第49話 魔王との交渉

「お主がジャックか?」

 謁見の間へと通じる最後の扉が開く。それと同時に魔王は口を開いた。

 魔王は他の魔物達と同様、羽が生えた人間の姿をしている。しかし、流石に魔物の王というだけあって、他の魔物達とは体格、風格が桁違いだ。

 そして、話し方には「いかにも」という迫力がある。


「はい」

 魔王に対する作法を知らないジャックは、直立不動の姿勢で返事をした。


 気合を入れて交渉に入ったジャックであったが、この時点で主導権を魔王に奪われてしまっている。

 交渉というのはよほどの場数を踏まない限り、元々の立ち位置で主導権がほぼ決まってしまう。その点で魔王は「王」という立場をうまく使っていると言えよう。


 反対にジャックの方はその腰に勇者の剣があるとはいえ、ただの平民の戦士である。

 その剣を手に戦闘経験を積んでいれば「勇者」として魔王とも対等に近い立場で交渉を始めることが出来たであろう。もしくはそういった経験があるように振舞って、はったりをかますという手があったのかもしれない。

 しかしジャックは明らかに交渉に慣れていない。


「人間がこの城まで来るのはお主で二人目だ。一人目のことは知っておるな?」

 こう話している魔王の表情からは感情が読み取れない。


「存じております」

 魔王の感情が読み取れない以上、下手にジオの話をする訳にもいかない。ジャックは短くこう答えるしかなかった。


 明らかにジャックは魔王の迫力に飲み込まれている……そう見たピクシーはジャックに耳打ちする。

「魔王も、周りの連中もジャックとその剣が怖いみたいよ。みんな冷や汗かいてるじゃん。余裕、余裕♪」


 そう言われてジャックはハッとした。

 言われてみれば、魔王を筆頭にその周りにいる魔物達は緊張しているように見える。


「何を言い出すか、何をしでかすか……分からないのはお互い様か」

 ジャックはピクシーにだけ聞こえるよう呟いた。

 ピクシーはウィンクしてそれに答える。


「今日は交渉に参りました。お互いにとって悪くない話だと思います」

 ようやくジャックの顔から不安や焦りといった色が消え去った。後はここに来るまでずっと考えてきたことを言葉にするだけだ。


「聞こうか」

 魔王は交渉の主導権をジャックに明け渡し、聞き役に回る。


 そこでジャックは腰の剣に手を添えてから話し始めた。

「そちらは恐らくこの剣がこの大陸で振るわれことを快く思われないでしょう」

 ジャックは決して挑発にならないよう、落ち着いて言葉を選んで話している。


「そうだな……」

 魔王はポツリと呟くように答えた。


「そこで私はお約束します。絶対にこの剣を魔物相手に振るわないと。その対価としてそちらも活動範囲を魔大陸に限定して、我々の国に入って来ないようにして頂きたい」

 ジャックは国と国、人間と魔物、過去の因縁や現在の係争といった複雑な話をすっとばして、単純な取引を提案した。


「ふふっ 勇者というやつはどいつもこいつも……」

 魔王はジャックには聞こえないほどの小声で呟いた。


「お主の王がその剣で魔大陸を攻めよと命令したらどうするのだ? もしくはその剣を他の者に与えてそう命じたとしたら? 先ほどの約束は守れないのではないか?」

 魔王は大言を吐いたジャックを試すように尋ねた。


 確かにジャックのような戦士にとって王命は絶対だ。魔王が言うように命ぜられたらやらなければならないし、仮にその命令を聞かなかったとしたら剣は取り上げられてしまうだろう。


「この約束が成ったら、その後私は剣を持って王宮を離れます。その後は旅人となって国内を放浪し、王の命令があったとしてもそれに応じないことをお約束します」

 ジャックは自分が国内でお尋ね者になりかねない……いや、間違いなくそうなるような提案をしている。


「ほぅ お主は王の命令を無視するというのだな? しかし一介の戦士にそのようなことが出来るとは思えんのだが?」

 先ほどから魔王の口調はどんどん硬さが取れ、ジャックをやさしく誘導するような口調に変わってきている。


「出来ます。今現在、私が王命を無視しているのがその証拠です」

 そう、ジャックへの王命は「北部にいる魔物の駆逐」である。魔大陸に渡れとも、交渉して来いとも言われてはいないのだ。


「ふむ。ではお主の言うことを信じたとしよう。では、お主が死んでしまった後はどうなるのだ? まさかお主は不老不死だとでも言うまいな?」

 魔王は少し意地の悪い質問をした……しかし、やはりその声にはジャックをやり込めてやろうという意志は感じられない。


「私は現在三十六歳です。恐らくあと四十年ほどは生きているでしょう。なので今後の間に限定した約束ということでどうでしょうか?」

 ジャックはここまで言ってふと不思議に思った……もしかしてジオも全く同じことをやったのでは? と。


 ここまでしかめっ面でジャックの顔をにらみ付けていた魔王の顔が、我慢の限界とばかりにはじけた。気が付けば魔王は膝を打って大笑いしている。


「許せ。お主の提案が四十年前のジオと全く同じなのが可笑しくてな……」

 魔王は笑いすぎてなのか、昔を懐かしんでなのか、目に涙を溜めていた。


 そしてジャックに種明かしをしてくれた。

 実は北部などに魔物が出没していたのは、約束の期限が切れた為、ジオと剣がどうなっているか調べていたのだという。

 ジオと同じような考えの持ち主に剣が渡って、これまで通りの平和が続くことを願っていたのは魔王の方だったらしい。


「だが、お主が進もうとしている道は厳しいものだぞ。良いのだな?」

 魔王は最後にジャックに確認した。


「勿論です」

 ジャックは晴れやかな気分でそう言った。

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