第20話 おかえ、りとただいま……
「予想通りって言ったら予想通りだけど、色々言われてるね」
「……」
僕は今、鏡莉ちゃんと同じ座椅子に座りながら、パソコンで鏡莉ちゃんの子役引退についてを調べて、呟きを見ている。
そこには『結局逃げか』や『辞めるってことは本気だったんだ、ロリコンお兄ちゃんとお幸せに』などの、鏡莉ちゃんを馬鹿にする呟きが書かれていた。
「なっつんは私を大好きすぎな。こういうのは、顔が見えないからって言いたいことを言ってるだけなんだから無視でいいの」
「鏡莉ちゃんは逃げてないもん。鏡莉ちゃんはやりたいことがあるんでしょ?」
「もち」
鏡莉ちゃんの子役引退にはちゃんと理由がある。
その前に、鏡莉ちゃんの熱愛というデマ情報は、僕が宇野さんの友達だから少し話していたことにするはずだった。
だけど実際、鏡莉ちゃんが言ったのは「あの人は、私のお兄ちゃんになる予定の人です」だ。
それだけならまだ良かったのだけど、その後に「まぁ、私も狙ってる一人ですけどね」と笑顔で言うものだから、周りの人が固まっていた。
僕も、鏡莉ちゃんにその時の動画を見せてもらった時は鏡莉ちゃんを見つめて固まってしまった。
そして更に「なので、人を好きになろうとするだけで騒がれる子役っていう仕事を辞めて、幸せになりますね」と言って、鏡莉ちゃんは立ち去った。
立ち去った理由は「そうしたら切ることできないでしょ?」だそうだ。
「上手くいって良かったよ、ほんと。諸事情とか言われて切られたらってヒヤヒヤしてたから」
「話し方は任せたけど、任せるんじゃなかったって宇野さん言ってたよ」
宇野さんはバイト先で聞いたらしい。
丸投げしたから何も言えずにただギューッと鏡莉ちゃんを抱きしめていた。
「実際上手く言ったんだからいいじゃんね。まぁ、るか姉に抱きしめられたのはちょっと嬉しかったけど」
鏡莉ちゃんはそう言って僕の右手の人差し指を弄り出した。
「でも、大丈夫なの?」
「多分平気じゃない? 別に勢いで辞めるって言った訳じゃないし。これでも私は真面目だからマネージャーとか社長にもちゃんと話はして、許可も貰ってたしね」
「鏡莉ちゃんが真面目なのは知ってるよ。鏡莉ちゃん自身の方」
鏡莉ちゃんがちゃんと許可を貰って発言してることは疑っていない。
問題は、たとえ許可を貰っていたとしても、それを知らない人は好き勝手言ってくることだ。
この呟きのように。
「なっつんは優しいなぁ、ほんとに狙おうか。てかいっそ第三夫人もいいんじゃない? いや、めいめいは第二夫人って言うよりは愛人の方が喜ぶかな?」
鏡莉ちゃんが真面目な顔で呟きだした。
楽しそうなので静かに眺めることにした。
「そういえばなっつん」
鏡莉ちゃんが顔を上にあげて僕の方を逆さまに見ながら言う。
「なに?」
「あれから泊まらないけど、何かあったの?」
僕はあの日以来、鏡莉ちゃんの部屋には泊まっていない。
理由は色々とあるけど、とにかく泊まれない理由ができた。
「何もないよ。お母さんが心配してたから」
「そっか。じゃあしょうがないね」
嘘はついていない。
実際お母さんに心配された。
ただ他にも理由があるだけだ。
それを察したのか、鏡莉ちゃんはこちらを向いて僕の頭を撫でた。
「ねぇなっつん」
「なに?」
鏡莉ちゃんが真面目な顔で僕の目を見てくる。
「こんなに至近距離だとさ、興奮しない?」
「よくわかんない」
「なっつんならそう言うと思った」
少しドキドキはするが、興奮という状況がわからない。
いわゆる、芽衣莉ちゃんのビーストモードを言うのだろうか?
