第16話 キューピッド大作戦(前編)
「取り敢えず男の方に話を聞きに行ってみるか!」
ジャックは困難な仕事に向かう時はいつも自分に気合を入れるかのように、大きな声で独り言を
ピクシーによると、男性の名前はマテオで、町の北西に位置する狩人が多い地区に住んでいるらしい。
「おたくがマテオさん?」
気の弱そうな男にそう声をかけ続け、四人目でジャックは当たりを引いた。
「トラを狩って一人前にならなければ結婚しないって……本気かい?」
口下手……というより回りくどく説明するのが苦手なジャックは初対面にも
「えっ!? ああ、はい。そうです……」
突然呼び止められ、本来なら秘密にしておきたい事を大っぴらに質問してきた男に最大限の警戒態勢をとったマテオは蚊の鳴くような声でそう言った。
ジャックはこの一言、二言の会話だけでマテオという人間が垣間見えた気がした。流石にこれじゃ何年経っても無理……というよりトラと遭遇したら殺されかねないとジャックは思った。それほど狩人としてのマテオの線は細かった。
その後もジャックはマテオにいくつかの質問をしたが、マテオはほぼ無言で首を縦に振るか、横に振るかだけだった。とにかくなんとも頼りない。
唯一の救いは「トラを狩る」という意志だけは硬そうな所だろうか。
「OK! 君達の共通の友人からの頼みでね。君のトラ狩りに協力させてもらうよ。もちろんお代は頂かないよ」
そういうとジャックはマテオと肩を組み、「さぁ、行こうか!」とばかりに自分達の宿に向けて歩を進めた。
ジャックが宿に戻ると、依頼者に会いに行っていたピクシーも丁度戻っていた。ここで当人の意志を確認するべく、ジャックは簡単な作戦会議を開いた。
「あんたは一人でトラを狩りたい。それは確かかな?」
ジャックはガチガチに緊張しているマテオを気遣い、出来るだけ穏やかな口調で尋ねた。
「……」
マテオは無言で
「見つけたトラを俺が半殺しにした上であんたがとどめを刺す、とかそういった手法はありかな?」
これまでの話を聞いているとこれは無いだろうとジャックは思っていたが、一応確認する。
「インチキはしたくありません」
これまでほぼ無言だったマテオが、この部分だけははっきりと意思を伝えてくる。ジャックはマテオの心意気は買いたかったが、これは勇気というより
「じゃあ取り敢えずトラは俺が見つけてやる。お前の方に追い立ててやるから一人でやってみろ!」
普通なら襲ってくるであろうトラを、一人で追い立てると自信満々に言い切るジャック。
そのジャックはどれだけ強いのか? とマテオは
ジャックはその後数日間、町でトラの出没状況の情報をかき集め、ある程度の目星をつけてからマテオを誘い出した。そして最後にもう一度マテオの意思の確認をした。
「大丈夫です。やります!」
ここ数日の間に腹をくくったのか、マテオははっきりとそう答えた。
安心……というレベルではないものの、これなら勝機も見えないことは無いだろうとジャックは胸をなでおろした。
そしてジャックとマテオ、ピクシー、ジオの面々は森の奥へと入っていった。
ジオはここ数日、何かを思い出そうとしているのに思い出せないといった雰囲気で、苦しんでいるように見えた。とはいえ、何かを手伝うということも出来ない。
熊の時のように現場に出れば何かが変わるかもしれない。そういう淡い期待もあって今回も同行してもらうことにした。
その後、数時間も森を探し回っただろうか? ジャックは一頭の立派なトラを発見した。
「こんなデカいのじゃなくても良いんだがな……」
ジャックは心の中で毒づいた。
自分が狩りに来ているなら大歓迎だったが、今回は事情が異なる。マテオの得物は弓矢だが、恐らく一発で仕留めるのは無理だろう。となると矢を打ち込んでから素手なりナイフなりでの戦闘が不可欠だが、マテオは大丈夫なのだろうか? ジャックは不安だった。
とはいえ、なかなかお目にかかることが出来ない獲物だけに、選り好みは出来ない。
いざとなれば自分が倒せばマテオが大怪我を負うようなことは無いだろう……そんな算段がジャックにはあった。その為、この大きなトラをマテオの方に追い立てることにした。
ジャックからの合図があったことで冷静に弓を構えるマテオ。その前に誘導されたトラ。
落ち着いてさえいればほぼ間違いなく当たる状況をジャックは作ることに成功した。
「……っ!」
マテオの放った矢はトラの右目を射抜いた。偶然なのか、マテオの技量のなせる
あれなら一発で仕留められたかもしれない……と思ったが故にジャックに油断が生じる。
次の瞬間、トラは追い立てられた勢いそのままにマテオに襲い掛かっていた。
幸い右目を射抜かれたことでトラの攻撃は急所を外れたものの、マテオは胸に大きな傷を負ってしまった。
「ピクシー!」
ジャックは大声でピクシーにヒーリングを指示すると、トラが逃げていった方向を探った。そしてトラが戻ってこないであろうことを確認した後にマテオの怪我の状態を聞いた。
「急所はそれてるから心配いらないよ」
ピクシーはマテオを動揺させないよう、落ち着いた口調でそう言った。同時に重症だということをジャックに目で伝えた。
ジャックは自分の判断ミスを悔いたが、最悪の事態が避けられたことについては安堵した。
「お、俺は一人前になるんだ……そしてオリビアを迎えに……行くんだ!」
マテオはうわ言のようにそう言った。一人前の男になって彼女を迎えに行くんだという強い意志が伝わってくる。
ここまで何か様子がおかしかったジオだったが、そのうわ言を聞いた瞬間に激しく動揺する様な仕草を見せた。
「そうだわしも……あのひとの所に戻らな……そうだ、剣……」
明らかにジオは何かを思い出している。しかも剣という単語も口にしている。これは、とジャックもピクシーも期待した……が、一方でマテオが重傷を負っている。
二人とも「こんな時に」という思いだった。しかしマテオを放っておくことは出来ない。兎にも角にもマテオを医者に連れていくことが最優先なので町への道を急ぐことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます