第17話 キューピッド大作戦(後編)

 町に戻った一行は医者に直行した。

 ピクシーの見立て通り、重症には違いないが命に別条はないことを医者に確認するとジャックはやっと一息つくことが出来た。


 ほどなくしてマテオの意識が回復した頃、ピクシーがマテオの恋人オリビアを連れてきた。ジャックは深々とオリビアに頭を下げた。オリビアは軽く会釈をするとマテオを見舞った。


「オリビア、ちょっとヘマしちゃったよ。ははは」

 自嘲的じちょうてきにそう言ったのは、オリビアを心配させない為のマテオの気遣いなのだろう。


 それを聞いたオリビアは今にもこぼれ落ちそうな涙をこらえてこう言った。

「ドンマイよ。次はちゃんと倒すのよ」


 ジャックもピクシーもオリビアのこの言葉は意外だった。当然次回の狩りは止めるものとばかり思っていた。

 一生悔いを残して、引け目を感じながらマテオが生きていくのは見ていられないから……理由はそんなところなのだろうか? とにかくオリビアのマテオを思う気持ちが強いことは確かなようだった。


 取り敢えず数日は安静が必要とのことだったので、マテオの身の回りの世話はオリビアに任せてジャック達は宿に戻ることにした。


 マテオのことは心配には違いなかったが、ジャックとピクシーには確認しなければならないことがあった。

 ジオはあの時、明らかに何か重要なことを思い出している様子であった。

 状況から察する限り、マテオとオリビアの関係性をみて、過去の自分と被るものがあったとみるのが妥当であろう。


 ジオは何かを成すために、愛する女性の元を離れた。そして戻れなかった……というのがジャックの推理である。そして剣の行方もその女性が関係しているかもしれない。ピクシーも大筋で同じようなことを考えていたらしい。大きくジャックに頷くとジオに向かって尋ねた。


「おじいちゃん。何か思い出したの?」

 ピクシーは具体的なことを避け、外堀から攻めていった。


「……」

 しらふでも色々問答が出来るようになっていたのに、ここにきてまたジオは空中の一点を見つめるだけで何も語らなくなってしまっている。

 こうなるとボケてしまっているのか、何かを思い出したが故に黙ってしまったのかを推し量ることは難しい。


 だが明らかに任務は前進している。ジャックはここにきて確実な手応えを感じている。


「マテオとオリビアの為なのは勿論だが、ジオの為、俺達の為にもこの依頼は完遂しよう」

 ジャックはそういって気合を入れ直した。


 その晩のことである。

 ジャックは自分の部屋を激しくノックする音に起こされた。

 眠い目をこすって扉を開けると、息を切らし、今にも泣きだしそうなオリビアが立っていた。


「森か!?」

 ジャックはそのオリビアの姿を見ただけで全てを察した。


 急いで身支度を整え、ピクシーだけを起こして宿を出る。本当は記憶のこともあるしジオも連れだしたいが、夜なので危険と判断して置いていくことにした。


 ジャックは走った。恐らく場所は昨日のあの地点に違いない。敵は手負いとはいえ、それ故に凶暴化している可能性もある。重症のマテオだと危ないかもしれない。

 そういう思いがジャックの足を更に前に出させた。

 幸い今夜は満月。月明りによって視界はそれなりに開けている。ジャックはほどなくして木の陰に潜んで待ち伏せをしているマテオを見つけることが出来た。


 本来ならすぐさま保護して医者に連れ帰るべきであろう。しかし医者でのオリビアとのやり取りを見ているジャックは、すぐにそうした決断をすることが出来なかった。


「限界ギリギリまで見守ってやるか」

 今度は絶対しくじらないという強い意志を言葉に詰め込み、いざとなったら救援できるぎりぎりまでジャックはマテオに近づいた。


 トラは頭が良い。恐らく自分の目を射抜いた敵の存在を覚えているはずだ。そしてトラは獲物を狩るときは必ず背後から襲ってくる。となればジャックの位置取りは自ずと決まってくる。


「ん!?」

 位置取りのお陰でマテオより早くトラを察知したジャックは指で小石をはじいてマテオに当て、トラの出現を知らせた。

 怪我で判断力が低下している為か、突然小石を当てられたことを不思議とも思わずマテオは後方を振り返ると、一心不乱に矢を放った。

 昼間は確信できなかったが、マテオの弓の技術はかなりのもののようだ。今回も一発でトラの眉間に命中させ、トラは絶命寸前といった状態になった。後はとどめだけだ。

 しかしマテオの方もトラと似たり寄ったりで、容易にとどめをさせるような状態には無い。


「まぁこの位は……」

 ジャックはマテオの後ろに回り込み、マテオに持っていたナイフを握らせると、その腕を掴んでトラに突き立てるように押してやった。

 ナイフがトラに刺さる……その感触を確認して安心したのか、そこでマテオは気を失ってしまった。


「やれやれ。マテオとこのデカいトラ両方とも町まで運ぶのかよ……」

 そう毒づいたジャックだったが、マテオと同じで心は晴れやかだった。


 翌朝マテオの獲物のトラが運び込まれた町はざわついていた。

 大怪我を負ったものの、あのマテオがこんなデカいトラを……と狩人仲間のみんなが目を白黒させていた。

 ジャックは当初インチキを疑う者がいるかと懸念していたが、大怪我を負ったという事実が否が応にも真実味を増したことから、疑う者はいなかった。


「やったな!」

 ジャックは病院のベッドで意識を取り戻したマテオを称えるようにそう言った。


「はい!」

 そういうマテオの目は自信とジャックに対する感謝に満ち溢れている。

 オリビアもマテオのやり切ったという顔を見て感無量の涙をその大きな瞳に浮かべている。


「流石にこの先は一人でやんなよ」

 ジャックはここからは専門外だ、とでも言いたげにその場を後にした。


 この最後のやり取りはジオにも見せた方が良かったのかもしれない。しかし、流れ上どうしても出来なかったのが残念ではあったが、取り敢えずジャックの任務は完了した。


 ジャックは宿に戻ると、珍しくピクシーとジオに今回の仕事の感想を漏らした。

「世の中にはオリビアみたいな女性もいるんだな。考えを改めさせられたよ」


 ジャックはあえてマテオのことには触れず、オリビアについて語った。これはジャックの本心でもあったが、ジオの記憶への探りでもあった。

 ジオはジャックのこの言葉を聞いて、感慨に満ちた笑顔を作って見せた。その笑顔はジャックに何かを語りかけているように見えたが、具体的な中身については分からなかった。

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