第24話 初航海
「ヴォエァァァァ」
出航して小一時間ほどが経過した頃、船に初めて乗ったジャックはその揺れに苦しんでいた。
「あらあら、感動的なお別れも台無しねー」
ピクシーはそう言ってからかったが、ジャックにはピクシーの相手をする余裕はない。
ピクシーは飛んでいるからこの辛さが分からないのだろう。ジャックは何とかこの苦しみをピクシーにも味あわせてやりたかった。
数十分後……
「ウォェェェェ」
飛ぶのに疲れたピクシーがジャックの肩で休憩を始めた数分後、今度はピクシーが苦しむ番がやってきた。ジャックはざまあみろと思いはしたが、他人が苦しみ始めたからといって自分の気分が良くなる訳ではない。しばらく二人仲良く甲板に転がることになった。
一方、ジオは他の乗客と酒盛り中で、船にではなくお酒でヘロヘロに酔っている。
「船に酔った時は酒で酔いを上書きすれば気持ち良くなれるぞっ!」
と、盛り上がってる連中は無茶なことをジャック達に言った。しかしジャックとピクシーは酒の匂いを嗅ぐのすら勘弁してくれといった状態で、とても酒を飲むことは出来なかった。
そこへ船長がやってきて、ジャック達にとっては凶報ともいえる知らせをもたらした。
「今夜は
船長はこともなげにそう言うと、また持ち場に帰って行った。
はぁ? 結構揺れるって、じゃあ今のこの状態は揺れてないとでもいうのか?
何に気を付けるのか? 気を付けていればこの酔いは無くなるのか? ジャックはあまりに平然とそう言ってのけた船長に心の中で毒づいた。
船長がそう言ってしばらくすると、船酔い中のジャック達にとっては気持ちが良い、冷たい風が吹いてきた。それにより多少気分がマシになった二人だったが、その風は
ジャック達は船員の指示によって船のほぼ中央部に移動してきた。ふと先ほどまでいた船の先端部を見ると、ある瞬間ではほぼ真上に、違う瞬間には真下に見える程船は大きく揺れていた。いや、揺れるという表現は正しくない。波に
ジャックは初めての船だから、この揺れが普通なのか、それとも尋常ではないものなのかの判断がつかない。そんな中、この船の船長は涼しい顔をして操船していた。
船長の顔色を見る限り、どうやらこの程度の揺れは日常茶飯事のようだ。ジャックはそう感じて安心した。
その船長は時々大きな声で何かを叫んでいる。
ジャックは最初何か船員に指示を出していると思っていたが、どうやら船長が叫んだ直後には決まって大波がやってくることに気が付いた。
「なるほど、船長が気を付けろと言ったのはこのことか」
ジャックは今更ながらに納得していた。船長が叫んで注意するから、海に落ちるなということだったらしい。
そうと分かれば力のあるジャックは特に怖くはなかった。ピクシーもいざとなれば飛べるので大丈夫だろう。問題は酒を飲んでいたジオだが……
ジオの方を見ると、一緒に飲んでいた仲間だろうか? 若者が必死にジオの体をロープで船に縛り付けようとしている。
すでに船の揺れが大きすぎてジオの元に向かうことが困難なジャックは、いざという時の為にジオから目を離さず見守ることにした。
どうやらジオの体を固定するのは終わったらしい。次はその若者が自分の体を固定する番だ。と、その瞬間船長が叫んだ。次の瞬間これまでにない大波が甲板を洗い、その波が引いた時には若者がいなくなっていた。
「ピクシー!」
ジャックはそう叫ぶと、船に備えてあるロープが付いた浮き輪を指さした。そしてほぼ同時に海に飛び込んだ。
瞬時に飛び込んだのが幸いしたのか若者はすぐ見つかり、ジャックはその身を確保することに成功した。しかし自力で船に戻るのはほぼ不可能なほど海は荒れている。
後はピクシー頼みだが……
流石に空を飛べるだけあって、ピクシーは正確にジャックの元に浮き輪を持ってきてくれた。あとは船員達がロープを引っ張ってくれれば助かる……
ジャックはそこで気が抜けたのか、その後のことは覚えていない。しかし二人とも何とか助かった。
「いやー、今回は流石にやばかったんじゃない? ボクにかなーり感謝してくれてもいいんだよ。ジャック」
ジャックは調子に乗ったピクシーに頭を下げるのは不本意だったが、素直にピクシーに礼を言った。そして横にいる自分が助けたとおぼしき若者に目をやった。
「危ない所をありがとうございました。あなたは命の恩人です」
いくら感謝してもし足りない。とばかりにジャックに頭を下げる若者はクラウスと名乗った。
「いや、あなたこそジオの命の恩人じゃないですか」
ジャックはクラウスがジオを船に固定してくれたことに対して礼を言った。
肉親でもない酔っぱらった爺さんを、自分より優先して助けるなんてなかなか出来ることではない。ジャックはこの若者を気に入った。
「陸に上がったら是非一杯おごらせてくれないか?」
流石に船の上で酒を飲む気にはなれないので、ジャックはクラウスにこう言って謝意を表した。
「いやー、流石に……今回は……怖かったのぉ」
海が平静さを取り戻したのにまだ酒が残っているのか、ジオは他人事のように言った。
旅慣れているからあの程度の
そこへ船の点検を終えた船長もやってきた。
「いやー、あんな
ジャックは船長が涼しい顔をしていたから、この程度の
人助けで海に飛び込んだは良いものの、下手をすれば……と考えるとジャックは今更ながらに怖くなってしまった。
「そういえば、この旅で初めて役に立ったんじゃないか?」
ジャックは不本意な礼をさせられたお返しとばかりにピクシーを皮肉った。
「あれー? さっき泣いてお礼を言ったジャックがもうそんな態度なんだ。帰りに同じことがあったらもう助けないよ?」
ピクシーは頬を膨らませてそう言ったが、少し誇らしげだ。
「でも……ジャック変わったね」
ピクシーは改めて言った。
「なにが?」
ジャックはピクシーが何を言いたいのか分からなかった。
「だって、旅を始めた頃のジャックならあんな事絶対しなかったと思うよ。自分で気付いてないの?」
ピクシーの口調には明らかにポジティブなニュアンスが含まれていた。
「???」
ジャックは自分が変わったという自覚は無かった。
だが、確かにこれまでの自分なら人の為にあんな無茶はしなかったかもしれない。
何故? と考えても答えは出なかった。
「そんなことより当面の問題を考えるとしよう」
ジャックはこう言って話題を逸らした。
「なんの?」
ピクシーも思ったことを口に出しただけで、特にその話題を掘り下げる気はなさそうだ。
「船旅はまだ四日も残ってるってことだ」
色々必死で、すっかり船酔いすることを忘れていたジャックだったが、ここにきてまた気持ちが悪くなってきた。
それはピクシーも同じだったようで二人揃ってうんざりという表情になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます