第29話 世紀のプレイボーイ!?

「さて、と」

 ジャックはホラント伯の屋敷を出ると、本来の自分の任務に戻る為に一息ついた。


 自分の任務は「勇者の剣」の確保。当面の目標はそのカギを握ると思われる「勇者ジオ」の奥さんの捜索である。

 しかし、ジオが北部の町を渡り歩いていたのはかれこれ四十年近く昔の事である。当事者を除けば、明確に覚えている者は少ないかもしれない。

 ジャックは不安を抱きながら町を歩いていると、公園に四人の老人が談笑しているのを見つけた。


「こんにちは。少しお話させてもらってよろしいですか?」

 傍から見ると作り笑いそのものといった表情で、ジャックは老人達に近づいていった。


「こんにちはー ちょっといいですかー?」

 見ていられない……そんな保護者の様な表情を一瞬見せつつ、満面の笑みをたたえてピクシーも続く。


「ところでみなさんは勇者ジオのことを何か覚えていますか?」

 冒頭に若干の世間話をしたものの、ジャックはすぐに本題を切り出した。


「もちろん! 昨日のことのように覚えとるぞ」

「一緒にこの町を復興させたことがわしの一番の自慢じゃ」

凛々りりしいお方だったわねー」

「働いていた時もそうだったけど、みんなで飲んでる時の笑顔が印象的な方だったわねー」

 老人達の反応はジャックの想像を超えるものであった。

 お爺さんもお婆さんも、勇者ジオのことは今でもはっきり覚えているようだ。


 ジャックはこの場にジオがいないことにホッとしていた。

 この老人達の美しい過去の記憶……昔のこと過ぎて幾分美化されている思い出を現実で上書きしてしまう所であった。


「そのジオ様ですが、奥様がいたとか……どなたかご存じですか?」

 更にジャックは踏み込んだ。


「……ソフィア婆さんの事かな?」

 一人の老人がポツリと言った。


 ビンゴッ! まさか一発で見つかるとは思っていなかったジャックは飛び上がらんばかりに驚き、かつ喜んだ

 ……がっ


「いやいや、シャーロット婆さんと付き合ってたんじゃないのか?」

「何言ってるんですか、シャーロットが付き合ってたと言うのなら、私も付き合ってましたよ」

「私もデートしたことがあったわねー」

 老人達は、まるで若者が恋バナを楽しむような勢いでしゃべり始めた。しかも出てくる女性の名前は簡単には尽きそうにない……


「そういえばフリースラの女将がジオは女好きだったと言ってたな……」

 ジャックはこの事をすっかり忘れていた自分に呆れてしまった。

 そして目一杯ぬか喜びしてしまったことを恥じた。


 分かったのは、ジオとそれなりに親しかった女性は相当の数に上るという事だけだった。


「これ、ジオを連れて聞いて回ったら喧嘩になっちゃうかもね」

 わざとそうして事の顛末を楽しむかと思っていたが、流石にピクシーもそこまで悪趣味ではないようだ。


「参ったな……」

 すぐそこまで手繰り寄せた糸が、再び彼方に遠ざかっていくのをジャックは感じていた。

 実際どれほどの関係だったのかは知るよしもないが、これだけ沢山いるとなるとその誰かに剣を託したとも考えにくい。


「でも、もしかしたらその中に本命がいる……のかも、しれないよ?」

 自分の言っていることは楽観論に過ぎると自覚しながらも、ピクシーはそう言わざるを得ないといった面持ちだ。


 取り敢えず老人達のおしゃべりは止まりそうにないし、日も傾いてきたのでジャックは一度宿に戻ることにした。

 宿への道すがら、ジャックとピクシーはこの件でどうジオを問い詰めるか考えていたが、良い考えは浮かんでこなかった。


「よっ! 世紀のプレイボーイ! にくいねー」

 考え抜いた末に行きついたピクシーの答えはこれであった。


「???」

 ジオは何を言われているのか分からないと言った顔をしている。


「お爺ちゃんはこの町に住んでるソフィアって女の人覚えてる?」

 ピクシーは取り敢えず老人達の話に出てきた女性の名前を次々にあげていった。


「???」

 ジオの反応は変わらない。


「あーもう! 取り敢えず一杯いこっか!」

 ピクシーは宿屋の亭主に酒を持ってこさせると、ジオに勧めた。

 そして酒が入ったジオに改めて同じことを尋ねた。


「あーソフィアね。可愛らしい……娘だったなー」

「シャーロットとは……湖まで、釣りに出かけたことが……あったかのぉ」

 飲んだジオは具体的に名前をあげると思い出すのか、次々に語り出した。


 しかし、どの女性ともそれほど親しい間柄になったという感じは無い。

 それはあたかも都合の良いことだけを思い出して、ほじくり返されると困ることはとぼけているようにも見える。


「お爺ちゃんホントに覚えてるの? その中に奥さんはいないの?」

 しびれを切らしたピクシーは直球勝負に出た。


「うん? わしは、結婚したことは……ありゃーせんよ。みんな……友達だからのぉ」

 ピクシーの投げた直球をジオは意識してか、無意識なのか、のらりくらりとはぐらかす。


「じゃあ剣は? その内の誰かに剣を預けたりしなかった?」

 当時の女性のことを思い出している内ならば……と、ピクシーは大本命の質問もしてみた。


「だーかーらー! 剣なら……ここに、あるじゃろ」

 ジオは、ジャックから預かっている剣を指さす。

 これまでも何回か交わされたやりとりである。その都度考えるが、わざと話をはぐらかしているのか、単にボケているのか、ジャックは未だに判断が付かない。

 そして今回もジャックとピクシーはお互いの顔を見てため息をつくしかなかった。


「取り敢えず色々思い出していることだけは確かだよな?」

 ジャックはピクシーに確認した。

 流石にジオが語った思い出話が全て作り事とは思えない。女性絡みで多くの記憶を呼び戻せるのなら、そこに活路を見出したいとジャックは考えていた。


「うーん。まぁ今の所それしかないよねー」

 ピクシーもジャックに同意はしたものの、自信はまるで無さそうだ。


 この任務についてから、最も剣に近づいたと思えた日はこうして終わりを迎えたのであった。

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