「実際問題さ、大丈夫かって言われたら後二年は持つかなって感じなんだよ」
「貯金がってこと?」
「そ、結構稼いでいた私だけど、色んな出費があって二年が限界かなって感じ」
鏡莉ちゃんはちらっと後ろのパソコンを見た。
確かにあれは高そうだ。
それが原因でないことぐらい僕でもわかる。
「だからぁ、それからはなっつんが支えてね」
「そっか、大学に行ったとしてもアルバイトができるのか」
高校生のアルバイトには親の許可が必要なので、僕にはできない。
僕の家での絶対君主に何かを頼むことなんてできないからだ。
だけど、就職なら当たり前として、大学生になればアルバイトに親の許可が必要なくなるところもある。
そうしたら、自分でお金を稼ぐことができる。
「卒業したらみんなの役にもっとたてるね」
「なっつんはいい人すぎな。今でも十分すぎるぐらい私達を助けてるのに」
「全然だよ。むしろ僕の方がみんなに助けられてるんだから」
毎日ただ時間を潰すだけだった放課後と休日を、みんなは楽しい一日に変えてくれている。
感謝してもしたりない。
「なっつんはるか姉タイプだから絶対に認めないよね。だからすきー」
鏡莉ちゃんはそう言って僕にもたれかかってきた。
「僕がそうかはわからないけど、みんな優しいことを認めないよね」
「ははっ、一番なっつんには言われたくないやつだー」
鏡莉ちゃんが可愛く笑いながら「ほんと好き……」と、言って僕の胸に耳を当てるようにもたれかかる。
「なっつんはどういう子が好きなの?」
鏡莉ちゃんが顔だけをあげて僕に聞いてくる。
「好きなタイプってやつ?」
「そそ。ちなみに私達みたいな人ってのはなしね。もっと具体的なやつ」
さすがは鏡莉ちゃんだ。
まさに「鏡莉ちゃん達みたいな人」と、言おうとしていた。
「具体的……、なんだろ?」
人のことをあまり見てこなかったから、どういう人が好きなのか自分でもわからない。
鏡莉ちゃん達のことは好きだけど、これが鏡莉ちゃんの答えの好きなのかもわからない。
「じゃあ私達の中でいいよ。るか姉ならバカ真面目、めいめいなら変態、梨歌なら生意気、私なら天使、ゆりなら詐欺ロリ。さぁどれを選ぶ?」
なんだか鏡莉ちゃん以外が酷い言われような気がしてならない。
「鏡莉ちゃんは小悪魔じゃない?」
「清楚じゃなくてごめんね」
鏡莉ちゃんが「およよ」と、目元に手を当てて泣いたフリをする。
「いたずらっ子もいいよね」
「そんなこと言うなっつんは噛んじゃうよ。地雷になるよ!」
鏡莉ちゃんが小さい歯をカチカチと噛み合せる。
「鏡莉ちゃんは清楚より、そっちの方が似合ってるよ」
「どういう意味で言ってる?」
「とっても可愛いってこと」
鏡莉ちゃんがトントンと僕の胸に頭突きをしてくる。
「ちなみに僕はなんなの?」
「天然タラシ!」
鏡莉ちゃんが頬を赤くして僕を睨みながらそう叫んだ。
「もういいよ。こういう話はなっつんに照れさせられるだけだもん……」
鏡莉ちゃんがポスポスと僕の胸に頭突きをする。
「ごめんね」
「謝んなし。嬉しいんだって」
鏡莉ちゃんが今度は僕の胸に頭をグリグリと押し付ける。
「いつか答えを出すよ」
「……楽しみにしてるね」
鏡莉ちゃんが顔を上げてぱっと明るい笑顔になった。
「今一瞬ドキッとした」
「そういうのは隠してろし。それで私に当てられて照れろし」
鏡莉ちゃんが顔を赤くしてどんどんと僕の胸に頭突きをする。
(痛い)
僕も痛いし、多分鏡莉ちゃんの頭も痛いだろうから、頭を押さえる目的で鏡莉ちゃんの頭を撫でた。
「私もキスしようかな、そしたらもっとドギマギするよね……するよね?」
鏡莉ちゃんが僕の胸の中で何か大変なことを考えだした。
「鏡莉ちゃん、鏡莉ちゃんのやりたいことをやりに行こ」
「なっつんには確かに言ったけどさ、そうやって言われると恥ずかしいよ。後絶対にみんなには内緒だからね」
鏡莉ちゃんがぴょこっと頭だけをこちらに向けてジト目で睨んでくる。
「うん。秘密の関係の難しさを思い知ったけど、鏡莉ちゃんとも秘密ができたね」
宇野さん達との関係は秘密だけど、この前宇野さんが僕を呼び出したことで、今でも噂をされることがある。
主に「あいつは誰?」と。
僕が知られていないから変な噂はないけど、そのことで宇野さんは少し反省していた。
「なんかさ、秘密の関係ってエッチじゃない?」
「え?」
「そんなに私にエッチって言わせたいの? 二人っきりの時はいつでも言ってあげるよ」
「それは別にいいよ。それより行かないの?」
「ちょっとショック。立ち直る為になっつんの充電を」
鏡莉ちゃんはこうなると長いのを最近知ったので、有無を言わせずに抱き上げる。
「お姫様抱っこがいいー」
「わがままなお姫様」
僕は一度鏡莉ちゃんを下ろして、お姫様抱っこをする。
「出発進行」
鏡莉ちゃんはそう言って玄関の方を指さした。
僕はゆっくりと歩き出し、鏡莉ちゃんのやりたいことを叶えに行く。
「着いたよ」
僕と鏡莉ちゃんは、鏡莉ちゃんの部屋を出て数秒で着く、隣の宇野さん達の居る部屋に着いた。
「さすがに恥ずかしいから下ろして」
「鏡莉ちゃん、開けて」
「まさかの無視? え、大声出すよ? キスして止める?」
「いいから開けて」
「……はい」
鏡莉ちゃんは諦めたように扉に手を掛け、開けてくれた。
「おかえ、り」
「ただいま……です」
玄関で待っていた宇野さんが固まり、鏡莉ちゃんも居心地が悪そうにしている。
鏡莉ちゃんのやりたいこととは、家族で過ごすこと。
他にも色々な理由はあるけど、子役を辞めた一番の理由はこれだ。
家族との時間を増やしたかった。
そして、固まる宇野さんの後ろから芽衣莉ちゃん達もやって来たが、みんな固まった。
みんなの視線を受けてる鏡莉ちゃんは「帰りたい……」と、絶望したような顔をしている。
みんな仲良くしない理由がないはずだから、気にせずに中に入った。
その日の夜は、宇野家の家族会議が行われた。
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