第23話 別れ

 料理屋の新装オープン。といっても大っぴらに宣伝するようなお金は無いので、人知れずひっそりと黒猫亭はスタート……するはずだった。

 しかし、初日からそれなりの席数があるにもかかわらず、黒猫亭はほぼ満員の客入り。

 理由はジオであった。


 どんなに美味しいものを出すといっても客のいない料理屋に新規客は入ってこない。逆に言えば、知らない店でも客が多ければそれにつられて続々と客は入ってくるものである。

 ジオはそんな効果を狙っているのか、単に仲間と騒ぎたいだけなのか、オープン初日に大勢の旧友を連れて店を訪れていた。


「あとはルースの腕次第だな!」

 ジャックはこの時点で店の成功を確信していた。

 ジャックがこう言ったのはルースの勝気な性格を刺激する為だ。


「任しときなっ!」

 気合が入り過ぎてルースの口調は黒猫団の頃に戻っている。

 そんなルースを見て、子供達も嬉しそうだった。


 初日、二日目と徐々にジオ達以外の客の姿が増えていき、一週間もしたらほぼ新規の客だけになっていた。

 看板メニューのハンバーグの評判は上々で、町を歩くとその噂をしている者もチラホラ見かけるようになっていた。


 二週間も経った頃には黒猫亭は完全に軌道に乗ったと断言できるレベルになっていた。子供達も出来る限りの手伝いをしているが、この調子だと何人か雇う必要も出てきそうだとジャックは考え始めていた。

 ……そう、ジャックはずっとここを手伝う訳にはいかないからだ。ジャックは一抹の寂しさを感じていた。


 仲間と協力して何かを作り上げる、成し遂げるということは貴重な体験だし、なによりその仲間との強い連帯感が生まれる。

 ジャックの中には、「このままこうしていたい」という気持ちが確実に芽生えている。

 しかし、「王命」という重たい任務がある以上、それは出来ない。

 ルース達との別れは近い……


 ルースも店が繁盛すればするほど、本来嬉しいはずなのにその表情は次第に曇っていくように見えた。恐らくルースの方もジャック達との別れを予感しているのだろう。素直に店の繁盛を喜んではいないようだった。


 今の所、ジャック達がこの町を出ていく理由は無い。

 ジャック達の主目的がジオの記憶の回復にある以上、その手掛かりになるようなものが無ければ動きようがないからだ。

 しかし、同時にこの町に居続ける理由もなくなりつつあった。

 ジオは毎日のように昔の知り合い達と飲み明かしているにもかかわらず、特に何も思い出していないからだ。


 ジャックは、他の町に移動しなくてはいけない理由が出てこないことを願っていた。恐らくルースも同じようなことを考えているだろう。

 しかし、その「理由」はすぐ出来てしまう。


 ここサウスフォーヘンは港町なので黒猫亭の客にも船乗りが多い。勢い店の中では他の港町の話題が豊富になる。

 当然、他の港町ではサウスフォーヘンの話がされているのであろう。その話の中には勇者ジオがこの町に滞在していることも含まれているはずである。


 そして勇者ジオの存在を知った人々は、自分達の町にも来て欲しいと願うだろう。

 そういった話は少し前からチラホラ黒猫亭でも聞くことはあった。それが最近少しづつ増えてきたのだ。


 そのリクエストの多くはこの国の北側、辺境と呼ばれる地域からだった。

 北の大地はかつてジオが討伐した魔物達が住む魔大陸にも近い。当然勇者ジオは昔、魔大陸に向かう途中で辺境の町々に寄っているはずだ。知り合いが多いのは当たり前である。


 ジオへのリクエストがもう無視できないレベルに達した、とジャックが判断した日の夜、ジャックはジオとピクシーにこう切り出した。

「北の辺境地域にジオを知ってる人が沢山いるらしい。この町ではもう剣のヒントも得られないようだし、そろそろ移動しようと思ってる」


「えっ? ジャックが良ければボクは構わないけど……」

 ピクシーにしてみればジャックのこの提案は意外だったのだろう。キョトンとしている。


「わしゃー ここも、楽しいが……北の仲間、にも会いに行きたい……のぉ」

 ジオは無邪気に賛成した。


 これで方針は決まった。行先は北の大地の玄関口、港町ノースフォーヘンだ。

 ここからは定期船が出ていて、次の便は明後日だ。


「それじゃあ明後日の便でこの町を出るぞ」

 ジャックは無念さを滲ませながらも、それを振り払うかのようにこう言うと布団にもぐりこんで寝てしまった。


 翌日、黒猫亭ではちょっとした事件が発生した。食材の仕入れが間に合わないというがあったのである。そして黒猫亭は開店してから初めての臨時休業となった。

 その日ジャックは荷物持ちとして、ルースの食材調達に駆り出された。


「食材、これっぽっち買うだけで良かったのかい?」

 ジャックはルースに町を出ていくことを伝えなければならなかった。二人で出かけるこの買い出しはその絶好の機会だと頭では分かりつつ、なかなか言い出すことが出来なかった。その結果こんな平凡な質問から会話を始めることにした。


「この町を出ていくのかい?」

 ジャックが核心に触れる前にルースが先に切り込んできた。

 恐らく昨晩ピクシーが伝えていたのだろうとジャックは瞬時に悟った。考えてみればルースが仕入れをミスるなんておかしな話なのだ。


 ジャックはルースの方を向いて話すことが出来なかった。港のベンチに腰掛け、水平線を見ながら王命の内容やジオの現状、北の辺境に剣のヒントがありそうなことなどをざっと説明した。


「ここに居たくない訳じゃないよな?」

 ルースはどういう返事が返ってくるか分かっていた。それでも恐る恐るという感じでジャックに確認した。


「そんなことあるはずないだろ。どちらかといえば……ずっと居たいくらいだ……」

 ジャックはルースの期待通り、大きく首を振って否定した。


「でも、今はやらなきゃいけないことがある……ってことか」

 ルースは寂しさと諦めが同居したような口調でこう言った。それは自分で自分を納得させようとしているようにも見えた。


「じゃあ、やることをやり切ったら一度はここに戻ってくること。約束だよ」

 ルースは、目に涙を溜めつつも最後は笑顔でこう言った。

 ジャックもそのつもりである。黙って首を縦に一度、力強く振って応えた。


 翌日、ジャック達はノースフォーヘンへ向け、定期船に乗り込んだ。

 流石に二日連続で店を休みにする訳にはいかないと、ルースは見送りには来なかった。

 寂しいが、余計な未練にならないようにそうしてくれたのだろうとジャックは考えることにした。


 そんなジャックの未練を無視するかのように船は定刻通り出航した。

 小さくなっていく港には見送りの人がまだ手を振っている。

 そんな中、先ほどまでいなかったはずのルースと子供達の姿があった。

 ジャックは気が付くと自分の手が千切れるほどに手を振っていた。


 そしてみんなの姿が水平線に沈む頃、ジャックはあの町でやってきたことを思い出していた。

 それを見ていたピクシーがジャックに話しかける。


「楽しかったねー」

「ああ……」


「黒猫亭繁盛して良かったねー」

「ああ……」


「子供達、嬉しそうだったねー」

「ああ……」


「もったいなかったねー」

「ああ……?」


「ルース可愛かったのにねー」

「ああ……ん? うるせぇ!」


「きゃー! ジャックが怒ったー」

 ピクシーがそう言って笑うとジャックは寂しさが紛れた気がした。


 ノースフォーヘンへの到着は五日後の予定だ。

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