げていたそうだが、あまりに頻繁に見かけるようになって慣れてしまったとのこと。危険を感じたことも全く無いようだ。


 以前ノースフォーヘンで見かけた時もそうだったが、魔物は人を見つけたら直ちに襲い掛かってくるような生物ではないらしい。とはいえ、魔物が何のために人の町に出没するかが分からない以上、警戒は怠れない。


「良く分からない生き物には近づいちゃダメだぞ。危ないかもしれないからね」

 ジャックは子供達に諭すよう優しく注意した。この辺りの優しい口調にジャックの成長が現れている。


 ジャックは子供達の側を離れると、村の中心に戻った。そこで何人かの大人を捕まえて魔物について聞いてみた。


「なんか気が付くと近くにいる時があるなーって感じだね。今じゃ慣れちゃってあんまり気にもならなくなったよ」

 いちいちそんな小さな事を気にしてはいられない……村人からはそんな回答しか得られなかった。

 村人はそのほとんどが農家だ。作物を荒らすとなれば話は別だろうが、そうでなければその辺の野生動物と何ら変わらないのだろう。


「魔物なんて特に何かしてくるわけじゃないし、可愛いもんさ。それに比べたら役人の方が何倍もおっかねーよ。収穫物を税としてごっそり持っていった挙句に難癖付けて賄賂まで要求するんだからまったく手に負えねぇ」


 ジャックが南部から来た戦士と知って安心したからか、村人は地方領主の圧政についての不平不満をジャックに吐露とろしていた。


 ジャックは地方領主の領地運営方針に口を出せる程偉くは無いので、このような話を聞かされても愛想笑いを返すことしかできなかった。

 しかし、これまでも住民の領主に対する不平を耳にしたことは度々あったが、この一帯はそういった不満のレベルが他の地域に比べると一段も二段も高い……ジャックはそんな印象を受けていた。


 国の中央から遠く離れた辺境だけに、国としての統制、秩序といったものが行き届かないのだろうか?

 ふとそんなことを考えたジャックであったが、あまりに自分の領分から離れた事なので深く考えず、忘れることにした。


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