第38話 失踪
洞窟を出るとそこは
外に出たことで気分を切り替えようとしたジャックであったが、洞窟の中で狂ってしまった時間と空間の感覚はすぐには戻らなかった。
半分夢心地といった状態でしばらく歩いていると、なんとも懐かしいような感覚にとらわれた。
「なんだ? 俺はここを知っている!?」
ジャックはこう感じるのが感覚の狂いによるものだと思っていた。しかし、何かが変だ。歩きながら目に入ってくる風景は何か懐かしい……そんな気がしていた。
そんなジャックの視界に最初の建物が飛び込んできた。ことさら特徴がある建物ではなかったものの、そのシルエットはジャックの頭の片隅にあったものと符合した。
「あれ? ここベルゲン村じゃないか!?」
ジャックは驚きで声が裏返った。
ベルゲン村は国の南部にある村だ。洞窟に入ったのは北部の辺境……ここがベルゲン村だとすれば、あの洞窟はアバディール山脈を貫通していることになる。
「え? ベルゲン村ってジャックの生まれ故郷の?」
ピクシーはこれまでのジャックとの会話から、ベルゲン村という名前だけは知っていた。しかしこんな場所にあるとは思わず、ジャック同様驚いているようだ。
驚きを隠しきれない二人とは対照的に、ジオの目は何か懐かしいものを見ているような雰囲気が感じられる。
勿論それはジャックがジオの記憶が戻っているのでは? と勘ぐっていたからそう見えたのかもしれない。
「ぐるっと国を一周してきたって訳か」
ジャックは頭をかきながら感慨深げにそういった。
それもそのはず、ジャックが王命を受けて最初に訪れた町であるフリースラはこのベルゲン村の隣町だ。
「取り敢えず休むとするか。勝手知ったる……ってね。俺ん家まだあるかなー?」
ジャックもこの村に来るのは十数年振りだった。懐かしさのあまりにこみあげてくるものがあったが、それをごまかす様に明るくそう言って足早に進んでいった。
ジャックが向かった先には古びて薄汚れた小さな家があった。
「流石に十年以上放置してたからな……」
ジャックは「懐かしい」という感情をこう表現することで誤魔化した。
やはり久しぶりの実家というのは嬉しいものだ。しかし、それを素直に表現するにはジャックは歳を取り過ぎていた。
ジャックはかつての光景を取り戻そうと、その後は無言で蜘蛛の巣を手で払っていった。
「へー ここがジャックの育った家なんだー」
ピクシーはもの珍しそうに家の中を見回したが、ありきたりな感想しか口に出来なかった。それほど何にも無い、ごく平凡な庶民の家だった。
「まぁ掃除にちょっと手間取るかもしれんけど、野宿よりはまし程度にはするから。しばらくその辺ウロウロしててくれ」
普段掃除などすることが無いジャックが、何故か少し楽し気に室内を片付けている。
ジャックに言われたから……という訳でもないだろうが、ジオは家の内をチラッと見た後は家の外側、近所と見て回っている。ピクシーもそれについていく。
ようやく一晩位なら快適に過ごせるだろう、といった程度まで綺麗になった所でジャックは一人の訪問者を迎えた。
「おばさん!」
ジャックは家の入口に立つ女性に気が付き、子供の様にぱっと明るい表情を見せた。
「ジャック。立派になったわねー」
久しぶりに会ったその女性は、典型的な挨拶をジャックに贈った。まぁ近所の子供が十数年振りに帰ってきたら、それ位しかかける言葉は見つからないのかもしれない。
この女性はジャックの母親が亡くなった後、何かと世話を焼いてくれたジャックの恩人だ。といってもジャックは一方的に世話になるのは嫌だったから、母親が無くなった六歳の頃から森で獣を取るようになっていた。その得物をこの女性に料理してもらって、そこから自分の食べる分をもらっていた。
「家はこんなだけど、お母さんのお墓だけはちゃんと綺麗にしてあるからね。後でお参りしてきな」
女性はそう言って簡単な食事を置いていってくれた。
「ありがとうございます」
ジャックはそう言って帰っていく女性の後ろ姿に深々と頭を下げた。
「それじゃあ夕飯前に墓参りをしておくか」
ジャックは慣れない掃除から気分を切り替える為にそう言って、軽く伸びをした。
「まぁあの二人にとっては関係ない人の墓だからな……」
ジャックはジオとピクシーに変に気を使ってもらいたくなかったし、自分も一人で墓参りがしたかった。二人はちょうど出かけているし、その間に墓参りを済ませてしまおうと家を出た。
しかしジャックが母親の墓に着くと、そこには墓標をじっと見つめるジオの姿があった。
それは墓参りをしているという雰囲気ではなく、いつもの調子で一点をずっと眺めている……その先にたまたま墓があるといった感じだった。
ピクシーはそうやって固まっているジオを近くで見守っている。
「あ、二人ともここにいたのか」
ジャックは二人に近づくなり声をかけた。しかし、ピクシーはすぐジャックに気が付いたようだが、ジオはピクリともしない。
「なんかさっきからずっとああなの。ここにきてボケが酷くなったのかな?」
フラフラ歩き回った挙句、ここで固まったように動かなくなったジオを見てピクシーはそう思ったようだ。
「で、ジャックはボク達を探しに来たの?」
ピクシーはここがジャックの母親の墓とは知らないので、いつまでも帰らない自分達を探しに来たものと思っている。
「いや、墓参りを……お袋の墓なんだ」
ジャックはジオがじっと眺めている墓標に視線を送った。
そう言われてピクシーは改めてお墓を見た。墓標には「アリス」とある。ジャックのことは色々聞いて知っていたつもりのピクシーだったが、母親の名前はこの時初めて知ったようだ。
「じゃあボクもお参りしていくね」
ピクシーはピクシーに似つかわしくない黙とうを真面目に捧げている……というより何か考え込んでいるようにも見えた。
「黙っていると死んじゃうと思ってたんだがな……」
ジャックは当然冗談だが、そう呟くと少し笑ってしまった。
その後ジャックも墓参りを済ませ、動かなくなってしまったジオを背負って家に帰った。
そして先ほどもらった食事を食べ、その日は寝ることにした。
「……」
「ジャック、ジャック、起きてよっ!」
翌朝、ジャックはピクシーにたたき起こされた。
「ん? どうしたこんな早くに?」
眠い目をこすりながらジャックは声のする方を見た。
ピクシーはかなり慌てている……というより焦っている? 若干涙ぐんでるようにも見える。その段階でジャックは何か緊急の事態が発生していることを悟った。
「なにがあった?」
ジャックは重ねてピクシーに尋ねた。
「ジオが……ジオがいなくなっちゃった」
うろたえる……狼狽する……という言葉があるが、実際そういう姿を見るのは初めてかもしれない。ジャックはピクシーを見て何故かそんなことを考えていた。そういうジャックも恐らく狼狽していたのだろう。
「いやいや、ボケ老人が徘徊するのは珍しいことじゃないだろ?」
そうは言ったものの、ジャックもジオがそんなことをこれまで一度もしたことが無いのは承知している。
何とかしてピクシーの言っていることを否定したい……そういった考えが出させた言葉に過ぎなかった。
「だって、テーブルの上にあんなに気に入ってた剣も置いていってるんだよ」
ピクシーはテーブルの方を指差した。
確かにジャックの剣がポツンと置いてある。これまでは移動するときは勿論、寝る時も側に置いていたものだ。それ一つとっても確かにおかしい。
「急いで探しに行こう」
ジャックはさっと身支度を済ませ、家を飛び出た。
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