第6話 秘密の関係始めました

「あーん」


「私、一人で食べられますよ?」


「あーん」


「あのぉ……」


「あーん」


 梨歌ちゃん達との晩ご飯が食べ終わったので、宇野さんにお粥を食べさせようと思ったけど、一向に食べようとしてくれない。


「僕の作ったやつは嫌か……」


「いや、そんなこ──」


「姉さん最低」


「流歌さん酷い」


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 先程から何回も見た、梨歌ちゃん芽衣莉ちゃん悠莉歌ちゃんからの三連撃を受けた宇野さんが「違うんです、ごめんなさい」と頭を下げてきた。


「自分で食べれますから」


「でも宇野さんは何もしたら駄目だし」


「梨歌達の前で食べさせて貰うのが恥ずかしいんですよ」


「芽衣莉、悠莉歌、お風呂に入ろう」


「うん」


「みんなでおふろー」


 梨歌ちゃんの号令でそそくさと準備を済ませた三人はお風呂場に向かった。


「妹達の私への対応を見直さないとかなぁ……」


「みんないい子だよね」


「いい子だけど、私の事いじめすぎでは?」


「仲良しの証拠だよ」


 みんながお互いの事を大好きだから言いすぎる時もあるけど、仲直りできるのならいい事だ。


「羨ましいよ」


「篠崎さん?」


「ううん。それよりお口を開けて」


 一瞬暗くなった気持ちを紛らわす意味で、もう一度スプーンにお粥をすくって宇野さんの口元に運ぶ。


「食べないと終わらないんですよね?」


「うん。梨歌ちゃん達がお風呂から出てきても続けるからね」


「篠崎さんって強情すぎませんか?」


 宇野さんはそう言って少し呆れながらお粥を食べた。


「どう?」


「……」


 宇野さんがお粥を見ながら固まってしまった。


「美味しくなかった?」


 お粥なんてめったに作らないからそれっぽく作ったけど、やっぱり適当は駄目だったのかもしれない。


 僕も芽衣莉ちゃんもスマホを持ってなかったから、調べて作るという事ができなかった。


「味見すれば良かったね。していい?」


「いや、それはさすがに恥ずかしい。それに美味しくなかった訳じゃないの」


「ほんと?」


「うん。梨歌達の言ってた事がほんとなんだなって。つまり、美味しすぎて嫉妬したの」


 宇野さんの言葉を聞いた僕は安心して胸をなでおろした。


「それなら良かった」


 そう言って、宇野さんに笑顔とスプーンを向けた。


「笑顔がかわいい」


「美味しそうに食べる宇野さんもかわいいよ?」


 僕がそう言ったら、宇野さんが盛大にむせた。


「だ、大丈夫?」


 僕はお椀を置いて宇野さんの背中をさすった。


「きゅ、急に変な事言ったら駄目!」


 落ち着いた宇野さんが顔を赤くしながら言ってきた。


「宇野さんが先に言ってない?」


「そうでした、すいません」


 そう言って宇野さんが頭を下げる。


 宇野さんの印象が『頭を下げる人』になりそうだ。


「あ、そうだ。ちゃんと決めとこ?」


「なにをですか?」


「色々」


 宇野さんとは話しておかなければいけない事が沢山ある。


「まず大前提として、僕は明日からも来ていいんだよね?」


「篠崎さんがいいのなら毎日でも来て欲しいです」


「じゃあ毎日来るね。それと言いにくい事があるんだけど……」


 これは早いうちに伝えなければいけない事だ。


「なんですか?」


「宇野さんのクラスと出席番号がわからなくて、靴を学校に置きっぱなしなの」


「……」


 宇野さんが驚いた顔を僕に向ける。


「ごめんなさい」


「あ、違くてですね。私が自意識過剰な事が恥ずかしくなっただけです」


「自意識過剰?」


 宇野さんはどちらかと言うと、自分に自信がないように見える。


「私ってなんでかわからないんですけど、色んな人に周知されてるんですよ」


(それは真面目でかわいいからでは?)


