第19話 黒猫団のルース

 黒猫団を探す……といっても実はたいした労力は必要ない。と、いうのも黒猫団がどこにいるのかは町民の間ではいわばであり、ジャックもその話は聞いたことがあった。多くの町人が知っているのに、誰も役人に通報しないのだからよほど慕われているのだろう。


「ここだな」

 ジャックは町の孤児院の前にいた。


 一声かけてから門をくぐると、院の中には大勢の子供達がそれぞれ無秩序に大声をあげながら走り回っていた。よく見ると見知った子供も混ざっている。昆虫採集の時にいた子供達だ。

 彼らは早速ジオを見つけ、引っ張って行ってしまった。大勢の子供に囲まれてジオは楽しそうだったので、ジャックとピクシーはジオをそのままにして目的の人物に会いに行くことにした。


 建物内の、恐らく事務室のような部屋だろうか? 大人の姿が見える。恐らくこの人が「黒猫団」のメンバーの一人であろう。ジャックは近づいて声をかけた。


「ん? なんだい?」

 そう言って振り向いたのは小柄な女性だった。名前をルースと言った。


「あんたがジャックだね。ここに来た要件は分かってるよ。といっても私は捕まる訳にはいかないし、あんたも捕まえる気は無いんだろ?」

 ルースは明るくハキハキとした口調でそういった。


「全てお見通し」とばかりのルースを見て、ジャックは目を白黒させている。その様子を見てルースは続けた。

「確かに私はあんたが訪ねてきた黒猫団さ。団といっても私一人だけどね」

 黒猫団というのは町の人々が勝手に命名したもので、いつの間にか複数人いる組織ということにされてしまったようだとルースは肩をすくめた。


「まぁ貴族連中の屋敷に使用人として潜り込んでる奴らと連携してるって点では確かに団なんだけどね」

 ルースは明るく笑った。


「なるほど。そういう仲間達から今日俺がここへ来ることや、その目的は知らされていたということか」

 ジャックは今日来た理由がバレている理由が分かると同時に、貴族達がいつも簡単に金品を盗まれている理由も分かって苦笑した。

 しかしまだ全ての疑問が解けたわけではない。


「でも、それだけじゃボク達が君を捕まえる気が無いってことは分からないでしょ?」

 近くで聞いていたピクシーが残りの疑問をルースにぶつける。


「だって、あんた達はジオ様のだろ?」

 ルースの答えはとても簡潔だった。


 ルースは見たところ二十代前半、三十代にはとても見えない。だからジオのことは直接知らないはずだ。なのにジオの連れというだけでこうも自分達のことを信用できるものなのだろうか? ジャックとピクシーはいぶかるようにルースを見つめる。


「取り敢えずジオ様を子供達から返してもらってくるよ。ちょっと待ってな」

 ルースは部屋から出るとすぐにジオを伴って戻ってきた。ジオは若い女性がいるのでとても嬉しそうだ。


「さて……」

 ルースは切り出すや否や、片膝をついた状態でジオに深々と頭を下げた。


「あなたがジオ様ですね。話は父から色々伺っております」

 どちらかというと、あけすけな感じの口調のルースが改まって丁寧にジオに挨拶した。

 しかし、ジオの反応が鈍いことでキョトンとしている。


「あ、ちょっと待って」

 ピクシーがルースとジオの間に割って入った。口調からしてルースがジオを敬愛しているのは明らかだ。そのジオが半分ボケた老人であるというのはさぞショックであろう。


「お酒……あるかな? あったらちょっとだけで良いからジオに飲ませて……欲しいな。あはははは」

 ピクシーは遠慮がちにそういうと、後は愛想笑いで誤魔化した。


 ルースは何のことか良く分からないといった様子だったが、言われた通りに酒を持ってくると、グラスに注いでジオに差し出した。ジオがそのグラスを傾け数分が経過する……


「娘さん、わしのことを……知っているのかな?」

 ジオは若い娘がいることも相まってか、いつもより精悍せいかんさを増しているようにも見える。ジャックは相変わらずこのジオの豹変ひょうへんする様にだけはどうしても慣れることが出来ない。頭を横に振って軽くため息をついた。


 ルースは少し不審に感じつつも、改めて挨拶した。

「初めまして。ルースと申します。あなたがジオ様ですね。話は父から色々伺っております」


 その後ルースは父親のことを話し始めた。どうやら他の町でルースの父親はジオと共に復興の仕事をしていたらしい。その際ジオの人となりに触れ、ジオと同じように多くの人の為になることを志向するようになったようだ。

 最初はジオのように色々ボランティアをしていたのだが、最終的には孤児院を運営するようになったとのこと。


「でも、」

 ルースは続けた。

「子供が増えるにつれ、孤児院の運営にはたくさんのお金がかかるようになって……行政は満足な補助金も出してくれず、行きついたのが……」


「黒猫団って訳ね」

 ピクシーが合の手を入れる。


 ルースの父親は既に他界しており、そのはルースが引き継いでいた。

 民衆から搾取さくしゅしている貴族から金品を取り返し、孤児院の運営に充てる。もしくは他の貧しい人に分配する。

 その手段は褒められたものでは無いが、確かに多くの人の役に立ってはいる。人々から慕われてもいる。ジャックはルースのやっていることを肯定することは出来ないが、完全に否定することもまた出来なかった。


 そんな中、意外? な人物が口を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る