第28話 辺境の町オスラ

 ピクシーは翌朝、目を覚ましたジオに詰め寄っていた。

「お爺ちゃん。結婚してたの?」

「奥さん何処にいるの?」

「ずっと一人にしておくって可哀そうじゃない?」

「お爺ちゃん酷い!」


 クラウスの話ではジオが結婚していたという話は不確実なものだったはずだが、ピクシーの中ではすでに既成の事実になっているようである。


「???」

 しらふだからか、とぼけているのか、それともピクシーの連続攻撃に驚いているのか、ジオはキョトンとした顔でピクシーを見ている。


「覚えてないんじゃないか?」

 ジャックは元々期待していなかっただけに冷静だった。

 そもそも覚えていたら三十年以上もフリースラの町でボケっと介護を受けている訳が無い。


「それより奥さんの方を探し当てた方が手っ取り早いだろ。奥さんを目の当たりにすればジオの記憶も戻るかもしれんし……」

 恐らく「勇者」の奥さんともなれば探すのに手間はかからないだろう、とジャックは高を括っていた。

 ジャックは確実に剣に近づいている。そんな手応えを感じている。


 この国の北部、辺境と呼ばれている地域には大きな町は二つしかない。南への玄関口であるここノースフォーヘンと、ホラント辺境伯が統治しているオスラだ。

 多くの人はこの二つの町に住んでいて、僅かばかりの人がオスラ周辺に点在している村にいる。


 ジオの奥さんが辺境にいるとすれば、北部最大の町オスラにいる可能性が高い。仮にその周辺の村にいるのだとしても、オスラを拠点に各村を訪れた方が効率的であろう。ジャック達は準備を整えオスラを目指すことにした。


 南部の人間がと呼ぶだけに、ノースフォーヘンの町を一歩出ると何もない荒野が何処までも続いている。


 ジャックにとって幸運だったのは、荒涼とした大地ながら道だけは綺麗に整備されていることだった。ジオは相変わらず車椅子の上でジャックの剣を抱きしめたまま、辺りをキョロキョロしている。

 しかし、この景色を見て何かを思い出してくれれば……と、ジャックが期待することは無かった。それほど何もない所だったのだ。


 そんな何もない中、ひたすらピクシーの話し相手をすること五日間。ジャック達はようやく目的の町オスラに到着した。


 道中、魔物に会うことは一度もなかった。彼らも何もない大地には用は無いらしい。魔大陸からは距離があるノースフォーヘンでは見かけたことを考えると、やはり人間のいる町に何らかの用事があるのだろうか?


「さて、ホラント辺境伯に挨拶でもしておくか……」

 ジャックはあまり気乗りしないといった感情を吐露とろするようにつぶやいた。


 先日会ったユーリヒ男爵の様な例外がいることを知ったジャックではあるが、基本的に貴族は嫌いである。よって自分から会いに行くようなことはしたくない。

 しかし、ホラント伯は王命で魔物の調査をしているらしいので、ジャックの知らない魔物に関する情報を持っているかもしれない。そしてそれは自分の任務を遂行するために必要なものの可能性が高い。


「情報収集は大事だからね」

 気乗りしないジャックの背中を押すように、ピクシーはウィンクしながら元気よくそう言った。

 ずっと一緒だからか、それとも暇があればジャックを質問責めにしているからか、ピクシーにはジャックの考えていることが手に取るように分かるようだ。


 貴族様との面会となると、形式ばった挨拶などが出来ないジオはトラブルの元になりかねない。まずは宿を確保して、ホラント伯の屋敷にはジャックとピクシーで向かうことにした。


 通常貴族との面会はわずらわしい手続きが必要で、時間がかかるものである。しかしジャック達は意外なほどあっさりと屋敷の中へ入ることを許された。

 ただし、出てきたのは魔物の調査を担当しているトマスという辺境伯の私兵の一人だった。

 ジャックが聞きたいのは魔物に関することであって、社交界の話ではないので全く問題ないのだが、この調子だとジャックの貴族嫌いは当面治りそうにない。


 結論から言うと、トマスとの情報交換はあまり有意義と言えるものでは無かった。

 魔物に関して彼らが保有していた情報は、町や村でしか目撃されていないこと、単独で行動していること、個々の魔物はそれほど強くないといった程度の事であった。


「ほぼ何も分かってないじゃないのっ! 数カ月かけて分かったのがそれだけって」

 宿に戻るとピクシーが何故かジャックに当たり散らしている。


 ジャックもピクシーと同意見だった。ノースフォーヘンからここまで見聞きした情報でほぼ足りる程度のものしかなかった。何か隠していることがあるのか、それとも単にやる気が無いのか、無能なのか……


「まぁこれから自分で探っていくしかないようだな」

 ジャックは自分を励ます様にそう言うしかなかった。


 それにしても王宮はこの程度の報告で満足しているのだろうか? 実際王都のある南部とここ北部は絶壁ともいえるアバディール山脈によって隔てられている。

 いざ魔物が大挙して魔大陸から攻めてきたとしても最初にやられるのは北部の町になるだろう。

 なので、王宮が魔物の情報に感度が低くなるのは分からないでもない。


 しかしオスラは真っ先に標的になりかねないのにこの体たらくである。

 ジャックはこの辺りに、ホラント伯が何らかの情報を意図的に隠蔽いんぺいしている可能性を懸念した。

 しかし、そういった調査は自分の任務からは大きく外れることでもあるので、当面は無視する他なかった。

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