第45話 渡航準備

「おー クラウス殿。お久しぶりです」

 ジャックはそう言ってこの青年を歓迎した。


 この青年とその父であるユーリヒ男爵はジャックが好ましく思っている数少ない貴族である。ただジャックは、クラウスが単に久しぶりだから会いに来るような青年ではないという事を知っている。


「何か情報があるのかな?」

 ジャックはクラウスが何か有益な情報を提供しに来たのだと察していた。

 恐らくこの青年はジャックが新たな王命を受けたことも知っているのだろう。その上で伝えに来る情報なのだからその価値が低かろうはずはなかった。


「はい。魔物に関する情報です」

 クラウスはそう言うと、最近得た魔物に関する情報をジャックに語りだした。


 クラウスによると、やはり先日のメンドルフ村の一件をきっかけに、魔物達は各村を襲撃するようになったようだ。と、同時に魔物達は何かに怯えているようでもあるとのこと。


「それは多分この剣の事だな」

 ジャックは先日フィンドル村にて、剣で薙ぎ払った魔物達が逃げ去っているのを見ている。恐らくその情報が広がっているのだろう。


 この辺りまでの話はジャックの想定の範囲内であった。しかし、その後のクラウスの話にジャックは驚きを隠せなかった。


「どうやら魔物の中には数こそ少ないものの、人間の大人のような外見を持っている個体が存在し、人間と言葉で意思の疎通が出来るようです」

 一見ありえないようなことを、クラウスは極めて真面目に言い切った。


 クラウスは各地を旅しながら情報を収集している。その内容は伝聞を繰り返した末に元の内容から大きく乖離してしまったような話は含まれていない。少なくともジャックはそう思っている。


「魔物が人と言葉を交わすのか?」

 クラウスの言葉だとは言え、流石にそれは信じがたいとでも言うように、ジャックは驚きと戸惑いが混じったように言った。


「魔物がしゃべれるのがそんなに不思議かなー? ボクも普通にしゃべってるじゃん」

 ピクシーは人が人同士でしかしゃべれないと思い込んでいる方こそが不思議だった。


 言われてみれば確かにその通りだった。ジャックとクラウスはピクシーをじっと見つめると、自分たちの考えが狭量であったことを恥じた。


「なるほど。魔物に言葉が通じる可能性があるのか……」

 ジャックはそこに一つの光明を見出したように表情を明るくした。

 もしかしたら話し合いが出来る相手なのではないか? 実際彼らは大人しい生き物なのではないか? 今までの経験からジャックはそう思っていた。


「ただ、その大人の魔物の目撃例は稀で、なかなか遭遇出来ないかもしれません」

 クラウスの言葉はジャックに見え始めた光明に影を投げかけた。


「そういえばジオは四十年前に魔大陸に渡ったって話だったな。もしかしたら……」

 ジャックはジオが昔何をしに魔大陸に渡ったのかが分かった気がした。そして魔大陸に渡る意思を固めた。


 ここまで話してクラウスはジオがいないことに気が付いた。


「実は……」

 ジャックはジオが行方不明であることをクラウスに伝えた。そしてその行方を捜していない理由についても説明した。

 クラウスは残念そうではあったが、ジャックの説明に一応納得して話題を元に戻した。


「ジャック殿が魔大陸に行こうとするなら、問題はやはり船でしょう」

 クラウスは表情を曇らせた。

 当然である。元々人の住んでいない魔大陸に向かう船は存在しないし、魔物が跋扈ばっこしている昨今、チャーターするのも難しいだろう。


「船……か」

 ジャックとピクシーは別の不安のことを想像して、やはりクラウスと同じように表情を曇らせていた。


 船の問題は翌日、ホラント辺境伯と会っても前進しなかった。

 ホラント伯との面会は、ジャックが直に王命を授かったという事で下にも置かない歓待を受けたものの、有益か無益かで言えば後者の方であった。


 ジャックはホラント伯の屋敷で無駄にした時間を取り戻すべく、港に直行した。

 そこで目に入ってきた小型の船から大型の船まで、端から所有者や船長を見つけては交渉してみた。

 しかし、なかなか魔大陸まで行ってくれる船を見つけることは出来なかった。そもそも魔大陸まで行ったことがある、という人間を探すのさえ難儀するような状況だった。


 何人かの船長は、魔大陸までの航路は海も荒れやすく、小型船じゃ近づくことすら出来ないという事も言っていた。


「うぇー 揺れるのかー なるべく大きな船で行きたいね。ジャック」

 この期に及んでもピクシーは贅沢な主張を崩さない。よほど船が嫌らしい。それはジャックも同じだったが……


「おうっ! お前らが魔大陸に行きたいって奴らか?」

 どこかで話を聞きつけてきたのだろう。明らかに船乗りといったガッチリとした体形の男がジャックに話しかけてきた。


「おっ! 行ってくれるのか!?」

 ジャックは思わぬ助け舟に表情を明るくした。


「良いぜ。俺の船で良ければ行ってやるよ!」

 そう言ってその男が指さした船は、そこらの小型船より更に一回り小さい船だった。


 それを見たジャックとピクシーはその揺れを想像して絶句した。

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