第39話 三度目のエンカウント
「ねぇねぇねぇねぇ」
「なに、鏡莉ちゃん」
僕が悠莉歌ちゃんにアルプス一万尺のやり方を教えて貰っていたら、鏡莉ちゃんが笑顔で近寄ってきた。
「今日は何の日?」
「鏡莉ちゃんのお誕生日だね」
「そうそう。で?」
「きょうりお姉ちゃん、邪魔。お兄ちゃんは今ゆりかとお勉強中なの」
お勉強と言うよりは、昨日のアルプス一万尺がすごかったから気になって教えて貰っているだけだ。
「ゆりのケチ。なっつんは相手してくれるよね?」
「心配しなくても宇野さんが帰ってきたらみんなでお祝いするよ」
「サプライズもなんもないじゃん。だからせめて構って」
一応あるにはある。
宇野さんと話したことはみんなには隠せているはずだから。
「今日ってるかお姉ちゃん、早く帰ってくるの?」
「そう言ってたよ。寄るところがあるからって言ってたからあと少しで帰ってくると思う」
「あの家族よりも仕事が優先のるか姉が……」
鏡莉ちゃんがしみじみと言う。
「鏡莉ちゃんが言えること? それに二人とも家族の為に仕事をしてたんじゃん」
「私は自分の為だもーん」
「あ、家族のことは自分のことのように思ってるもんね」
鏡莉ちゃんも宇野さんもそういう人だ。
自分よりも他の姉妹のことを思って行動する。
それで宇野さんは身体を壊したけど。
「きょうりお姉ちゃんが照れた」
「真正面から言われると駄目でしょ」
鏡莉ちゃんが頬を赤くしてモジモジしだした。
「どうせ学校で沢山構われたんでしょ?」
「ゆりよ、私が学校でどういう立ち位置なのか知ってるかい?」
「ぼっち」
「そうだけどもう少しオブラートに包なさい」
鏡莉ちゃんは元子役だから、一人なのは思いもしなかった。
宇野さんみたいに嫌でも人が周りにいるものなのかと思っていた。
「なっつんが悲しんでるから教えてあげよう。私って可愛いじゃん?」
「うん」
「慣れろ。えっと、だからね、男子からは嫌でも告白とかそうでなくても話しかけられたりするのね」
それは宇野さんもそうだから想像がつく。
「だから女子には嫌われる訳ですよ。男に色目を使ってるとかいう風評被害を受けて」
「嫌い」
「うん。きっと私をじゃなくて女子共だよね。私のことだったら一生引きこもる自信があるよ」
もちろん鏡莉ちゃんがではなく、その同級生達のことだ。
鏡莉ちゃんとしても望んでいないことなのに、それで勝手に嫌うなんて言う人は嫌いだ。
「えっと、それでね。私って色々あったじゃん? だから私が子役だからって近づいて来てたのは当然離れる訳ですよ。それでも私は……隠しても無駄か。可愛いから、男子は近寄って来るのね」
なんだかやけくそ気味に鏡莉ちゃんが可愛いを強調して言った。
「だけどね。子役を辞める理由を知ったら、近づいて来てた男子が全員居なくなったのですよ」
「理由?」
「なっつんのことは姉の恋人って話にしたじゃん? そんで最後に私も狙ってるって言ったから、色んな噂が飛び交ったのですよ」
鏡莉ちゃんは普通に話すが、多分本当に色んなことを言われたのだと思う。
たとえ好きな人がいるからと言っても、鏡莉ちゃんみたいに可愛い子から離れるなんてありえない。
だからそれだけの噂が流れたはずだ。
鏡莉ちゃんは気にしてないのか、元子役だから僕には気づけないのかわからないけど、少なくとも今の今まで知らなかった。
「先に言っとくけど、いじめはないからね」
「本当?」
「完全に空気なだけ。話しかけられないし、ペアの時は事務的な会話だけして、グループ作業は私以外でやってるぐらいだから」
おそらく普通の人はそれを可哀想と思うのだろうけど、僕はそう思えない。
「なんか僕みたい」
「だよね。だから普通に嬉しいんだよね」
僕も小学生の時からそんな感じで、まったく苦に思わなかった。
むしろ楽とまで思っていた。
「みんなに会って初めて一緒に居るのが楽しいって知ったもん」
「結局同級生とかって、学校終わればどっかで会ったところで素通りする仲なんだから気にしても無駄なんだよね」
「うん。でももし鏡莉ちゃんがいじめられてたら言ってね」
その時は僕が出来うる限りのことをする。
「何する気?」
「大したことは出来ないよ。鏡莉ちゃんが落ち込んでたら慰めるぐらいしか僕には……」
「お兄ちゃん、落ち込まなくて平気。変態さんにはそれだけで満足だから」
悠莉歌ちゃんが呆れたように言うので鏡莉ちゃんの方を見たら「わざと……はなっつんに悪いか。いじめられたらやり返す準備はしてたけど、むしろいじめさせるか?」と本気で悩んでいた。
