第36話 剣の手掛かり(後編)

 いくら張り切っているとはいえ、五日かかる距離を一日に短縮することは出来ない。中途半端な時間に出発したこともあり、ジャック達がレーヘル村に到着したのは四日後の昼だった。


 ここから見ると、アバディール山脈がこの国を南北に分断している様子が良く分かる。その山脈を構成する山々は年間を通じて山頂に雪を頂いており、人に越えられるとは到底思えない高さを誇っている。

 国の南北の往来が海路に限られているのも納得というものだった。


 そんな山脈がすぐ近くに見える程辺鄙へんぴな所にあるレーヘル村は、先日訪れたリンテン村より更に規模が小さい。

 ジャックは同じようにみんなを集めると、魔物についての注意事項を周知した。

 そしてその場でについて聞いてみると、ここでも有力な情報が得られた。


「勇者ジオ様は女性を連れていて、静かに暮らせる土地を探していた」

 とは、この村の長老の話である。


 これまでさんざん聞いて回って得られなかった情報が、何故か人の少ない辺境の地で次々と得られる……何とも皮肉な話だとジャックは思ったが、ここでは感謝する他ない。


 静かに暮らせる土地を探していたとするなら、更に奥地にあるフィンドル村に向かったに違い無い。何故ならこの奥にはもうその村しかないのだから。

 ジャックの期待は否が応にも盛り上がる。


「いよいよこの旅も終わりかな?」

 内なる期待が発露はつろするかのように、ジャックにしては珍しくポジティブなことを口にした。


 ピクシーは言葉にしないかわりに、希望に満ちた笑顔をジャックに向け、首を一回縦に振った。


 ジャック達はろくな休憩も取らずに、この旅の最終地点になるであろうフィンドル村に向かった。辺境にある最果ての村だけに、その道はさながら獣道のようである。しかし、剣の気配を感じて気合の入ったジャックには苦にもならない。

 三日ほどでそのフィンドル村へ到着した。


 そこはもうアバディール山脈の一角ともいえるような高地だった。よくもまあこんなところに人が住んでいると感心してしまう程の場所である。

 このような場所に人が住むのには何か理由があるのだろうが、ジャックはそこまで考えが及ばない。

 そう、ここには長々と探していた剣がある……はずなのだ。


 ジャックは村に入ると、はやる思いを抑え込み、まずは住民を集めた。当然魔物についての注意事項を周知する為だ。


 一通り魔物についての注意はした……そしていよいよ本題である。

 ジャックはジオの奥さんについて聞いて回った。


「この村にいるのは間違いない!」

 期待の高さから思わず声に出してしまっていることにジャック自身は気が付いていない。ピクシーも声にこそ出さなかったが、同じように確信しているような顔で辺りをうかがっている。


 しかし、そう確信したジャック達の期待は見事に空振りしてしまう。


 村の長老によると、外からこの村に移住してきた人間は過去何十年にも渡り一人もいないということだった。

 そして不思議なことに、この村にはジオのことを記憶している老人が一人もいないのだ。


「どこに消えてしまったんだ?」

 ジャックはキツネにつままれたような心地であった。


 レーヘル村で聞いた話だと、確かにジオとその奥さんと思われる女性はこの村に向かったはずだった。しかし、この村に移住はしていなかった。

 という事は立ち寄ったかもしれないが、通り過ぎたという事になる。しかし、ここより奥地に人の住んでいる村は無い。


「えー!? ここまできて振出しに戻るのー?」

 ピクシーはショックを隠し切れない様子で、腰が砕けたようにへたり込んだ。その言葉には絶望感すら漂っているようだ。


 ジャック達が何より歯がゆく思うのは、その正解を知っている人間がここにいるにもかかわらず答えが得られないことでもある。


「完全に手詰まり……か」

 流石のジャックも言葉に失望と諦めの気持ちが滲む。


 こうなると今後の方針が全く立たない。

 どこを探せばいいのか? その糸口がこんな辺境の更に奥地に来て、完全に断たれたのだ。


 ……呆然としているジャックの耳に、遠くで呟く小さな声が飛び込んできた。


「奥の洞窟を通ったんじゃない?」

 声の主はこの村の若者だった。


 この若者がこの発言をした瞬間、他の大人達が一斉にその若者をにらみ付けた。

 発言した若者も「しまった」とばかりに口を両手で押さえている。


 どうやらこの村には秘密があるようだ。


 剣の糸口は完全には断たれていないかもしれない。ジャックの目に再び希望の灯がともった。

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