第19話 天国と地獄

「話もまとまったところで、なっつん、帰ろ」


「別にまとまってないからね! それと、どこに帰る気なのかな?」


 鏡莉ちゃんが「ごちそうさま」をしてからそう言うと、宇野さんが鏡莉ちゃんにジト目を向けた。


「どこにって、隣?」


「何その『こいつ何聞いてんの?』みたいな顔は」


「酷い! 私はるか姉にそんなこと思わないよ! ただ『そんな当たり前なことを聞き返さないでよ』とは思ったけど」


「変わらないでしょ! え? ちょっと待って、永継君って九時前には帰らないとなんだよね?」


 宇野さんが慌てながら僕に聞いてくる。


「それは帰るならね。帰らなくていいなら、別に無理に帰る必要はないよ?」


 帰ってもどうせ父親しか家には居ない。


 あの人は僕が居たら色々言ってきたり、イライラを僕にぶつけてきたりする。


 だけど、居なかったら別に何もない。


 ご飯も用意してあるし、心配なんかをされることもない。


「もちろん誰か一人でも『嫌だ』って言う人がいたら帰るよ。迷惑は掛けたくないから」


 僕のわがままで、みんなに迷惑は掛けたくない。


「反対する必要あるの? なっつんのことを考えたら、泊めさせてあげるのがいいでしょ?」


 鏡莉ちゃんが「ね♪」と、僕にウインクをしながら言った。


「うん、鏡莉の言う通り。篠崎さんが誰かに何かをするのなら、私が先に──」


 芽衣莉ちゃんがさっきを思い出させるような笑顔で僕を見る。


「ゆりかもいいよー。お兄ちゃんといっぱい一緒に居たいもん」


 悠莉歌ちゃんがとっても可愛らしい笑顔を向けてくれた。


「私は、ちゃんとすればいいと思う。泊まる場所とか、泊まる場所とか」


 梨歌ちゃんが鏡莉ちゃんを睨みながらそう言った。


「私も永継君が何もしないのはわかってるから、そこの心配はないんだけど、てかむしろ永継君が心配なんだけど、それよりもさ、永継君のお家的にはほんとに大丈夫?」


「それはほんとに大丈夫。朝に帰って準備さえしちゃえば何も言われないよ」


 心配があるとすれば、お母さんが先に帰っていたら、心配させてしまうかもしれないことだ。


「じゃあ私もいいんだけど、永継君って着替えどうするの?」


「流歌さんので」「るか姉のでいいじゃん」「るかお姉ちゃんのがあるよ?」


 芽衣莉ちゃん、鏡莉ちゃん、悠莉歌ちゃんが一斉にとんでもないことを言い出した。


「なんで私のなの!」


「いくらなっつんが華奢だからって、JCとJSの服は着れないでしょ?」


「それはそうだけど、下着はどうするの?」


「だからるか姉のやつ」


「鏡莉、それは永継君の方もキツいでしょ」


 宇野さんが真面目な顔でそう言う。


 女の子の下着をちゃんと見たことがないのでわからないけど、小さいイメージがあるから確かにきつそうだ。


 それに──。


「みんなが気にしないなら、お風呂は明日の朝にするよ? いつもそうだし」


 僕は気がつくと朝になっていることが多い。


 というかほとんど毎日そうだ。


 だからお風呂は朝に入るものっていうイメージがある。


「私は篠崎さんの匂いが好きなのでむしろ──」


 鏡莉ちゃんがまたさっきを思い出すような目で見てくる。


「めいりお姉ちゃんは落ち着いた方がいいよ。お兄ちゃんが怖がっちゃうから。あ、ゆりかも気にしないよ」


 悠莉歌ちゃんが芽衣莉ちゃんの頭を撫でながらそう言った。


「私もなっつんの匂い好きだからいいよー。てか、私と夜を共にするんだから、私だけに聞けばよくない?」


 鏡莉ちゃんが不思議そうに聞いてくる。


「そこら辺は話してから決めるに決まってんでしょ。私もいいよ。今更篠崎さんを嫌がる必要ないし」


 梨歌ちゃんが僕をちらっと見て、すぐに視線を逸らした。


「じゃあ大丈夫だね。最後に一つだけ永継君に聞いていい?」


 宇野さんが人差し指を立てて僕に言う。


「なに?」


「永継君はお家に帰りたくないの?」


「……うん」


 帰ったら地獄が待っている。


 それなら、宇野さん達と一緒に居られる天国に居たい。


