第10話 熊退治も仕事のうち?
「いってらっしゃーい。がんばってねー」
ピクシーはいつもと変わらず底抜けに明るくジャックを見送った。
一方、とんだ超過勤務を押し付けられた格好のジャックはピクシーとは対極といっていい程暗い。暗いというよりは不機嫌だった。
今回の熊退治は、拡大解釈すれば任務の一環と言えなくもない。だが、ジオが安請け合いしなければやらずに済んだことだ。
ジャックは特別がめつい訳ではない。労働には必ずその対価としての報酬がセットになっているとまでは考えていない。これまでも自分の仕事であると納得したものであれば無償であっても黙々とこなしてきた。ジオとの旅もそうしたものの一つだ。
しかし、自分がやる必然性が無いことについては、有償であろうと無償であろうと進んで引き受けるようなことはしたことがなかった。
それは自分の仕事でもないのにしゃしゃり出て、失敗したら恥ずかしいとか、それが他人の仕事の領分を犯すことになってトラブルになるのが面倒とかいった小さな理由の積み重ねでもあった。
今これからしようとしている熊退治は正にそういった、これまでなら無視していたであろうものである。ジャックが「なんで俺が?」と後ろ向きな気分になるのは仕方のないことだった。
そんな暗い気分で歩いていると、ピクシーが慌てて追いかけてきた。
「おーい。ジャックー! 剣は持ってかなくていいの?」
これから熊を退治しに行こうとしている男が丸腰なのだから、ピクシーの心配はもっともなものであった。
ジャックは「心配無用」とばかりに手のひらをピクシーに向け、その動きを制した。
ジャックは幼少の頃から食べる為に獣を狩っていた。しかし小さい子供にとって剣は重すぎて、素早く動き回る獣を倒すには不向きだった。そんな経緯からジャックは今でも剣術より格闘術の方が得意で、熊の一、二頭を倒すくらいなら素手の方が楽なのだ。
それよりも知らない土地の場合、熊を倒すより見つける方が一苦労だ……ジャックはそう思って熊の出没地点の情報を得る為に商人ギルドに向かっていた。
商人ギルドでは、ジャックが嫌々この仕事を引き受けようとしているのが申し訳なくなる程の手厚い歓迎を受けることになった。
どうやらこれまで熊の出没によって商人達が被った損害は相当大きかったようだ。
商人達はこの地を統べるリーネブルク公に何度もそのことを陳情していた。しかし、一向に手を打ってくれる気配がなく、ほとほと困っていた。そんな所に現れたボランティアである。歓迎されない訳がない。
ジャックは熊の出没地点や、その数などの詳細な情報を収集してそのまま現地に向かった。
確かに現地には獣に襲われて逃げ出した為に放置されたであろう荷車などが点在していた。熊は一度手に入れた獲物への執着心が強い。荷車だけになったとはいえ、下手に取り戻そうとすると町の中に熊を誘導してしまう恐れがある。
なので荷車の持ち主も何もできないでいるのであろう。
逆に言えば、この点在している荷車などを動かして一か所に集めてやればその熊が襲ってくるかもしれない。
ジャックは不精無精といった体でそれらの荷車を一か所にかき集めると、その近くで様子を見ることにした。
それから何時間が経過しただろうか……
「きたかっ!」
聞いていたのは親熊一頭と子熊が二頭のはずだったが、現れたのはどうやら子熊二頭のようだ。
三頭まとめて倒すのは大変なので、まずはこの二頭から……ジャックは動いた。
一対多の戦いの場合、最も気を付ける点は敵に同時に攻撃させないことだ。相手が二頭の場合、敵が縦に重なるよう自分の位置取りに気を付けて戦えば一対一の戦いを二回するだけである。
流石に戦士団にその強さを評価されてスカウトされるだけあって、ジャックは熊程度なら一対一で負けない自信があった。
ジャックは最初の一頭の胸を手刀で鋭くえぐると、すぐさま次の一頭に襲い掛かっていた。ジャックの手刀が二頭目の胸に突き刺さる。
その瞬間、ここにいないはずのピクシーの金切り声が聞こえた。
「ジャック! 後ろっ!!!」
ピクシーの声に反応して振り返ると、いつの間に現れたのか、親熊が鋭い爪をもつ腕で大きく振りかぶっていた。
「こいつはちょっとまずいかな?」
それなりに防具を着込んでいたので致命傷を負うことは無いだろうとは思いつつ、ジャックはそれなりの覚悟を固めた。
その刹那、「ドスッ!」という鈍い音と共に、見慣れた剣が親熊の胸を貫くのをジャックは見ることになった。
ジャックが親熊の後方に視線をやると、そこには剣を投げたであろう姿勢そのままの初老の男の姿があった。
にわかには信じ難いが、どうやらそれはジオのようであった。
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