 とは思ったが、それを言ったら話の腰を折ると今日学んだので言わない。


「なので私のクラスはもちろん、出席番号やらなにやらって色んな人に知られてるんですよ」


「なんかやだけど、確かに知ってそう」


 宇野さんの話は聞かない日がないくらいに聞こえてくる。


「でもほとんどの事って勝手な噂だよね?」


 今日宇野さんの家に来てわかった。


 学校で聞く宇野さんの話はほとんどが嘘だと。


「うん。そう思う人は少ないんだけどね。まぁなにが言いたいかと言うと、私の出席番号って男子生徒ならみんな知ってるものかと思ってた訳ですよ」


「普通は知ってるのかな? 僕ってあんまり人と関わりを持たないようにしてるから」


 人はいつ本性を見せるかわからない。


 だから人との関わりを避けてきた。


「……うちに来るのって無理してます?」


「ううん。確かに宇野さん達が自分で話してくれてるのかはわからないけど、宇野さん達と話してると安心するんだ」


 少なくとも今は『楽しい』という気持ちしかない。


「それなら良かったです。でも靴は学校ですか……」


 宇野さんが困ったような顔になった。


「一足しかなかった?」


「そうですね。梨歌のなら履けるかもなので聞いておかないと」


「宇野さんって明日は何するの?」


「明日はアルバイトですね。なので帰りにでも学校に寄って取ってきます」


 明日は土曜日なので梨歌ちゃんから靴は借りれるかもしれない。


 問題は学校が開いてるかどうかだ。


「休みの日って学校開いてるの?」


「教室はわからないですけど、部活とかあるので昇降口は開いてますね」


「そうなんだ。ちなみに間に合うの?」


 宇野さんが何時までアルバイトをしているのかはわからないが、時間によっては間に合わない可能性もある。


「微妙なところですね。最悪先生に頼みます」


「じゃあ僕が取りに行くよ」


「え?」


「僕が宇野さんのクラスと出席番号がわからなかったのが悪い訳だし」


 僕がもう少し人と関わっていたらわかっていたのかもしれない。


 だから僕が責任をもって取りに行く。


「わからなかった事はむしろ嬉しかったんですけど、そうじゃなくてですね。悪いのは体調管理のできてなかった私ですから、篠崎さんにこれ以上のご迷惑はかけられませんよ」


「やだ」


「おぅ、普通に断られた」


 宇野さんの家から学校までは大した距離ではないから、来る途中でも来てからでもすぐ行ける。


 それなら僕が行った方が手っ取り早い。


「そもそも宇野さんの熱が明日下がってるかもわからないよ」


「それは意地で下げるから大丈夫。てかほとんど下がってるから」


 宇野さんがそう言うのでおでこを当てようとしたら「それしたら上がっちゃう」と言って僕の手を宇野さんのおでこに当てた。


「普通でしょ?」


「うん。こうすればいいんだ」


「おでこ当てるのは特殊だよ?」


「僕のお母さんがそうしてたから」


 僕が熱を出した時はお母さんが看病してくれた。


 だから宇野さんにしてる事はお母さんの真似だ。


「篠崎さんのお母さんはいい人なんですね」


「いい人だよ。いい人けど」


 少し嫌な事を思い出して少し苛立ってしまった。


「篠崎さん?」


「ごめんね。決め事の続きしよっか。宇野さん敬語やめよ」


 たまに敬語が抜けているから、話しづらいとも思っているだろうからちょうどいいはずだ。


「じゃあ篠崎さんも宇野さんって言うのやめてください」


「流歌さん?」


「普通に言うし!」


 別に僕は学校の人が宇野さんと呼んでいるからそう呼んでいただけで、名前を呼べない訳ではない。


「じゃあ流歌さんも敬語と名字禁止ね」


「なんかむずむずする。同級生に名前で呼ばれるのって初めてだから?」


「流歌ちゃんの方がいい?」


 梨歌ちゃん達は「ちゃん」なのに宇野さんだけ「さん」なのは変ではある。


「一回呼び捨てにして貰っても?」


「流歌」


「あ、これは駄目なやつだ。しばらくは宇野さんのままで……お願い」


 頬を少し赤くした宇野さんが敬語を抜いて言ってくれた。


「いいの?」


「沢山お世話になったんだからこれぐらいはね。名前の呼び方は永継君でいい?」


「お母さんと一緒だ」


 僕のお母さんも僕を「永継くん」と呼ぶ。


「後決めとく事ってある?」


「永継君は平気だろうけど、お互い詮索禁止にしよ。話したいって思うまでは」


 それは最初から思っていた事ではある。


 宇野さんの家にも、僕の家にも話したくない事はある。


 その事は聞かないで、相手が話したくなったら聞くという感じにするそうだ。


「うん。秘密は話せないから秘密なんだもんね」


「後これも永継君なら心配ないだろうけど、私が姉妹と暮らしてる事は秘密にしてね」


「もちろん。宇野さんに嫌われたくないもん」


「秘密の関係だね」


 宇野さんが僕に笑顔を向けながらそう言った。


 こうして宇野さんとの秘密の関係が始まった。

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