第39話 剣の目覚め

 勢い良く家を飛び出したジャックだったが、その一歩目をどちらに向けるかについて考えは無かった。


 そもそも勇者の剣を探して北部の辺境を旅していたら、いつの間にか南部の実家に着いていたのである。ジャックは現状を把握するので精いっぱいで、次に目指すべき場所を考えている余裕が無かったのである。

 その上で、ボケ老人となったジオが何処を目指すかとなると皆目見当もつかない。

 ピクシーの方を見ると、ピクシーも首を横に振るばかりだ。


「冷静に考えよう」

 ジャックは足を止めて自分を落ち着かせるためにそう言うと、ピクシーと向き合った。


「正直、ジオが何処に向かったかは全く見当がつかない。ただ、実質的な選択肢は二つしかないはずだ」

 ジャックは頭の中に周辺の地図を描きながら続ける。


 ここから向かうとすると、南部なら隣のフリースラの町が歩きで三日程度だ。その次に近いのは王都だが、通常はフリースラを中継するルートになるからそちらは考えなくても大丈夫そうだ。

 フリースラに向かっていないとすれば、再び洞窟を通って北部に戻るコースしかない。


「フリースラか洞窟か……」

 ジャックは呟いたものの、たった二つの選択肢が選べないでいた。

 ジオの行動原理が分からないからだ。


 ジオがどれだけ理解していたか分からないが、「勇者の剣を探す」という観点で行けば有力な手掛かりがいくつも得られた北部に戻るという選択をするかもしれない。


 一方、懐かしい、慣れ親しんだ土地に本能的に戻っているとすればフリースラが有力だ。ジャックはジオの出身地は知らないが、ここ三十年ほどはフリースラにいたことを知っている。


「どっちに行ったかじゃなくて、どっちに行くと危ないかを考えた方が良くない?」

 ピクシーはジャックの思考に一つの方向性を与える為、異なる視点を提供した。


 ジオがフリースラに向かったとすれば、最初にいた家に戻るはずだ。戻った後はあの女将さん達が世話をしてくれるから取り敢えず心配は無いはずである。

 逆に北に向かったとすれば不確定要素がいくつかある。まず洞窟の中でジオがちゃんと松明の火を維持できるか分からない。洞窟を抜けたとしても、フィンドル村にはジオを知る者がいないから誰も世話はしてくれない。それに北部は今魔物の襲撃リスクもある。


「北だな!」

 ジャックは洞窟方面には向かっていないだろうと思っていたが、万が一のことを考えると最初に探すのは洞窟及び北部の村々だと判断した。


 往路はジオがいたから洞窟内で一泊の野宿が必要だったが、復路は一人で走ったのでジャックはその日の夕方前にはフィンドル村に到着していた。

 しかし、洞窟を出たジャックが見た景色は、夕方とは無関係に赤く染まっていた。


 タイミングが良いのか悪いのか!? フィンドル村はちょうど魔物の襲撃を受けており、火の手が上がっていた。


「馬鹿な!? また魔物に手を出した奴がいるのか?」

 ジャックはよりによってこのタイミングでと、恨めし気にこう叫ぶと加勢に向かった。


 ジャックは珍しく帯剣している。ジオが置いていった剣を持ち運ぶのにそうした方が楽だったからなのだが、格闘術の方が得意なジャックにとっては腰に剣があると動きにくい。

 その為、加勢に向かう途中で何処かに置いておく為に無意識に剣を抜いていた。


 その刹那、三匹の魔物が協調してジャックに襲い掛かってきた。

 ジャックは元々魔物に敵意を抱いていたわけではない。しかし襲われたら反撃せざるを得ない。

 丁度右手に持っていた剣でその三匹を薙ぎ払った……


「えっ!?」

 攻撃した方のジャックが戸惑いの声を上げる。


 反撃といっても襲ってきた魔物を追い払う位のつもりで放った一撃だった。にもかかわらず、三匹の魔物は同時に後方へ吹き飛んでいた。

 剣が物理的に三匹同時に当たることはあり得ない。魔物もそれを計算に入れて攻撃してきているのだから当たり前の話である。

 しかし、ジャックの攻撃はその三匹を同時に撃ち払ったのだ。


「???」

 ジャックは何が起こったのか? その結果はその目で見て承知しているが、何故そうなったかの理由については理解が追い付いていない。

 自分の頭がおかしくなったのかとさえ思えてきている。


 そういった意味では自分も緊急事態といえたかもしれないが、村はその前から緊急事態である。ジャックは戦士特有の合理性から、考えても分からないことは後回しにする習慣があった。そして、とにかく目前の理解できる緊急事態の方を優先することにした。


 魔物は先ほどの三匹以外では火の手の上がっている方向に五、六匹ほど見えている。

 その魔物達は仲間がジャックにやられたのを見て、ジャックに猛然と迫ってくる。

 魔物が一匹一匹は弱いのを承知しているジャックだったが、複数が同時に攻めてくるのは流石に怖かった。彼らは各々武器を手にしているし、こちらからは同時に攻撃できないように、そして向こうからは同時に攻撃できるようにジャックを取り囲むように動いている。


「ピクシーの世話になるしかないか……」

 武器を持った魔物に取り囲まれても、ジャックは死ぬとまでは思っていない。しかし、無傷で済むとも思えなかった。

 ジャックはまず自分の前方にいる三匹を先ほどと同じように剣で薙ぎ払った。その結果を確認する前にクルっと後ろを向くと、後方にいた三匹にも同じように一撃を放った。


「またっ!?」

 ジャックは自分の悪い予想が外れたことに安堵することになった。

 怪我をするどころか、ジャックを取り囲んだ六匹の魔物をたった剣の二振りで撃退したのだった。

 しかし、やはりなぜそうなったのかは分からなかった。


 取り敢えず村を襲っていた魔物は全て逃げ散っていった。

 後は消火と負傷者の手当てを残すのみだ。ピクシーは既に手当てに向かっているので、ジャックは消火の方に回った。


 村が落ち着きを取り戻すのにはそこから二時間ほどを要した。


「ありゃ何だったんだ?」

 村が落ち着くと同時にジャックも自分を落ち着かせ、改めて自分の剣をじっと見つめてみた。


 剣はこれまで見たことも無いような異彩を放つ……といったことは無く、見慣れた姿のままであった。

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