「それだと結局わざとなのに気づいてない変態さん」
「鏡莉ちゃんは普通にしてるけど、悠莉歌ちゃんも気づいたら教えてね」
「いいけど、ぼっちなのはきょうりお姉ちゃんだけじゃないからね?」
「それって──」
「ただいまー」
僕が誰かを聞こうとしたら、宇野さんがちょうど帰って来て悠莉歌ちゃんがお出迎えに行ってしまったので聞けなかった。
「るかお姉ちゃんおかえり。お風呂にする? ご飯にする? それともお兄ちゃんにダイブ?」
「どういう選択肢よ。先に準備する。芽衣莉と梨歌は?」
「釣り?」
「疑問形で言われても……」
二人は「釣りに行ってくる」と言って出て行った。
ここら辺には釣り堀なんかはない。
川はあるけど、釣りをするような場所ではない。
「すぐ帰ってくるって言ってたよ」
「じゃあ待ってよっか。悠莉歌は永継君と鏡莉のとこに居てね」
「はーい」
悠莉歌ちゃんがぱたぱたと走って来て、僕に飛びかかってきた。
「っと、危ないよ」
「お兄ちゃんにダイブしてみた」
「もうしたら駄目だよ」
今回は受け止められたけど、次はどうなるかわからない。
「はーい」
「まったく。ゆりは子供なんだから」
そう言う鏡莉ちゃんは何故かちらちらと僕を見てくる。
「きょうりお姉ちゃんもやりたいって」
「だめ」
「ケチー」
鏡莉ちゃんはそう言って僕に抱きついてきた。
「今年は最高の誕生日だよ」
「どうして?」
「なっつんが居るから」
鏡莉ちゃんが少し顔を赤らめながらそう言った。
「今までは色んなとこで祝われてはいたけど、全部素直に喜べるやつじゃなかったからさ」
おそらく子役をしてた時に祝われたもののことだと思う。
詳しくは家庭環境を知らないけど、姉妹みんなで暮らすようになる前からも楽しい誕生日は送ってなかったのかもしれない。
「今日は沢山お祝いしようね」
「うちのささやかさを舐めてもらったら困るよ。ほんとにおめでとうを言うだけだからね」
「じゃあ心を込めて言うね」
ささやかでもお祝いはお祝いだ。
それに今回はお祝いをする。
「そういえばここに来てからだと初めてか」
「ゆりかのだけやったね」
鏡莉ちゃん達がこのアパートに引っ越して来たのは確か今年からだ。
正確には、宇野さんが高校生になる少し前髪だから、悠莉歌ちゃんしか誕生日はきていない。
「でもこれからは続くね」
「そっか。二ヶ月おきにくるね。しかも十二月は二人だし」
「そうやって見ると、一年の後半ってイベント多いよね」
ハロウィンをやったらクリスマスがきて、大晦日とお正月が終わったらバレンタインで、エイプリルフールがくる。
間には節分やひな祭りもある。
「ハロウィンがお祭りで、クリスマスとバレンタインが誕生日?」
「ちょっと違うけどそうかな? 大晦日はそのままだし、エイプリルフールはよくわかんないや」
「とりあえずイベントにしちゃおう感がすごいよね。七夕は目立たないけど一番ちゃんとしてる気がする」
織姫と彦星が出会える日。
ちゃんとかはわからないけど、一番理由が有名なイベントではあるかもしれない。
「なっつんはどのイベントが一番好き?」
「ごめん、全部思い出ない」
僕にとっては全部が普通の日だ。
だからこれといって好きとかはない。
「そこはハロウィンって言って、一緒に『鏡莉のことだよ』って言うの」
「そうなの?」
「お兄ちゃんは気にしないでいいよ。きょうりお姉ちゃんの妄想だから」
悠莉歌ちゃんがため息をつきながら言うと「そんなことを言うのはこの口かー」と言って鏡莉ちゃんが悠莉歌ちゃんのほっぺをむにむにしだした。
「昨日も見た。それと二人が帰ってきた」
「ただいま」
「おかえり。釣りってなにしてたの?」
「釣りは釣りだよ。上手く釣れたかな?」
死角になっていて見えないけど、魚を持ってはいないと思う。
「それで芽衣莉はなんでそんなにキョロキョロしてるの?」
「罪悪感とか色々あるんじゃない?」
「ほんとになにして──」
宇野さんがそこまで言うと扉が開く音がした。
「釣れた」
梨歌ちゃんがそう呟いたのが聞こえた。
宇野さんが息を飲む音も。
「何考えてんの……」
鏡莉ちゃんが少し怒った様子で玄関の方を睨む。
この反応で誰が来たのかわかった。
「そんなとこで突っ立ってたら邪魔でしょ。どきなさい」
またもや聞きたくない声が聞こえてきた。
三度目のエンカウントだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます