第7話 エッチな事を考えている女の子は好きですか?

「姉さんが篠崎さんとそういう関係に……」


「流歌さん、大人」


「るかお姉ちゃんとお兄ちゃん、けっこん?」


 お風呂から上がって髪をしっとりとさせた三人が顔を半分だけ出しながら言う。


「ちょっ、いつから!」


「姉さんが『私の事を呼び捨てで呼ばなきゃやだ』って言ったあたり?」


「言ってないし!」


 もちろん僕は音が聞こえていたから気づいていた。


 確かに宇野さんと名前について話してる時から梨歌ちゃん達は聞いていた。


「まさか姉さんがこんなに手を出すのが早いなんて」


「大人の階段を上る時は是非一緒に」


「お兄ちゃんが本当のお兄ちゃんになるの?」


「あなた達ね……」


 普通に流れたけど、一人すごい事を言ってた気がする。


「初夜はいつにしますか? 今日ですか? 今からですか?」


 芽衣莉ちゃんが目をキラキラさせながら宇野さんに近寄る。


「芽衣莉、落ち着いて。永継君に本性バレるよ」


「そ、それはつまり。篠崎さんが私を蔑んだり、虐めたり、流歌さんの前で色んな辱めをするという事ですか?」


「梨歌、なんでスイッチ入ってるの?」


 宇野さんが自分の世界に入ってしまった芽衣莉ちゃんの頭を撫でながら梨歌ちゃんに聞いた。


「多分姉さんと篠崎さんのやり取り見て興奮したんじゃない?」


「どこで?」


「なんかいい雰囲気だったから、煩悩しかない芽衣莉にはそれで十分だったんでしょ」


 芽衣莉ちゃんは極度の人見知りらしく、人馴れすると素を出してくれるらしい。


「めいりお姉ちゃんはどえむさんのへんたいさんなの」


 悠莉歌ちゃんが多分意味はわかってないだろうけど、僕に教えてくれた。


「永継君、幻滅しないであげて」


「なんで?」


「そりゃしますか……」


「ん?」


 宇野さんと話が噛み合ってないような気がした。


「芽衣莉ちゃんの今のって素って事でしょ?」


「そうだね。普段は抑えてるんだけど、たまにこうなっちゃうの」


「篠崎さん。いいよ思ってる事言って。どんな蔑みの言葉でも喜ぶから」


 梨歌ちゃんが芽衣莉ちゃんに人に向けるべきではない視線を向けている。


 それを見た芽衣莉ちゃんが更に頬を赤くした。


「かわいいね」


 僕はそう言って芽衣莉ちゃんの頭を撫でた。


「篠崎さんはそういう人だった」


「かわいいでしょ?」


 僕はみんなの顔を見るけど、宇野さんには驚かれて、梨歌ちゃんと悠莉歌ちゃんには呆れられた視線を向けられた。


「し、篠崎さん、それはつまり流歌さんと私を同時に攻略しようという事ですか!?」


 芽衣莉ちゃんが興奮気味に聞いてくる。


「攻略の意味はわからないけど、芽衣莉ちゃんの事をかわいいって思ったのは事実だよ? さっきまでもかわいかったけど、今の欲望に忠実な姿もかわいいよ」


「……あぅ」


 芽衣莉ちゃんが顔を両手で押さえて俯いた。


「ほらかわいい」


「姉さんだけじゃなくて芽衣莉まで止めた。篠崎さんは何者なの?」


「最初に落とされたりかお姉ちゃんが何言ってるの?」


 左側では梨歌ちゃんと悠莉歌ちゃんの言い合いが始まり、正面には耳まで真っ赤で僕に頭を撫でられる芽衣莉ちゃん。


 そして右側には何故かジト目を向けてくる宇野さんがいる。


「どうしたの?」


「いえ、ちょっと羨ましいって思っただけです」


「かわいい芽衣莉ちゃんを独り占めしたから?」


「……そうですね!」


 宇野さんがぷいっとそっぽを向いてしまった。


(反応がかわいい)


 言ったらこっちを見てくれない気がしたから心に留めておく。


「し、篠崎さんは、エッチな事を考えてばかりの女の子は嫌いですか?」


 芽衣莉ちゃんが宇野さんに頭を撫でられながら、僕に緊張した面持ちで聞いてきた。


「よくわかんない。それが芽衣莉ちゃんの事を言ってるなら大好きだよ?」


 常にエッチな事を考えている女の子とか以前に、僕は女の子と深く関わったのは宇野さん達が初めてだからどういうものなのかわからない。


 だけど芽衣莉ちゃんの言い方的に、芽衣莉ちゃん自身の事を言ってる気がしたからもしそうなら嫌いな訳がない。


「そ、それはつまり、エッチな私とそういう関係に……だ、駄目ですよ。篠崎さんには流歌さんがいるんですから!」


 芽衣莉ちゃんが興奮気味に言う。


 どこか嬉しそうなので僕も嬉しくなる。


「芽衣莉、篠崎さんが言ったのは、芽衣莉が好きって事だからね」


 宇野さんが呆れたように芽衣莉ちゃんに言う。


「わかってますよ?」


「エッ……そういう事を考えてる芽衣莉を好きって訳じゃなくて、そういう事を考えてない芽衣莉も好きなんだよ」


「照れないでエッチって言ってくださいよ」


「照れてないもん!」


 そう言う宇野さんの頬は少し赤い。


「つまり篠崎さんは私を好きなんですよね?」


「そうなんだけど、そういう事を考えてる芽衣莉だから好きって訳じゃないのを言いたいの」


「流歌さん、惚気ですか?」


「なんでそうなるの!」


「だって『私は篠崎さんの事をなんでもわかってる』みたいな顔してたので」


「そんな顔……してないよね?」


 宇野さんが心配そうに僕の方を見てきた。


「わかんないよ……」


 僕には宇野さんの顔を見ても可愛いとしか思わなかった。


「そ、そうだよね……」


 なんだか気まずい雰囲気になってしまった。


「私はお邪魔です?」


「どう見てもそういう雰囲気じゃないでしょ」


「あ、そうです。流歌さんが何か勘違いしてるみたいなのでちゃんと説明しますね」


 芽衣莉ちゃんが撫でていた宇野さんの手を握りながら僕の隣に座った。


「まずですね。私は篠崎さんの事が好きです」


「いきなりすごい事を言うね」


「ちなみに梨歌ちゃんと悠莉歌ちゃんも篠崎さんを好きです」


 芽衣莉ちゃんの発言に「ちょっ、は?」と梨歌ちゃんが怒り、悠莉歌ちゃんが「お兄ちゃん好きー」と手を挙げた。


「なので流歌さんが篠崎さんを好きになるのは当然としてですね」


「当然なの!?」


「嫌いなんですか?」


「そんな事……」


「つまり好きなんです。そして流歌さんの反応を見てるのが好きだったから言わなかったですけど、悠莉歌ちゃんのは敬愛みたいやつなので恋愛感情ではないですよ」


 宇野さんがどう反応したらいいのかわからないのか、口を開けたり閉じたりしている。


「梨歌ちゃんは恋愛感情ですよ?」


「違うわ!」


「え? あの梨歌ちゃんが流歌さんに男子を近づけてるんですよ? それはそういう事では?」


「無害な天然で、姉さんと同類だから信用しただけだよ!」


 怒っている梨歌ちゃんを悠莉歌ちゃんが「落ち着いてよ」と、背中をさすっている。


「じゃあ友愛でいいよ」


「梨歌がタメ口とか。なんで私が呆れられてんの?」


「ちなみに私はもてあそばれるだけの関係でいいんです」


 梨歌ちゃんが頬を赤く染めながら僕をトロンとした目で見てくる。


「それで結局、芽衣莉はなにを言いたいの?」


「そうでした。つまり、流歌さんが篠崎さんと結婚したら、みんなの願いが叶うんですよ」


「……え?」


 予想の斜め上をいった発言に、宇野さんがポカンとした顔をする。


「篠崎さんと結婚したら、悠莉歌ちゃんの相手をしてくれるし、梨歌ちゃんも一緒に居られて嬉しいし、私は流歌さんに飽きた篠崎さんに遊ばれて嬉しいので、みんなハッピーですよ?」