「そっか。なら一緒に居よ。私も永継君と一緒に居たいし」


 宇野さんがはにかんだように笑った。


「かわいい……」


「ちょっ、そんなストレートに言わないでよ!」


「ごめん、つい」


 僕と宇野さんの間に気まずい空気が流れる。


「なんかいきなり甘ったるいんだけど」


「明日には流歌さんと篠崎さんの間に子供が……」


「めいりお姉ちゃん、子供って一日じゃできないよ?」


「悠莉歌、つっこむとこはそこじゃない」


「うぅ……」


 宇野さんが両手で顔を押さえて丸くなってしまった。


 僕はそんな宇野さんを「かわいいなぁ」と、心で思いながら眺めていた。




「なっつん、寂しいだろうから我慢はしなくていいからね。人肌が恋しくなったら私とめいめいは隣に居るからね」


 僕は今、鏡莉ちゃんと鏡莉ちゃんの部屋に居る。


 僕が寝る場所は鏡莉ちゃんの部屋になり、鏡莉ちゃんは宇野さん達と寝ることになった。


 鏡莉ちゃんは不服そうだったけど、多分それが一番いいと思う。


「鏡莉ちゃんもみんなとの時間を大切にしてね」


「……そういうとこなんよ」


 鏡莉ちゃんが僕の胸に自分の頭をぐりぐり押し当ててきた。


「ごめんね、布団とかなくて」


 布団は、宇野さん達の部屋に四人分あるだけらしい。


 だから鏡莉ちゃんは悠莉歌ちゃんと一緒に寝るとのこと。


「大丈夫だよ。横になれるだけで嬉しいから」


「……今のは聞かなかったことにするね」


 鏡莉ちゃんが顔を上げて僕の頭を撫でた。


「多分ね、少ししたら私も呼ばれて話さなきゃいけないんだよ」


 鏡莉ちゃんが弱々しい声でそう言う。


 多分、撮られた写真についてだ。


「人気子役なんだから、大人が守ってくれればいいのに、多分そこは自己責任にさせられるんだよ」


 言われてみたら、いくら鏡莉ちゃんが人気の子役とはいえ、何もされてなさすぎる気がする。


 人気だから尾ひれがついて収拾がつかない訳でもないらしい。


「私もそろそろ歳だから、見限られてるのかもしれないけどね」


 僕はそういうのに詳しくはないけど、鏡莉ちゃんは小学三年生だ。


 だからまだ歳と言える歳でもないけど、子役からしたらそうなのかもしれない。


「大人の魅力がありすぎるのかな?」


「確かに鏡莉ちゃんは、って言うか、悠莉歌ちゃんもだけど、みんな大人びてるよね」


 鏡莉ちゃんの場合は、大人ばかりの環境に居たからなのかもしれないけど、話していると、小学生な感じがしない。


「めいめいは身体がもう中学生のそれとは全然違うし、年相応なのは梨歌だけ?」


「宇野さんはむしろ若く見えるよ?」


 すぐにいじけたり、拗ねたりするのを見ると、小さい子みたいで可愛い。


「るか姉に言っちゃお。拗ねるよー」


「拗ねた宇野さんもかわいいよね」


「そういうことよく普通に言えるよね。実際可愛いけどさ」


 梨歌ちゃん達も口では「めんどくさい」とか言っているけど、気持ちは一緒のはずだ。


「だめだ、なっつんと話してると脱線ばっかしちゃう」


「本題があるの?」


「あるよ。お願いなんだけど、反響って言うのかな、私がどうなるか一緒に見てくれる?」


「いいよ」


「絶対よくわかってないでしょ」


 正直よくわからない。


 でも、鏡莉ちゃんの真面目な顔を見たら、断る気にもならない。


「僕は鏡莉ちゃんのお願いならなんでも聞くよ」


「……天然め」


 また鏡莉ちゃんが僕の胸に頭をぐりぐりした。


「なんでも言うこと聞くなら、一緒に寝よ」


「僕はいいけど、みんなから許可取ってね」


「うそつきー」


 鏡莉ちゃんはそう言って立ち上がり、玄関の方に向かった。


「じゃあね。私、頑張るから」


「うん。頑張って」


 鏡莉ちゃんが手を振って帰って行った。


 その後、少ししてから僕は眠りについた。


 そして一週間もしないうちに、鏡莉ちゃんの熱愛の話題は消え失せた。


 その代わりに『宇野 鏡莉、子役引退』の話題でいっぱいになった。

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