第5話 怒られるめんどくさい女

「みんな私のご飯美味しいって言ってくれてたのに」


 宇野さんが毛布の中に潜り込んで、ずっとそう呟いている。


「姉さんがやさぐれた」


「流歌さんがいじけると長いんですよね」


「るかお姉ちゃんもめんどくさい」


 三者三葉の言葉に宇野さんが黙ってしまったが、鼻をすする音が聞こえるから泣いているかもしれない。


「謝ったしご飯に戻ろう」


「うん」


「お兄ちゃん、食べさせて」


 宇野さんが眠っている時はみんな心配していたのに、起きた途端に冷たくなった気がする。


「宇野さん、いじめられてるの?」


「あ、馬鹿」


 梨歌ちゃんの声と同時に宇野さんが毛布をバッと捲り上げ僕に抱きついてきた。


「そうなのぉ、みんないい子なんだけど私への対応が雑なのぉ」


 宇野さんが泣きじゃくりなが言う。


 時折、僕の肩で涙を拭いている。


「そっか。でもみんな宇野さんの事をとっても心配してたよ」


「……ほんと?」


 宇野さんが心配そうな顔を向けながら聞いてくる。


「うん。宇野さんの優しさはみんなに伝わってるよ」


 僕は宇野さんの頭を優しく撫でながらそう伝える。


「……そっか、ありがと」


 宇野さんが僕に笑顔を向けながらそう言った。


「あの姉さんを鎮めた、だと……」


「篠崎さんすごい……」


「ごはんー」


 梨歌ちゃんと芽衣莉ちゃんが驚いたような表情で僕を見てくる。


 悠莉歌ちゃんは両手で床をぺしぺしと叩きながら僕を呼ぶ。


「悠莉歌ちゃん、一人で食べられない?」


「や!」


 宇野さんのとは違い、絶対に譲らないという気持ちを感じた。


「宇野さんのお粥は後ででいい?」


「うん。……うん?」


 やっぱり嫌だったのか、宇野さんの眉間にしわが寄っている。


 そしてゆっくりと僕から離れる。


「お腹空いてる?」


「少し。……えっと違くてね、あなたはどちら様ですか?」


 そういえば僕は学校で宇野さんと会った事がなかった。


 だからこれが初お話だ。


「僕は篠崎 永継」


「ご丁寧にどうもです。私は宇野 流歌と言います」


「知ってる」


 僕らはお互いに頭を下げた。


「って、違くて。その篠崎さんがなんでうちに?」


「どこまで記憶あるの?」


「えっと、生徒会の仕事が終わって、誰もいない廊下を歩いていたところまで?」


 多分それが僕の見つける少し前だと思う。


「姉さんは熱で倒れて篠崎さんに運ばれたの。それなのに姉さんときたら……」


 梨歌ちゃんが「やれやれ」と言った感じに首を振る。


「熱?」


「気づいてないのが流歌さんらしいですよね。朝から少し体調悪そうでしたよ?」


「あぁ、確かに頭にモヤがかかりながら生徒会の仕事してた気がする」


 自分の身よりも仕事や他人の事を優先しすぎて自分が熱を出した事に気づいていなかったらしい。


「篠崎さん、本当にご迷惑をかけてすいませんでした」


 宇野さんが僕に再度頭を下げてきた。


「……」


 僕はそれに無言で返す。


「篠崎さん?」


「お兄ちゃん怒ってる?」


 悠莉歌ちゃんが不安そうな顔で僕の制服の袖を掴む。


「ちょっとね」


「私、何か……はしてるんですけど、怒らせるような事をしましたでしょうか?」


 宇野さんが土下座の構えをしながら行ってくる。


「宇野さん」


「はい」


「もう少し自分を大切にしようよ」


「……え?」


 宇野さんが目を丸くした。


 僕が怒ったのは、宇野さんが自分の事を蔑ろにしすぎているからだ。


 姉妹の為になんでもしたいのはなんとなくだけどわかる。


 だけどそれにだって限度がある。


「宇野さんが倒れたのを知ったみんなはとっても心配したんだよ? 今は普通に接してるのかもしれないけど、宇野さんはまた無茶をする気なんでしょ?」


「無茶って程では……」


「倒れたのは誰?」


「私です、すいません」


 宇野さんが綺麗な土下座をした。


「みんなは信用できない?」


 僕は梨歌ちゃんと芽衣莉ちゃん、悠莉歌ちゃんに視線を送る。


「そ、そんな事ないけど……」


「僕は宇野さん達の事情は知らないけど、みんなを大切に思うなら心配させないようにしてよ」


「……その通りだよね」


 せっかくの仲良し姉妹なのだから、助け合いをしてもいいはずだ。


 僕が教えた限りでは、みんなできない訳ではないのだから。