 なんだか途中でさりげなく僕が最低な男になってた気がするけど、それで嬉しいのなら何も言わない。


「最初は私が篠崎さんと結婚すればいいって思ったんですけど、流歌さんとの方がいいですよね?」


「僕に聞いてる?」


「はい」


 そんな事を言われても困る。


 宇野さんも芽衣莉ちゃんもどちらも好きだ。


 でもこの好きは多分友達としてのやつだから、恋愛感情ではないと思う。


 それにそもそも、芽衣莉ちゃんは本気なのかよくわからないし、宇野さんに関しては混乱してよくわかってないと思う。


「篠崎さん。芽衣莉の頭の中は変態な事と恋愛事しかないから気にしないでいいよ」


 梨歌ちゃんが呆れた様子で芽衣莉ちゃんを見ながら言った。


「私は本気ですよ? 梨歌ちゃんも篠崎さんとずっと一緒に居たいですよね?」


「それは……居たいよ。まだ姉さんの役に立つ事を教えて貰いたいし」


「照れた」


「うっさい!」


 梨歌ちゃんが怒ってそっぽを向いてしまった。


「僕は……」


 梨歌ちゃんが流してくれたけど、なんだか流してはいけない気がしたので、ちゃんと答えを言う事にした。


 そうしたらみんなが、黙って僕の言葉を待った。


「僕はさ。恋愛とかよくわからないんだよ。みんなの事は大好きだよ? だけどこれが恋愛感情なのかはわからない。芽衣莉ちゃんの言ってる事も本気なのかがわからないから、これから知っていくんでいい?」


 僕の中の『好き』がなんなのか。


 それをこれからみんなと過ごしていく中で知っていきたい。


 そしてもしもこの『好き』が、そういうやつだったら……。


「篠崎さんは真面目さんですね。その真面目さんの勘違いを一つ正したいんですけどいいですか?」


 芽衣莉ちゃんが宇野さんの手を握っていない方の人差し指を立てながら言った。


「なに?」


「私が聞いた、エッチな事を考えてばかりの女の子って、私じゃなくて流歌さんですよ?」


 芽衣莉ちゃんが真顔でそう言う。


 逆に宇野さんは顔を引き攣らせた。


「芽衣莉、何言ってるのかな?」


「いざ付き合ったり結婚したりした時に、むっつりさんなのがバレて破局なんて嫌じゃないですか」


「そうじゃなくてね。なんで私が、む、むっつりになるの?」


「え? だって……だめですよ。篠崎さんの前だとバレちゃいますし、多分流歌さんはバレてないと思ってるので、言ったら恥ずか死にますよ?」


 芽衣莉ちゃんが首をこてんと傾げながら、顔を真っ赤にしている宇野さんに言う。


「後で話そうね……」


「大丈夫ですよ。流歌さんがむっつりさんなんてむしろいいじゃないですか。ですよね、篠崎さん」


 芽衣莉ちゃんが「ね?」と、笑顔で僕に聞いてきた。


 なんだか圧を感じるけど、僕の答えは変わらない。


「僕はさっきも言ったけど、宇野さんがエッチだろうとなかろうと、好きだよ?」


「さすが篠崎さんです。良かったですね、流歌さ……」


 芽衣莉ちゃんが宇野さんの方を見た瞬間に固まった。


 僕も見ると、宇野さんは顔を両手で押さえて俯いていた。


「……もう、や。芽衣莉のバカ」


(すごいかわいい)


 耳まで真っ赤にして、子供っぽく喋る宇野さんはとても可愛らしかった。


 多分芽衣莉ちゃんも同じ気持ちで、そのせいか、鼻血が流れていた。


「芽衣莉ちゃん、鼻血が……」


 芽衣莉ちゃんに鼻血を知らせようとしたら、芽衣莉ちゃんの目と頬の色が変わっていた。


「流歌さん、かわいすぎでしょ。またお風呂入んなきゃじゃん。あ、流歌さんと入ればいいのか。今は篠崎さんが居るから自重しないとね。流歌さんの身体を隅々まで洗ってあげないと……やば、想像したら我慢できないかも。まぁ大丈夫だよね」


 芽衣莉ちゃんが息を乱しながら興奮気味に言う。


 頬は赤くなり、今にも前に出そうなのを自分の手で止めている。


 女の子同士ならそれぐらい当たり前なのか?


「芽衣莉ちゃん楽しそう」


「やっぱりあんたも変態なんだ……」


 梨歌ちゃんからの蔑みの視線を受けながら、僕は床に血が付かないように芽衣莉ちゃんの鼻血をティッシュで拭いていた。

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