第52話 出頭

 ジャックがピクシーを置いて宿を出てから一カ月後。

 ジャックは謁見の間にて王の前にひざまずいていた。王のかたわらにはピクシーが怒り心頭といった面持ちではべっている。


「報告は聞いている。命に背いたとはいえ、お主のやったことは称賛に値する」

 王様直々のお褒めの言葉である。平民のジャックからしたらそれだけで一生自慢できるほまれである。

 ピクシーは怒っているようだったが、取り敢えず王様からのおとがめはなさそうだ……ひとまず胸を撫で下ろしたジャックは王の次の一言で凍り付く。


「で、勇者の剣はどうした? 今は持っていないようじゃが?」

 王はジャックの腰に目をやるといぶかし気にこう尋ねた。


「そ、それは……今私の手元にはございません」

 ジャックは暗に「ここに来る前に隠してきた」ことを王に伝えた。


「あのような力を持った剣じゃ。国が直々に管理するべきだと思うのだが……お主は反対なのじゃな?」

 王はジャックの予想通り、剣は国で管理するべきと主張した。

 恐らく逆の立場だったらジャックもそう考えるだろう。しかし、ジャックはゆずる訳にはいかなかった。


「いえ、私が最後まで責任を持って管理いたしたく……ご許可頂けないでしょうか?」

 最悪このまま捕縛、投獄となったとしても、その意志は変えない……ジャックの目にはそうした不退転ふたいてんの覚悟がありありと見て取れる。


 王とジャックの問答がこのまま行き詰まれば、王の側近の者達が事態を収拾させようとするだろう。すなわちジャックの逮捕・投獄である。

 そして、それはほぼ実現するかに思えた。


「王様、こんな奴とっとと牢屋にでも放り込んで、拷問でもして剣を隠した場所を白状させればいいんですよ」

 そう割って入ってきたのはピクシーであった。

 ピクシーはやはりオスラの宿屋に置いてきぼりにされたことを怒っているようだった。


「まてまて、そう早まることもあるまい。国の功労者を拷問にかけたとあっては、王としての信義にもとるというものじゃ」

 一般的に、自分より怒りの度合いが強い者が近くにいた場合、それを見た者は抑え役に回ることが多い。この場合、ピクシーと王がちょうどその関係にあった。


「でも、このままじゃ王様の威厳に傷が……」

 ピクシーは不満タラタラという様子だった。しかし、私怨しおんを晴らそうとするかの様なピクシーの態度は、強く意見を主張する根拠に乏しく見えた。


「では、こうするとしよう」

 王は一呼吸あけて処分を下した。


「ジャックよ。お主の功績は絶大じゃ。しかし剣を隠匿いんとくし、王命に背きかたくなにそれを明け渡さぬことを許すことはできぬ」

 王はジャックの功罪両面をあげた。しかしその順番からして、どうやら処分はジャックにとってあまり好ましくないものが下ろうとしているようだ。

 ジャックは息をのんで王の次の言葉を待った。


「よって、ジャックの戦士としての任を解く」

 この王の一言により、ジャックは戦士をクビになった。そしてそれは王宮、ひいては王都からの追放をも意味する。


「はっ」

 短く返事をしたジャックは、重い処分に肩を落とした。

 同時に最悪の事態だけはまぬがれることが出来て胸を撫で下ろしてもいた。

 ジャックは深く頭を下げ、そのまま謁見の間を去ろうとしたのだが、王の言葉にはまだ続きがあった。


「ピクシーよ。お主は目付としての役割をおそろかにし、ジャックの逃亡を阻止できず、あまつさえ剣を隠匿いんとくせしめるに至った。その罪をなんと心得る?」

 王はジャックよりも、ジャックにそれを実行させる間を与えてしまったピクシーにこそ罪ありと主張した。


「えっ!? ボク……ボクが悪いと言うのですか?」

 ピクシーはまさか自分に類が及ぶとは思っていなかったのだろう。動揺しているように見えた。


「うむ。お主も王宮から追放じゃ。一生ジャックについて剣がきちんと管理されているかを監視する……それがお主への罰じゃ」

 王はピクシーにも追放の処分を下した。それに加え、一生ジャックを監視するという役務までつけている。


「えー そんなー」

 ピクシーは目に涙を溜めて訴えたが無駄であった。処分は下ったのである。

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