第9話 困り事はありませんか?

 鉱山都市フリースラから平地を南東に進むとアストラン王国の第二の都市であるニオンがある。大きな町なので昔ジオが立ち寄ったことはほぼ間違いないだろう。


 ニオンまでは車椅子を押しながらだと一週間ほどはかかりそうだ。

 その間のジャックの心配事……というか避けたいものはピクシーのおしゃべりだ。これに付き合わされると体力や精神力を徐々に削り取られる。

 既に体験済みとはいえ、出来ることなら誰かと変わって欲しかった。


 そんなジャックのささやかな願いを知ってか知らずか、移動の間ピクシーはジャックではなく、ひたすらジオに話しかけている。

 ジオは時折もごもごと何かを答えているようだが、ジャックには聞き取れない。ピクシーはジオが自分の質問に反応するのが楽しいのか、目を輝かせながら質問をどんどん重ねていく。もちろんその質問の内容はあけすけで、普通だったら怒り出す様なものまで入っている。

 しかしジオは怒らない……というか基本的に都合のいい言葉しか耳に入っていないようだ。


 ピクシーからすれば、暖簾のれんに腕押しといった風情ではあるものの、意外にどんな質問に反応して、どんなものには無反応なのかといったことから何かを探っているのかもしれない。ジャックは多分無いだろうとは思いつつ、淡い期待を寄せていた。


 そうこうしている内に国内第二の都市ニオンに到着した。


「さて、まずは宿の確保。その後は酒場だな」

 ジャックにとっては仕事の一環である。適当な宿を見つけると荷物を降ろし、疲れを癒す間もなくすぐさま酒場探しに出かけた。


 普通の旅行者なら楽しいことなのだろうが、ジャックの表情からそういった感情は読み取れない。酒場選びも美味い料理や酒があるか? ではなく、地元の人間……特にジオと同年代の客が多いかどうかが選考基準である。


 夜になるのを見計らって、ジャックはジオとピクシーを伴って目星をつけた酒場の扉を開けた。

 事前にある程度の話を通していた為、勇者のことを知る年配者も幾人か揃っている。ジャックに話を聞いていた面々は心配そうにジオの顔を眺める。しかし彼らの目には懐かしさ、嬉しさがにじみ出ている。


「とりあえず乾杯しましょう!」

 ジャックが合図すると全員が声を合わせて乾杯した。たどたどしくではあるものの、ジオも酒を口に運んだ。


「やはり……長旅の後は、酒じゃのぉ」

 前にも一度見ているが、酒一杯で饒舌になるジオに再度ジャックは驚いた。


「ジオ様!」

 集まった面々は涙ぐむほど感激している。そして次々に杯を重ねていった。

 同窓会で昔の話に花が咲いたような状況がひとしきり続いた後、ジオが思い出したようにこう言った。


「何か、困ってること……あるか? なんでも……手伝うぞぃ」

 ジオの頭の中は町を復興していた辺りで時が止まっているのだろう。


 集まった者達はどう応えるべきか逡巡しゅんじゅんした。当然魔物の被害跡は現在ではきれいさっぱり復興してしまっている。かといって何もないといえばジオは明日にでも他の町に旅立ってしまうかもしれない。

 反対に「こんなことで困っている」といえばジオは積極的に関わろうとするだろう。それはそれで恐れ多いし、今となっては危なっかしい。

 困り果てた末にみんなはジャックの方に顔を向け、無言で指示を仰いだ。


 みんなから頼られたジャックであったが、その場にいる中では人生経験という点では一番の未熟者。どうするのが正解なのかという解は持ち合わせていなかった。


 しばらく悩んでいると、そんな事情を知らない隣のテーブルの若者が口を挟んできた。

「最近町の外に凶暴な熊が出没して、商人達が町に荷物が運び込めないって困ってたよ」


 いやいや、いくら勇者様とはいえ、老人に熊退治をさせるわけにはいかないだろう。ジャックがそう思った矢先にジオはドンっと胸を叩いた。

「……熊か。任せて……おくのじゃ!」


「マジで? 爺さん元気だね~」

 若者はこの老人が冗談を言っていると思ってはやしし立てた。そして酔いも手伝って少し意地悪なことを言いたくなってしまったようだ。

「じゃあ商人ギルドに行ってそのこと伝えておくよ。きっとみんな喜ぶよー」


「喜ぶかっ!? それは……やりがいが、あるのぉ」

 ジオは目を細めて喜んでいる。心底こういうことが好きなのだろう。


 このやり取りを聞いていたジオを取り囲む面々は、昔と変わらないジオを見て誇らしい気持ちになっていた。しかし、同時に心配にもなり視線をジャックに向けた。


「あんなこと言ってるけど、翌朝には元のボケ老人だよ」

 ピクシーはジャックが忘れていると心配したのか、そういって現実を突きつけてきた。

 その表現の仕方はともかく、ピクシーもやはりみんなと同じように何かを訴えかけるようにジャックを見つめていた。ジャックはその場にいる全員が、自分に何かをうながしていることを理解した。


「もしかして、俺がやるの?」

 任務の範囲を少しばかり飛び越えている気もするが、これも仕事の内と納得するしかなさそうだ。ジャックは諦め半分、義務感半分といった何とも複雑な気持でそう言った。


 自分達の求めていた回答を口にしたジャックに対し、みんなは安心して笑顔に戻っていた。

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