「宇野さんが一人で全部やるとさ、今回みたいに宇野さんが倒れたらみんなは何も食べれないし、シワの付いた服を着る事になるんだよ? 宇野さんはそれでいいの?」


「絶対に駄目」


 宇野さんが僕を目を見てはっきりと言う。


「だったらせめて家事ぐらいは分担しよ」


「……うん」


「うん、言いたい事言えた。だから宇野さんは寝る」


 僕は枕を指さした「寝なさい」という視線を宇野さんに送る。


 宇野さんはどうしたらいいのかわからなそうにしていたので「早く休んで?」と少し怒り気味に言ったら「はい……」と渋々といった感じに横になった。


「ちなみに梨歌ちゃん」


「なに?」


「家事の分担をしなかった理由に、宇野さんが教えられなかったって理由はある?」


 学校での噂を信じるなら、宇野さんはなんでもできる人なのでそんな事はないけど、家での宇野さんを見るとそれもありえる。


「まぁ姉さんって基本的にポンコツだからあるかも」


「ひど……大人しくしてます」


 宇野さんが起き上がろうとしたので、僕が笑顔を向けると静かに横に戻った。


「あの姉さんを躾られるなんて篠崎さんすごい。家事も完璧だし、うちに欲しい」


「梨歌、篠崎さんにだって用事があるでしょ。それに家事なら私だって完璧だもん」


「姉さんは家事するの禁止だから」


「私、いらない子……」


 宇野さんが悲しそうな顔をするが梨歌ちゃんは無視だ。


「姉さんが懲りてないみたいだから後で怒ってあげてくれる?」


「任せて。宇野さんには少しわかって貰わないといけないからね」


「え、私が悪い感じ? いや、悪いけどさ」


 今回のは宇野さんのオーバーワークが原因だから、少しお灸を据える必要がある。


 それで変わらないのなら僕が常に見張る必要もある。


「とにかく宇野さんは家では何もしたら駄目ね。みんなには僕が家事から何から教えるから」


「篠崎さんにこれ以上ご迷惑はかけられないですよ」


「僕がこの家に来るのが嫌とかなら来ないよ。だけど来てもいいなら来させて、


 僕にも色々とあるのだ。


 学校に一人で残りたくなるような理由が。


「篠崎さんがいいのなら私としては断る理由はないですよ」


「良かった。ちなみに宇野さんのやる事って生徒会と家事の他にやる事ってあるの?」


「そうですね。アルバイトを週に四日程」


「それは倒れる」と思ったのと同時に「それだけの量のアルバイトを必要とするのはなんでなのか?」という疑問も生まれた。


 考えたり聞いたりしてはいけない気もしたから何も考えないし聞かないけど。


「お兄ちゃん、ごはん!」


 悠莉歌ちゃんが狙っていたのか、ちょうど話の区切りのタイミングで僕の袖を引っ張った。


「うん。宇野さんにお粥食べて貰わないとね」


「貰えれば一人で食べれますよ?」


「宇野さんは何もしたら駄目。次いでに敬語も禁止」


「篠崎さんって、意外と注文多いですよね。私の為なのがわかってるから嬉しさしかこないんですけど」


 宇野さんが少し顔を赤らめながら言う。


「また熱上がった?」


 僕は急いで宇野さんのおでこに自分のおでこを当てた。


「な、ちょっ」


「すごく熱い……。病院行かないと」


「篠崎さん、いいから悠莉歌にご飯食べさせて」


 梨歌ちゃんがどうでもよさそうにご飯を食べている。


「篠崎さん。流歌さんのそれは熱ではないので大丈夫です。むしろ放置してあげてください」


 芽衣莉ちゃんも興味がなさそうにお味噌汁を美味しそうに飲んでいる。


「ごはんー」


 悠莉歌ちゃんは全身を使って僕を引っ張っている。


「宇野さん……」


「お気にせずに。というかしないで……」


 宇野さんが顔を両手で隠して僕に背中を向けてしまった。


 宇野さんにまでそう言われたら仕方ないので、テーブルに戻った。


 悠莉歌ちゃんにご飯を食べさせている間に背後で「なにこれ、これがあれ? あれなの? それではないよね、きっとそうだよね、絶対に違うはず。私はあの人とは違う……よね」とあれやこれやと言う呪詛にも聞こえる声が延々と聞こえてきていた。


 途中で梨歌ちゃんに「姉さんうるさい。篠崎さんに怒られたい?」と言われたらそれからは何も喋らなかった。


 なんだか僕の扱いもおかしくなった気がする。

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