第25話 クラウス青年

 五日ぶりの大地を踏みしめたジャックは、地に足が付くという言葉の意味を痛感していた。それに対してジオは船で飲んだくれていたおかげで陸に上がってもフラフラのままである。こちらは地に足が付いていない状態ということになるだろう。

 ジオがそんな状態でもあるし、取り敢えず宿を探さなければならない。


 するとジャックが助けたクラウス青年がお勧めの宿を教えてくれた。彼はどうやらこの町の人間のようだ。

 落ち着いた頃にまた礼に来るといってクラウスは去って行ったが、船内でもずっとお礼をされ続け、もうお腹一杯のジャックであった。


「いや、こちらも礼がしたいんだがな……」

 ジャックは去っていくクラウスの背中に向かってつぶやいた。もちろん当人には聞こえようはずもない。


 確かにジャックはクラウスを助けたが、クラウスもジオを助けてくれた。その点についてクラウスは自分の手柄を過小評価でもしているかのようであった。

 ジャックはクラウスがまた来るというのを信じ、その時にでもこちらの礼を受けてもらうことにした。


 クラウスの教えてくれた宿に到着すると、船旅の疲れが残っているジャック達はすぐベッドに横になり寝てしまった。


 翌朝、宿屋の亭主が食事と共に、この町の領主であるユーリヒ男爵の伝言を持ってきた。なんでも昼過ぎに屋敷まで来て欲しいとのこと。

 ジャック達がこの町に来たのは昨日の夕方だ。あまりにも早い呼び出しにジャックは身構えた。


「ニオンで黒猫団を逃がしたことで手配でもされたのかな?」

 ジャックはピクシーの方を向き、肩をすくませながら問いかけた。

 ジャックが思い当たる節はこの一点のみである。


「いや、サウスフォーヘンでボク達が黒猫亭にかかりきりの時、ジオが飲み歩いた先で何かやったのかもしれないよ」

 ピクシーの推測も全く的を外れたものでは無い。ボケているだけに、ジオは目を離した時に想像も出来ないようなことをしでかすリスクは確かにある。


 どちらにしても呼び出しがかかった今、既にこちらの動きは把握されていると考えるべきだ。下手に動くことは出来ない。ジャックは素直にこの呼び出しに応じるしかなかった。


 ジャック達は伝言にあった時間通りに、ユーリヒ男爵の屋敷の前にやってきた。男爵の屋敷は爵位の割には質素なものであった。


「ビンボー貴族ってやつかな?」

 ピクシーは子供の様に思ったことをすぐ口にする。流石に本人を目の前にそんなことを言うことは無いと思うが、念の為ジャックはピクシーにその旨言い含めた。


 しばらくすると門が空き、ジャック達は屋敷の中へと進んでいった。


「ジャック様、ジオ様、ピクシー様いらっしゃいませ」

 聞き覚えのある声の主はクラウスだった。


 確かに宿を紹介してくれたクラウスなら、ジャック達がこの町に入ったばかりでもその居場所が分かるはずである。ジャックはあれこれ考えて警戒していたが、杞憂であったことを察して安堵の表情を見せた。


「この町に住んでいると聞いていたけど、まさか領主様のご子息……なのかな?」

 ジャックは領主とクラウスのつながりが把握できないでいたが、その立ち振る舞いからそう推察した。


「はい、この町の領主であるユーリヒは私の父です。先日は命を救っていただき、本当にありがとうございました。父もじきにこちらへ参ります」

 クラウスは船にいる時と同じように丁寧にそう言った。


 船にいる時は普通の青年だと思っていたので特に変に思わなかったが、貴族の態度としてはやや奇異に見える。

 この屋敷が貴族のものにしては質素なのと何か関係があるのだろうか? 自分が知っている典型的な貴族との違いの多さにジャックの疑問は増すばかりである。


「いえ、こちらこそ連れのジオの命を救って頂き、感謝しています」

 ジオも船の中で何度か言った礼をここで改めて口にした。


「そのジオ様のことですが、船内での会話からもしやと思っておりましたが、勇者ジオ様なのでしょうか?」

 そう尋ねたクラウスの目は少年のように輝いている。


 確かに大々的に宣伝した訳ではないので、船にいたほとんどの人はジオの素性を知らなかったはずだ。しかし、ジオと一緒に酒盛りをしていた老人の中には勇者ジオだと分かっている者もチラホラ混じっていたので、会話を聞いていたら推測することは出来たかもしれない。


「そうです。四十年前に魔物を追い払った勇者ジオ様です」

 ジャックはクラウスの意図が分からなかったものの、こちらに悪意を抱いてないことだけは確信していたので正直にそう答えた。


「やはりそうでしたか。歓迎いたします」

 クラウスは片膝をつき、頭を深々と下げた。

 それと前後して入ってきたユーリヒ男爵も同様に頭を下げた。


「???」

 ジオは状況が飲み込めず、呆けたままである。


 ユーリヒは会見場所を食堂に改めるべく、ジャック達に移動を促した。


 食堂に移動したジャック達であったが、その部屋も貴族のものにしては質素であった。流石に庶民のものに比べれば広いものの、大家族の食堂といった造りである。


 ジャックは先ほどの態度から、この親子がジオを敬う気持ちがあることを察していた。なので変に失望させる前に、ジオがボケてしまっていることや酒を飲んだ時にちょっとだけ元気になることなどを打ち明けることにした。


 全てを聞いたユーリヒは侍従に合図して酒を用意させた。

 ジオがそれを一杯飲んでからが正式な会見となろう。

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