第3話 勇者の住む町

 道中五日ほどかかったものの無事に目的地、勇者様が住むといわれている鉱山都市フリースラに到着した。

 ピクシーは元気一杯でニコニコしている。一方、ジャックはいつもの無表情の陰に疲れが見え隠れしている。これは長距離を歩いた為、というよりピクシーの質問攻めの結果であろう。

 もしかしたらピクシーはこの五日間で自分以上に自分のことを知る存在になったかもしれない。ジャックは自虐的じぎゃくてきにそんなことを考えていた。


「さて、まずは酒場にでも行って勇者様を知っている人を探すか」

 ジャックは道中で疲れ果てた気持ちを、入学式を迎えた新入生の様なフレッシュな気持ちに切り替える為にあえて言葉を口にした。

 それは一方ではピクシーに向けて「仕事に入ったら余計なおしゃべりは無しだ」という指示でもあった。


「おーう!」

 ピクシーはそんなジャックの思惑とは裏腹に、いつもと同じように明るく答えた。


 酒場についたは良いものの、まだ昼過ぎだった為に従業員が開店準備をしているだけで他に客の姿は見当たらない。出直しても良かったが時間潰しにまたピクシーの質問攻めを受けるくらいならと、手近な従業員に話を聞くことにした。


「うん? 勇者様? それなら町外れの川の近くに住んでるあの爺さんがそうなんじゃないかな?」

 若い従業員は良く知らないといった様子だった。


 四十年前に人々を救った勇者様なのにずいぶん扱いが雑なんだな……ジャックがそんなことを思っていると、その間隙かんげきってピクシーが例の質問攻めを始めた。


「えー! 勇者様なのにそんな扱いなの?」

「何で勇者様のこと知らないの?」

「近くに住んでるのに会ったことも無いの?」

「四十年前には生まれてないって言っても勇者様の活躍くらい聞いたことあるでしょ?」

「ちょっと冷たくなーい?」


 はたで聞いていると道中での悪夢がフラッシュバックするジャックであったが、ピクシーの尋問じんもん? は続いた。

 若い店員はピクシーから視線をそらして年配のマスターに助けを求めた。それに合わせてピクシーの矛先ほこさきもそのマスターに向かった。


 道中はジャックを大いに困らせたピクシーだったが、ここでは大活躍だ。恐らく口下手のジャックでは聞き出せないほどの情報をものの数分で聞き出していた。


 およそ四十年前に魔大陸に魔物達を封じ込めた勇者様は、その後被害にあった街を訪れては復興に手を貸していた。ここフリースラには三十数年前に現れたようだ。

 当時は町に勇者様がやってきたと大騒ぎだったが、そんな騒ぎもいつしか収まり、勇者様も一住民になっていったという。

 ピクシーが酒場で聞き出した情報はざっくりこんな感じであった。


「俺も勇者様が町に来た頃はほんの子供だったから、細かいことは覚えてないんだ。もっと詳しいことが知りたかったら夜にでももう一度来たらどうだい? うちの先代女将は当時のことをよく覚えてると思うよ」

 ピクシーの質問攻めに辟易へきえきとしたのか、マスターはそういってジャック達に退店を促した。


「まぁ勇者様の住処が分かればそれ以上は必要ないか……」

 酒場の階段を下りながらジャックはつぶやいた。


 ジャックの使命は勇者様の足跡そくせきを追うことではなく、剣を譲り受けることだ。ピクシーが色々聞きだしたが、ジャックにとっては確かに必要のない情報だったかもしれない。


「仕事が終わったら祝杯でも上げにもう一度くるか」

 勇者に会えばすんなり仕事も終わると思って、ジャックにしては珍しくちょっと前向きな意見を口にした。


「いやっほー! ボクお酒大好きー」

 道中は野宿ばかりで分からなかったが、この妖精は酒も飲むらしい。

 まぁ酔っぱらってすぐ寝てくれれば静かになって助かるな……ジャックは道中もその手があったか、と今更ながらに悔やんだが後の祭りである。


「帰り道は水筒に酒でも入れておくか」

 いつもの無表情の下でそんなことを考えながらジャックはつぶやいた。


「おっ! ジャックもボクのこと分かってきたのかなー?」

 ジャックの意図とは反対の意味に受け取ったピクシーは相変わらず底抜けに明るかった。


 それにしても勇者様というのはどういう人間なのだろう?

 ジャックにとっては伝説の中の人でしかなかったが……そんな人物に実際に会うことが出来る。

 何事にも無関心なジャックでも、流石にその鼓動を平常通りに維持するのは難しかった。

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